飴降りの夜

飴傘

飴降りの夜

 ようこそ、幽霊の集う町、ハロウィンタウンへ。

 僭越ながら、あたしが案内人を務めさせていただくわ。

 お代は結構よ、あなたの払ったツアー代に含まれているわ。チップ? そういう文化はうちにはないのよ。あなたの懐にしまっておきなさい。


 幽霊の集う町とは何かって? あなた、分かってここに旅行に来たんじゃないの?

 ハロウィンだから、ハロウィンタウンに行ってみたくなった?

 あんた馬鹿ね。普通、行き先をきちんと調べてから旅行するものよ。

 まあ、あたしは案内人だから。説明しろというならするけれど。


 ここ、ハロウィンタウンは、幽霊の集う町というキャッチコピーの通り、ホンモノの幽霊が視認できる地域なの。だから、そうね・・・・・・。あなたの出身地で言う、オボンかしら? 死者が帰ってくると言い伝えられているハロウィンの期間は、ものすごく混むのよ。

 ハロウィンの期間にいろんな伝統行事があるからってのもあるわ。だけど、だいたいみんな死者に会いたがるのよね。

 自然な感情よ、だって生きている人は死んだ人に対して、何もできないのよ? お礼を言うことも、抱きしめることも、恐怖を味あわせることも、復讐だってできないわ。最後の希望にすがってここに来てみたいと思うのも、無理ないわね。


 え、実際に会えるのかって? そうね、一応、ここはそれが売りな観光地だからはっきりとは言わないけれど、会える人もいるし、会えない人もいるわ。幽霊って気まぐれなの。わざわざ死んだ場所からハロウィンタウンにやってくる幽霊なんて、ほとんど・・・は、言い過ぎね・・・そこそこしかいないわ。一度死んで幽霊になっても、ここ以外では見えないから、大体飽きて土に還ることが多いの。ハロウィンタウンにわざわざやってくる幽霊は、死ぬときによっぽど執念深くハロウィンタウンに行こうと思ったか、信心深くて死んだらハロウィンタウンに行くとすり込まれているか、はたまた珍しく記憶を持って幽霊になったか。そのくらいね。


 幽霊は記憶を持たないのかって? あんた、ほんとに何にも知らないのね。人は死んでから幽霊になるんだけれど、ハロウィンタウンの住人でさえ、すべての記憶を持って幽霊になるのは珍しいわ。残るのは、とっても強い感情だけ。多いのは、死んだときの苦痛、恐怖、そして恨み。それまでずうっと生きてきたのに、死んだ瞬間の感情が残りやすいって、死ぬってどんなに辛いのかしらね。


 幽霊たちがそんなに怨念にあふれているなら、どうしてハロウィンタウンはこんなに安全なのかって? ・・・・・・そんなところに目をつけるとは、さすがお気楽にハロウィンタウンにやってきただけあるわね。いや、馬鹿にしているわけではないのよ。私たち案内人が案内するお客様は、たいてい死んだ人を追い求めてやってくるから、安全性を気にする人なんていないのよ。安全に怨念の塊を追い求めるって、物理的に無理でしょう? 


 念のため言っておくけれど、ハロウィンタウンの町政府は幽霊に会うことを推奨はしていないわ。でも、ツアーを行って、お客様に楽しんでいただいて、きちんとお金を納めていただいたら、その後お客様が宿で休んでいる間何をしているかなんて知りませんよ、というスタンスでいかせてもらっているの。


 で、本題の安全性ね。この街には、毎年生け贄を捧げる文化があるの。古いって? 知っているわ。でもここでは、ただ根拠もなく捧げる他の地方とは違って、ハロウィンタウンには必要だからしょうがない、って教育されるわ。実際、ハロウィンタウンの治安維持はその生け贄に任されているの。生け贄は、十月三十一日、そう、今日、ハロウィンに殺されるわ。王族の見守りのもと、特別な技能を持つ神官が、首をギロチンではねて殺すの。去年見たけど、アレはとても痛いわね。


 死んでしまった生け贄が、どうやって皆を守るのかって? あんた、ここハロウィンタウンって分かってる? 死んだら確実に、視認できる幽霊になれるのよ、幽霊になって皆を守るに決まってるじゃない。幽霊となった生け贄が逆に私たち人間に害を及ぼさないように、生け贄になるのはハロウィンタウンの住人のうち、若くて精神の強い男性と決められているわ。要するに、イイ男ってこと。ま、妥当な判断ね。ハロウィンタウンの住人なら、幽霊になるという現象にある程度慣れているし、若くて精神が強ければ、記憶を持って幽霊になる可能性は高くなるわ。


 幽霊と私たち人間は住む世界が違うから、基本的に幽霊は幽霊に、人は人にしか触れないの。でも人は幽霊より貧弱だから、幽霊たちの怨念の声や泣き声を聞き続けると参ってしまうのね。そんな微妙に害のある幽霊を始末するのが生け贄なの。ハロウィンタウンの住人は敬意を込めて “The night keeper”――そうね、あなたに分かりやすく言うと、『夜の番人』って呼んでるわ。


