ルサンチマンのキャロル 〜逆襲のサンタクロース〜

塗木恵良

第1話

 ゴルフクラブは一番ウッドドライバー。だって一番飛距離が出るって聞いたから。


 グリーンを回ったことはないけれど、最近、白鳥のスウィングは絶好調だ。この調子ならホールインワンも夢ではない。

 肩と腰と膝を平行にして、バックスウィング。コック&ヒンジの角度も完璧。腰を捻って、ダウンスウィング。この時、腕はトップに置いてきぼりにする。腰が先、腕があと。フェースローテーションに気を付けて、手首に力は入れ過ぎない。

 インパクト。

 サンタクロースが真っ赤な血しぶきをあげて四散する。

 あとは同じ要領だ。打ちっぱなしみたいに繰り返し。

 アドレス・スウィング・フォロースルー・フィニッシュ。

 アドレス・スウィング・フォロースルー・フィニッシュ。

 アドレス・スウィング・フォロースルー・フィニッシュ。

 合間にサンタの爆発四散。

 そのたびに返り血が白鳥のダッフルコートをびしゃびしゃに濡らしていく。血潮は一瞬だけ熱い。十二月の夜は冷え込んでいるから、すぐに冷たくなって白鳥の指先から感覚を奪っていく。

 とはいえサンタは概念なので、三十分もすれば何事もなかったみたいに消え去る。

「ラスト……一匹ぃ!」

 給水塔の影に駆けこもうとしていたサンタのケツめがけてフルスイング。チタン合金のヘッドがヒットし、「おきょぽっ」っと奇声を発しながら怯んだところを、すかさず蹴飛ばして、地面に転がして、頭めがけてもう一打。赤服・帽子・白髭の老人が地面の赤い染みになる。

「こういう時ファーって叫ぶんだっけ?」

 玩具チェーン店の屋上に静寂が戻って来た。振り向けば、コンクリートの地面は小学生が暴れてぶちまけたあとの画用紙みたいに真っ赤だった。

 その隅のほうに立っている、黒いスーツにトレンチコートを羽織り、髪をひっ詰めた眼鏡の女。気難しい顔で手にしたタブレットを睨んでいる。白い液晶でぼんやり顔と眼鏡が浮き上がるのは真冬のホラーだ。現代的恐怖も煽る。きっと社畜ってこんな感じ。

「楓ちゃ~ん、これで終わりだよね?」

「……はい、近くにサンタ値異常個体は認められません」

「ふい~疲れた~お腹減った。ね、ファミレス行こうよ」

「行かせる訳ないでしょ。帰って宿題でもしたらどうなの?」

 塔屋の上からかわいらしくてとげとげしい、少女の澄んだ声が白鳥めがけて降ってくる。

 見上げると月を背にして、真っ白なファーに顔をうずめたプラチナブロンドの美少女が腕を組んで二人を睥睨していた。彼女もまた、白鳥と同じく服のいたるところが真っ赤に染まっている、大変に猟奇的な風貌だ。

「ユナも行こうよ、お腹減ったでしょ。楓ちゃんのおごりだよ」

「奢りません」

「じゃ、経費」

「落ちません」

「今何時だと思ってるの馬鹿。セレンは明日も学校でしょ? こどもがこんな時間まで出歩くんじゃありません」

 そう言うユナは良くて中学生、しかしコーカソイドの成長の早さを計算に入れるのであれば十歳に手が届くかどうかと言ったところの年齢だ。花の高校一年生であるところの白鳥からすれば、どちらがこどもなのだかと首を傾げてしまう。大人ぶりたい年頃なのだろうと納得しているが、こまっしゃくれた態度はいささか可愛げに欠ける。

