気配を読む

マロッシマロッシ

気配を読む

 世は戦時中。だが、日本人はもうすぐ勝って戦争が終わると知っていた。街は賠償金を得られて復興出来る事を見込んで、好景気に沸いて浮かれていた。


 数々の華々しい戦果を上げ、伝説の兵士と言われた坂田は既に日本に帰って来ており、これから講演会を行う。


 客の入りは上々。坂田は平和な時代が訪れる前に戦勝ムードで盛り上がっているこの時に如何に自分が活躍したかを語り、一財産築こうとしていた。


 ステージ上の巨大モニターに世界の戦場になった舞台を映し、それに合わせて坂田は饒舌に分かり易く、オーバーリアクションで自分を紹介した。何日も前から公演のリハーサルを繰り返したお陰か観客は坂田の話術に引き込まれ、まるで戦場を彼と一緒に歩いている様な気分になった。


 坂田は観客の反応を見て上機嫌で自分の得意技を話した。それはいち早く敵の気配と装備や人数を感じ取って、最も効果的な位置から攻撃を加えるという物だった。


 一通り観客に説明した後に体験して貰った方が早いと、坂田はステージの端に行って後ろを向き目隠しをした。その間にスタッフが数人の男女を坂田がいる反対側からステージに上げ、自分の得意技を披露する時間を設けた。


 坂田は観客が1人ずつ自分の背後に近付く度に正確に身長や体重、靴の種類やアクセサリーまでを言い当てた。


 12人目の特徴を坂田が言い当てた瞬間、観客は総立ちになり大喝采を彼に贈った。目隠しを外してステージの中央に戻り、坂田は満面の笑みで観客に応えた。


 講演会は大成功で幕を閉じた。坂田は内心ほくそ笑んだ。死の恐怖で超感覚と言えるスキルを身に付けた甲斐があったと。そのスキルで数え切れない人間を殺したのも、今となっては良い思い出とさえ思えた。控室のソファに座り迎えが来るまで高いワインを楽しむ事にした。


 一方、会場スタッフは首を傾げながら清掃をしていた。自分は確かに13人の男女をステージに上げたが12人しかいなかった。だが、講演会自体は大成功だったので彼の興味は割の良い給料で、夕飯を何処で食べるかに移っていた。


 控室で寛ぐ坂田はワイン片手に将来を明るく見ていた。講演会で荒稼ぎした金で民間軍事会社を作るも良し。田舎でのんびりや世界の歓楽街を回る等、自由自在な未来に希望しか無かった。


 フッと明かりが消えた。香りの良いワインが硝煙と血の臭いに変わった。坂田は殺しの快楽に酔っていた時代を思い出した。超感覚を手に入れて、民間人の殺害を積極的に実験と称して行っていたあの日を。


 辞めて欲しかった。これから自分の栄光の時代が始まるのに…。後ろに気配があるのに足が地に付いていない感覚がある。恐怖で呼吸が荒くなる。謝るから、儲けた金で慰霊碑を建てるから…願ったが気配が無いのに気配がする、纏わり付く不気味なソフトタッチに坂田は身体の振動が止まらなかった。


 後ろの気配が無い気配から質問された気がした。私は誰?と。坂田は虐殺した村の最後の光景を思い出した。若い女性の気配を感じ取り死角から嬲り殺した事を。


 声が聞こえた。


『セイカイ』


 次の朝、坂田が公演会場の控え室のソファで首を切り裂かれて死亡していたと新聞、テレビで報道された。テロの疑いがあり、戦争はまだ終わりそうにないとニュースキャスターは語った。




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