 どうやって始末するのかって? 夜の番人は、神官によって特殊な殺され方をされるのと引き換えに、幽霊をcandyにする魔法を使えるようになるの。あなた、candyって知ってる? ――飴玉のことだろって? そうね、飴玉もcandyっていうけれど、こちらではもっと広く指すの。チョコレートやビスケット、一口サイズのケーキ・・・・・・平たく言えば、小さなお菓子のことをcandy って言うのよ。転じて、恋人のこともcandyって言うわね。ほら、他の地域でも恋人のことハニーとかマイ・スイートハートとか言うでしょ? アレと同じよ。


 で、あなた、せっかくハロウィンタウンに来たけれど、どこを巡りたいの? 水難事故の幽霊が集まる黒い湖? 火に関係する幽霊が集まる炎の館? それとも星空の下で幽霊に添い寝する体験をしたいのかしら。もちろん墓石のそばでだけれど。え? どれもやりたくないって? 本当に、あんたどうしてここに来たのよ。今日の夜十二時、あと三十分もしないうちに幽霊は皆candyになっちゃうから、早く決めた方がいいわよ。


 え、なんでcandyになるのかって? ・・・・・・何も知らなすぎて頭痛がしてきたわ。夜の番人は、毎年ハロウィンの夜十二時に交代するの。簡単に言えば、前の生け贄が還って、次の生け贄が守りに就くのね。そのとき、前の生け贄は持てる力をすべて使って、町中の幽霊をcandyにするのよ。害のあるやつもないやつも関係なくね。そうじゃないと、死者なんて溜まる一方でしょ? candy night っていうんだけれど。――そう、キャンディー・ナイト。これは発音できるのね。上手よ。それを見るツアーもあるんだけれど、それにする? ――分かったわ。案内人として、最後まで責任を持って案内するわね。


 これから、中央広場に行くわ。ハロウィンタウンでは、10月31日の11時58分に西の広場で次の生け贄が殺されて、12時ちょうどに今代の夜の番人が中央広場の真ん中に降り立ち、魔法を使うの。急いで、あと十分しかないわ。ほら、泣き言いわないの。あたしだって、今日キャンディー・ナイトを見られると思わなかったんだから、移動手段を用意していないのよ。走って。


 はぁ、なんとか一分前には着いたわね。お疲れ様。こんなど真ん中に来て大丈夫かって? いいのよ、今年は私の特等席なの。ついでだから、あなたにも見せてあげるわ。・・・・・・ほら、耳を澄ましてみて。西から女の泣き声が聞こえるでしょう? あれは、恋人を生け贄として殺された女の断末魔のようなものね。夜の番人はハロウィンタウンの、若くて精神の強いイイ男。当然、彼女持ちの確率は高いわ。


 え、今代の夜の番人には、彼女がいたのかって? いたわ、もちろん。美しく気高く、処刑の時にも涙一つこぼさないほど強く、あんたみたいなハロウィンタウンを全く知らない旅人にいちいち説明をする忍耐力を持ち、案内人としての仕事を全うするために恋人の最後の瞬間にも立ち会わないという悲壮な選択をして、・・・・・・そして、今までの善行が実ったのか、全く予想していなかったけれど、恋人の最後の瞬間をこうして見られる、素敵な彼女が。




 ゴーン、ゴーン、ゴーン、・・・・・・ハロウィンタウンの時計台から、十二時の鐘が鳴る。

八つ目の鐘の音、九つ目の鐘の音、十、十一、

・・・・・・十二。


 中央広場の中心に、黒いマントで全身を包んだ半透明の男が降り立った。

 そして、男がゆっくりと手を上げ、指をパチンと鳴らす。すると、そこかしこにふよふよ浮いていた人の形をした人ではない何かが、一斉に、甘くてカラフルなcandyへと変わった。


 candy の降る夜。ハロウィンタウンが一年に一度、幽霊の恐怖から解放される夜。


「お疲れ様、夜の番人さん、そして私のcandy。」

『そちらこそ。僕がいない間、寂しくなかったかい?』

「寂しかったわよ。でも、務めは果たさなきゃ。」

『それでこそ僕のcandyだ。いつも見ていたよ、君のこと。』

「あら、私のイイ女っぷりに見とれたかしら?」

『そうだとも。君はいつも気丈だからね。でも、時には周りを頼ってもいいんだよ。』

「そんなこと、分かってるわよ。・・・・・・努力するわ。」

『ああ。・・・・・・これで僕の役目は果たされた。』

「ありがとう。あなたが守ってくれていたから、皆静かに夜を過ごせたわ。」

『愛していたよ。僕のcandy。』

「何言ってんの。ずっと愛し続けるわよ、私のcandy。」


「『さようなら、良い夜を。』」





【夜の番人】

 その世界で唯一幽霊を視認することのできる町、ハロウィンタウン。生け贄にされた男は夜の番人となり、一年間幽霊から住人を守って、最期には幽霊をすべてcandyにして消える。生け贄を巡る愛憎劇はもはやハロウィンタウンの一種の名物だが、町の発展と引き換えに、毎年一組の男女が死ぬような辛い目に遭っていることを、住人は忘れていないだろうか。

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