「でももう寮の食堂しまってるし、このまま帰ってもひもじくて眠れないよ。ね? 楓ちゃん。出勤手当ってことで。必要経費じゃない?」

エディ! セレンを甘やかさないで!」

「……今後のことで少し相談があって」

「つまり?」

「事務所に来てもらわないとなんで……申し訳ないんですが白鳥さんにはちょっとお時間をいただかないと……」

「~っ、もう!」

「じゃコンビニ寄ってこ。私親子丼食べたいな~」

「さっさと話を終わらせてねエディ。セレンはすぐに帰らせるから」

 ユナが肩を怒らせながら、ぷりぷりと屋上から出ていく。楓、エディと呼ばれたスーツの女性……長滝楓ながたきかえでと、セーラーの上からダッフルコートを着込んだ白鳥世蓮しらとりせれんは小走りでそのあとを追いかけた。

「いつもすみません、ユナさんが……もう少し協力的になってくれたらいいんですけど」

「最初が最初だったんで、仕方ないッスよ。でも楓ちゃんには迷惑かけてるよね~」

「いや、まあ、ははは」

 一番の被害者は長滝だなあ、と白鳥は他人事みたく同情する。

 彼女が全ての発端なのに。


 ことの起こりは十日ほど前。

 十二月に入り、世はまさに大クリスマス時代という装いで、街のあらゆるスピーカーがクリスマスソングを垂れ流し街路樹は電飾でびかびかに飾り付けられている、お祭りじみたアドベント期間。

 白鳥が帰宅途中に通りかかった公園も、管理人がわざわざ実費で飾り付けしているとかいう噂もある、手の込んだクリスマスイルミネーションスポットになっていた。

 街燈よりよほど明るいツリーを尻目に公園を突っ切ってショートカットしようとしていたその時だ。

「はあ、はあ……お嬢ちゃん……向こうにサンタさんがいるんだ。もしかしたら、素敵なプレゼントをもらえるかも……」

 明らかに不審者だし、明らかに興奮していたし、明らかにこれから犯罪が起こりそうな声かけ事案台詞。それが聞こえてきて、白鳥は足を止めた。きょろきょろと周囲を見回すと、ギラギラした生垣を超えて向こう側に、中年男性と小柄な少女の姿を認める。

 ふと魔が差した。

 白鳥はよろしくないと思いながらも生垣に突っ込んで、そして男性の前に、少女との間に体をねじ込んだ。

「おっさん、通報されたくないならどっか行ったら?」

「……なんだ君は! つ、通報? ボクはただ、話をしていただけで……」

「へえ。サンタを餌にして、暗がりに連れ込んで、どんな話すんの? 警察の前でその言い分通用するといいね。ファイト~」

 スマホを片手に眺めながら、白鳥の態度はどこまでもけだるげでやる気がない。男は顔を赤くして怒っていたが、白鳥の手にしたスマホの液晶には緊急通報の画面が表示されている。結局男は捨て台詞を吐いてさっさとその場から逃げ出した。

「平気か~ちびっこ」

 時間はすでに二十時を回っている。中学生以下の児童生徒はそろそろ保護者なしで出歩けない時間のはずだ。

「ちびっこ、ですって?」

「あ、よかった。言葉通じるんだね。英語しゃべれないからやばかった」

 少女は腰ほどまであるさらさらのプラチナブロンドで、ロシア人しか被らないようなふかふかのパイロットキャップをかぶっている。作り込まれた美貌といい、等身大の人形みたいだった。

「あなたに子供扱いされる筋合いないわ。あなたこそ、こんなところで油を売ってないで早く帰ったら。親御さんが心配するじゃない」

「この流れで私が叱られることある?」

 少女は白鳥の肩ほどまでの身長で、腰に手を当てながら爪先立ちで少しでも体を大きく見せようとしているみたいだった。

「ちびっこ。大人ぶりたいのは分かるけどね」

「ユナよ」

「知らない人に名前を教えたらだめだよ」

「ちびっこって呼ぶほうが悪いわ」

 こどもってなんでこんなにこども扱いされるのを嫌がるのだろう。話が全然進まない。白鳥は腰をすこし屈めて目線を合わせてやった。

「私からしたら君はちびっこなの。サンタに釣られて不審者に声かけられてた危なっかしいこどもなの。だから保護者に君を引き渡したら私も帰るよ。おーけぃ?」

「その必要はないわ。私、仕事中なの。保護者もいないし」

「は~……頑固なガキ」

「ガキですって?」

「あのねえクソガキユナちゃん。自分をこどもじゃないって思うんだったら、こういうときはね、相手のことを内心ぼろくそに扱き下ろしながら笑顔でなあなあにしないとだめだよ。それとも、サンタさんを信じてるお子様にはちょっと難しいかな~?」

