1-7 契約

 ―――閃光。

 突然の光が屋敷を包んだ。

 ガラガラと崩れる瓦礫がれきの中、少年の怒声が響く。


「お前、聞いてないぞ!契約するだけでなんで周りがこんなに滅茶苦茶になるんだよ!」


『なんでって、演出?』


 コイツ、まじでふざけてやがる。

 演出のためだけに屋敷の一角、というか最上階を丸々消し飛ばしたっていうのか!?

 これ屋敷中が騒ぎになるんだけど!

 ほら、とんでもない数の足音が階段を駆け上がってきてる。


「演出って、もっと普通に出来なかったのか!?」


『普通とは?人間基準の普通はよくわからないな』


 嘘つけ。

 お前ほど普通に精通してるヤツはこの世界にはいないんだよ。


「お前ほんっと」


『怪我人が出ないようにしたことを含めて感謝してほしいくらいだよ。別にキミ自身をリソースにすることも出来たんだ。まぁ、その場合はキミの魂が粉々に砕け散って知識の回収とか諸々面倒になるからやらなかったんだけど』


「物騒な事言ってんじゃねぇよ」


、代わりに仕方なく周囲のモノをエーテルとしてリソースにしたんだよ』


 周囲のエーテル。

 それは空気中に含まれるものだけでなく。


「あらゆる物質を強制的にエーテルに変換したっていうのか?」


『この世界のすべてはエーテルが元になっているんだ。なら、特段おかしなことじゃないだろう?』


 どこまでも規格外。

 こんなヤツがどうして作中ではチョイ役なのか。

 普通にラスボスともやり合えるスペックだろう。


「にしても、契約ってのはこうもリソースが必要なのか?俺の記憶だとここまで大規模なものは見たことがないが」


『何言ってるのさ、これは契約のためじゃなくて―――』


「何者だ!」


 話の最中、僕が意気揚々と啖呵を切った相手。

 グレイスが屋敷の警邏けいらを数人引き連れて最上階(だった場所)になだれ込んできた。

 おい、これどう言い訳するんだよ。

 アンナが花瓶を割ったのとは規模が違うんだぞ。

 何せ、屋敷の最上階が丸々無くなってるんだ。


「えっと、父上これには」


「ぐっ、なんという魔力!姿もロクに捉えきれん―――バケモノめ何が目的だ!」


 ―――え?


「旦那様、お下がりください!ここはこの老骨が命に代えてでも!警邏達よ、グレイス様をお守りしろ、傷一つ許すな!」


 困惑する僕の前で大層盛り上がっているセバス達。

 まるで、命を賭した戦いが今まさに始まろうとしているかのようだ。

 何がどうなっている?


『キミの魔力のせいだよ。平時に魔力解放なんてするから皆殺気立ってるんじゃないか』


 魔力解放だって?

 何をバカなことを、僕はこの世界に来た時から魔力制御を自然に―――

 って、なんだこのぶっ飛んだ魔力量。


「なんだ、これ?」


『ま、良心的なボクによる初回サービスってやつだね。エーテル病を治すには相応の魔法が必要なんだけど、今のキミじゃまともに扱えないからね。足りない技量を膨大なリソースで補うためにわざわざ捻出してあげたんだよ。ちょっと過剰すぎたけど』


「いや、技量って。お前が直接やればいいだろ」


『それは契約内容に入ってないからね。求められた知識をボクが提供するたびに、キミの元の世界での記憶を共有してもらう。知識の対価は同じ知識というわけさ、誰かを救いたいのならキミ自身で勝手に救いなよ』


 契約内容が勝手に決められていた。

 しかも、両者の合意なく。

 ふざけんな。

 あっけに取られている僕に対してエーテルはどこか楽し気だ。

 不意に、額に人差し指を当てられた瞬間だった。


「―――ぎっ!?」


 脳髄を殴りつけるような衝撃。

 頭蓋内に無理矢理に何かをねじ込まれているとしか思えない痛み。

 この痛みには覚えがある。

 そう、ギルバートの記憶を反芻した時だ。

 あの時ほどではないが同種の痛みに頬が引きつった。


『はい、これがその魔法の知識だよ』


「無茶苦茶、しやがって」


 額を押さえ憎々し気にエーテルを睨むが僕のことなんて気にも留めていない態度に余計に腹がたつ。

 でも確かに、この魔法のための魔力ということなら納得できる。


『ほら、そんなこと言ってる場合かい?彼らも我慢の限界みたいだよ』


「一歩でも動けば撃つ!貴様が何者かは知らんが―――レイザスをなめるなよ!!」


『わぁ、第七位階魔法じゃないか。あたればひとたまりもないね』


 雄々しく吠えるグレイスを見て、ようやく事態の深刻さを悟る。

 彼らにとって僕は突然屋敷を半壊させた異常な魔力を放出する正体不明の影。

 うん、まずいね。

 とりあえずは放出されている魔力の制御。

 完全には掌握はできないがある程度なら可能―――やばい、爆発しそう。


「ッツ!?なんだ、急に魔力が下がった?」


 抑えるのもやっと、すこしでも気を抜いたらまずい。

 そんな状態ではあるが、僕はなんとか魔力の制御に成功した。

 これもひとえにギルバートのスペックあってこそだ。


「お騒がせ、しました。父上」


「ギル?ギルバート―――なのか?」


 グレイス含めて、魔力の発生源が僕だとわかり驚きの表情を浮かべているが警戒は未だ解かれずにいる。

 その証拠と言わんばかりに魔法の照準は未だに僕を捉えているのだから。


「はい、諸事情で魔力制御に失敗しまして。それよりも、母上の治療の許可をいただきたい。今すぐに」


「―――ならん。今のお前は危険すぎる、悪いが拘束させてもらうぞ。話はあとでじっくりと聞いてやる」


 少しの逡巡の後、僕の要望は却下される。

 正論だね。

 今の僕は明らかに普通じゃない。

 とてもじゃないが野放しには出来ないだろう。

 だが、こちらにもあまり余裕はない。

 なら―――仕方ないよな。


「申し訳ありません、父上―――押し通ります」


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