「……サンタはいるわ」

「それが残念ながらいないんだよ。よかったね、真実を知れて。これで一歩大人になったわけだ。おめでと」

「サンタはいるの!」

 大人びた、つんとした美貌が真っ赤に染まる。そこまで激昂するとは思っていなかった。こども扱いを嫌がるのであれば当然、サンタなんて固執しないどころか知ったかぶりして乗ってきそうなものなのに。

「あ~……なんかごめんね? そうだね、サンタさんいるよね。うん。私が悪い子だから見たことないだけだね~」

「……その言い方! あなた本当に腹立たしいったらない。いいわ、目にもの見せてあげる」

「何するつもり?」

 少女がポケットに手を突っ込む。案外深さがあったらしいそこから、ずずっと引きずりだされたのは、金属めいた光沢を帯びた球だった。ツリーに飾られているオーナメントのひとつをもぎ取ってきたみたいなそれは淡く発光している。

「〝サンタは存在する〟……これでいい」

「なにす……うわっ!?」

 ユナが手のひらに余るほどのオーナメントに、声を吹き込む。一拍おいて、オーナメントが身震いする。金色だったそれが瞬間的に真っ赤に染まり、かと思うとパチンと音を立てて爆ぜた。マゼンタの光の軌跡がぶわりとあふれて、風と一緒に噴き出す。目を焼く眩さに白鳥は思わず腕で顔を庇った。

「……え、何? マジシャン?」

 仕事中とか言っていた。もしかしてこの辺りでパフォーマンスでもしていたのだろうか? 白鳥が頭にはてなを浮かべていると、ユナがふんと鼻を鳴らした。

「これだから古代人は嫌。まともな教養もないんだから。今のでこの街にはサンタがいて当たり前になった・・・・・・・・のよ!」

「はあ?」

 説明されたところで全く意味が不明だ。白鳥頭上のクエスチョンが点滅し増殖する。古代人って、何? ちょっと早い中二病? 未来からやってきたという設定を信じ込んでいるのかもしれない。作り物めいた美貌のせいでちょっと説得力があるのがよくない気がする。

 その時、がさがさと生垣のほうから音がした。さっき白鳥が踏み荒らしたところだ。公園の管理人か、ととっさに振り返ると、そこには赤い服にとんがり帽子を被った、いかにもサンタらしい装いの好々爺がにこにこした笑顔を携えて立っていた。サンタみたいに、大きな白い袋を背負っている。百人が百人、サンタだと答えるようなサンタ然とした男がイルミネーションの中にぬぼっと照らし出されているのは、状況にマッチしているはずなのに妙に気味が悪かった。

「ききき君たちははははは……」

 サンタが口を開く。おじいさんの声、ではなく、妙にぎざぎざじゃぎじゃぎしたそれは、電波の悪いラジオから流れてきているようだった。

「わわ、わ、わるい子、だかららら……プレプレプレプレゼントはあ……ありませえええええん……」

「あ……そっすか……」

「そのの代わりり……プレゼントトトトになってもらいますいますいます」

 サンタが体躯に似合わぬ機敏な動きで白鳥たちにとびかかろうとする。白い袋をブラックジャックのように振り回しながら襲い来る老人。矍鑠ってこういうことじゃないと思う。

「くんな不審者ァ!」

 白鳥は教科書と参考書の入ったボストンを、腰を入れてぶん回した。三キロ程度の重量に加えて遠心力のかかったそれが老人の頚椎を的確に捉える。ごきゃ、とおかしな音がしたのは幻聴かもしれないがサンタを自称する老人を動けなくするには十分だった。びくびくといやな感じに痙攣しながら赤服の男が地面に倒れ伏す。

「え、死んだ?」

「あなた何してるのよ……!?」

「今の正当防衛じゃない? 私悪くないよ」

「悪いわよ。いきなり暴力に訴えるのはよくないの、人間には言葉があるんだからね」

「言葉が通じる相手だったかな……」

 地面に落っこちた老人を覗き込みながら二人で途方に暮れていた。

 そこに呼びかけるような女性の声が響く。イルミネーションの向こう側に、オフィスビルがよく似合いそうなスーツの女性が見えた。

「ユナさ~~ん、ユナさん! あ、こんなところにいた!」

「エディ。ここよ」

「今なんか改変期の兆候が……! って何してるんです!? えっ死んでる!?」

「正当防衛で~す」

 突如現れた女性はだいぶ元気な娘のようだ。テンションたっかいな~と思いつつ、白鳥がひらひら手を振って自己弁護する。しかし女性はそうは受け取らなかったみたいで、

「サンタを昏倒させて、物品を盗難しようと……!? ユナさん、近づいてはいけません!」

「こいつサンタを名乗る不審者だったよ。デッド・オア・プレゼントって感じだったけど」

「予定外の改変期は来るし、サンタ狩りギャルに絡まれるし、もうおしまいだ~~!」

「ギャルて」

 白鳥は髪の毛も染めていないし、スカートも二回しか折っていないのに。ピアスはちょっと開けているけど。

 取り乱す女性……長滝を白鳥とユナがなんとかなだめ、近くのベンチに座らせた。ホットコーヒーを握らせる手はずいぶん冷たくなっており、彼女がユナを探して走り回っていたことを示していた。

 指先が温まるまでの間に、ユナがこれまでの経緯を手短に説明する。

「……つまり、売り言葉に買い言葉で、改変機コンバータを使った、と?」

「そういうことになるわね」

「……ユナさん?」

「仕方がなかったのよ」

 話を聞き終わったあとの長滝から漏れたのは、冷え冷えした声だった。先ほどまで取り乱していたのが嘘みたいに、今度は氷のように冷たい眼差しでユナを貫いている。表情がころころ変わって面白いなあ、と他人事みたいに眺めている白鳥に、長滝がびしりと指を突き付けた。

「あなたももう関係者ですからね!」

「え、何? っていうかユナの保護者来たならもう私帰りたいんだけど」

「あなたがユナさんを焚きつけたんじゃないですか」

「焚きつけたって……揶揄っただけだよ」

「もちろん、ユナさんの軽率さも問題じゃなかったとは言いませんが……あなたが善意で彼女を助けてくれたことは分かっていますが……! ですが相手が悪かったと思ってください。あなたには事態の収拾を手伝ってもらわないといけないんです」

「事態の収拾? ってなに?」

「物事を丸く収めるってことよ」

「辞書的な説明ありがとう、日本語上手だね。でもごめんね、私は具体的な内容を聞いてるんだよ」

「……あなたねえ!」

「ユナさん、落ち着いてください。この人はまだ、何も知らないんですよ。すみません、早まって。最初からご説明します。……私、こういうものです」

「あ、どうも」

 長滝が懐から名刺を取り出す。そっけない紙切れには彼女の名前とともに、肩書が書かれていた。長ったらしいが、つまり目の前にいるスーツの女性は県の職員、それも上級公務員とか言われる立場のようだ。だが一部不可解な文字列が刻まれている。イルミネーションの点滅のせいで目がおかしくなったのかと透かしてみたりもしたが変わらない。

「未来大使……?」

「はい。ここにいるユナさん……ユナ・ジラルディさんは未来大使館の駐在員でいらっしゃいます」

「未来って名前の国ができたの?」

「未来は未来ですね。フューチャー、ウェイライ、ヴァヴィシア、フトロ、アヴェニア。何語でもいいですけど、この時代より先、二百年以上未来の地球からいらっしゃいました」

「えっそういう詐欺か何か? 今からパワーストーンとか買わされる?」

「最近の子って疑い深いですね。慎重で素晴らしいです。でも今はひとまず受け入れてもらえますか」

 白鳥は頷く。実際のところは信じていないが、それはさておき面白そうな話なら聞いてやってもいいか、という気分にさせられてしまったので。

「で、未来人が何しに……って聞くまでもないか。行政を巻き込むようなことが将来起きるわけだ」

「その通りです。ユナさんのいらした未来は、端的に言って滅亡寸前。故に、我々の時代に指導のためにやってきた訳です」

「はあ、指導。こんな子供が?」

「あなたって本当に見たものでしか判断できないのね。私はきちんと大学を卒業して就職してるの。まだ学業に従事しているあなたとは違うわ」

「ユナさんは十歳ですが、未来政府からきちんと知能・精神的に問題なく就業可能な状態であると判定されています。彼女は優秀な駐在員ですよ」

 優秀な駐在員はこども扱いされたと怒りだしたりしないと思うのだけれど。

「楓ちゃんも未来人?」

「いいえ。私はただの出向役人です。正真正銘この時間に生まれ育っていますよ。現在の政府は未来政府からの要請により、彼女たち駐在員の願いは基本的に聞き入れる方針なんです。私は国や県と彼女を仲立ちする役ですね。そして、改変機の使用の観測と対応を行う係でもあります」

「さっきから言ってるその改変機っていうのは何?」

「未来からやってきた駐在員たちは、ただ口先で指導するだけでは思い通りに世界を動かせないことを知っていました。だから最初からもっと強制的に世界を変えるものを持ち出したわけです。それが改変機。これを使えば、世界を好きに書きかえることができるそうです。とは言っても無尽蔵になんでもとはいきませんし、何回でもというわけでもないですけどね。これを使って、自分たちの生きていた時代を少しでもマシなものにしようというのが未来庁かれらの仕事なんです」

 例えば、未来では深刻な水不足だったとしましょう。この時代からすでにダムの建築が始まっていたとか、水の重要性を認知させて研究の土台をつくるとか、そういうことを、現実に〝あったこと〟にするんです。と長滝が説明する。

「改変機による影響を受けるのはこの街の全ての住民。その影響を免れるのは、改変機を使用する時周囲三メートルにいた人間です」

「へえ……じゃあ今楓ちゃんはサンタクロースはいて当然だって思ってるってこと?」

「そうです。私は訓練を受けていますから考えてみれば少しおかしいな、と違和感を覚えますが、普通の人なら常識的にサンタの実在を当然のものと考えているでしょう」

「よかったじゃん。サンタがいる世界で」

「それが全然よくないんですよ!」

 長滝ががたんと立ち上がる。手にしていたコーヒーの缶がちゃぷっとしぶきを立てた。

「改変機は何でもできるわけではないですし、何よりプロンプトエンジニアリング……命令文がちゃんとしていないと、全く予想していなかった結果が起きることがあります。猿の手の寓話はご存知ですか? お金が欲しいと願った夫妻の願いは、息子の弔慰金という形で叶えられる……てっとり早い解決方法は意に沿わないものであることが多いんですよ! サンタの存在がどういう形で実現されるのか、全く分からないんです」

「いまいち便利じゃないわけね」

「だからあなたにはユナさんと共に、サンタを全て討伐・回収・処理していただきます」

 サンタが何をするのか分からない、だから放置はできない。

 そして改変機によってサンタが実在しないことを知っている、頭で理解できているのはユナと白鳥のみ。

 だから二人で対処しなくてはならない。分かりやすいが、分からない部分がある。

「討伐ってどういうこと? これから一生、サンタを名乗る不審者を捕まえて回らないといけないってこと?」

「一生ではないです。未来駐在員は街単位で置かれていて、彼らが持つ改変機の効果が及ぶ範囲も街の境界で区切られています。サンタの実在をユナさんと白鳥さんが否定し続ければ、そのうち周囲の街との接触面から改変が薄れていきます。浸透圧みたいなものですね」

「時間経過で薄れていくなら、討伐の必要はないんじゃない?」

 白鳥の指摘に、長滝がぐう、と唸りながらベンチの上で小さくなった。

「こんな失態が……上に知られたら……私は減給……ッ! 冬のボーナス大幅カット……ッ! そんなのは嫌だ……ッ!」

「私利私欲」

 今回みたいにばからしいことに、そしてなんの考えもなしに改変機を使ったことを隠したいから、事態の早期解決のために動員されよということらしい。

「そういう訳だから手伝ってください。少額ですが謝礼も出しますので……」

「隠蔽工作に手を貸すのはなあ……きちんと怒られたほうが絶対いいよ」

「それはダメ」

 黙り込んでいたユナが割り込む。沈痛な面持ちに白鳥は息を呑んだ。

「この失敗が知られて、失望されるなんて……耐えられない」

「失望って……」

「……私の我慢が利かなかったことがすべての原因。あなたのことはきっかけであって責任を追及するつもりはないけれど、……あなた以外に頼れる相手もいないの。だから、……お願いします」

 帽子を取って、ぺこりと頭を下げられる。その首から耳にかけて巨大なヘッドフォンのような、時期外れの冷却ファンのようなごてごてした装置が覆っていた。白鳥は二人から頭を下げられてしまって、「まあ、お金もらえるなら」とやや消極的に頷いた。



 そういうわけで、あれから毎日夜になるとユナと長滝と白鳥は街を巡回し、サンタを虐殺して回っているのだった。

 サンタを名乗る不審者は形は様々だった。一番多いのは恰幅のいい老年の男性だが、それを二頭身、三頭身に縮めたようなデフォルメされた姿もあれば、赤くて丸っこい風船みたいなものもある。彼らはクリスマスに向けてプレゼントを調達しようと動いているらしく、玩具屋やお菓子屋をたびたび強襲しようとしていた。幸いにしてサンタという属性故か街が寝静まったころにみな活動を始めるおかげで、虐殺行為を誰にも見咎められることもなく、今のところ住民たちに混乱は起こっていない。

 順調に討伐はすすんでいるという認識だったのだが、事務所に呼び出されるということはおそらく何か問題が起こったということなのだろう。

 事務所は大使館の支所のようなもので、駐在員が派遣されている各街にひとつ置かれている。普段ユナと長滝、それから研究者や政治の専門家がここで資料とにらめっこしながら、未来をよくするためには何を変えて何を変えてはいけないのかを、額を寄せ合って相談しているらしい。

 その事務所の敷地に入ったところで、前を歩いていたユナが「お兄様!」と先ほどまでと打って変わって華やいだ声を上げた。

 事務所の玄関ポーチに、プラチナブロンドに怜悧な目つきをした、チェスターコートに身を包む長身痩躯の男が佇んでいる。ユナとよく似た、作り物めいた美貌だ。兄弟の血を濃く感じさせる。ユナがぱたぱたとせわしなく男のもとに駆け寄った。

「お兄様、どうなさいましたか? こんなお時間にいらっしゃるとは」

「……ユナこそ、このような時間までどこをほっつき歩いていた? 仕事も放り出して、感心しないな」

「も、申し訳ございません、お兄様……」

「ジラルディさん。ユナさんは今少し特殊な任務についてるんです」

「特殊……か。フン。どうだかな」

 長滝のフォローも、男には全く響かないようで鼻を鳴らして一蹴されてしまう。ユナも見た目年齢にしては態度がでかいが、この男は図体がでかい分さらに割り増しで不遜だな、と長滝の後ろでぼうっと眺めていると、男の視線が白鳥をとらえた。

「そこの間抜けそうな顔の娘は」

「こちらは協力者の白鳥さんです。……白鳥さん、こちらはユナさんのお兄様で、隣町の駐在員でいらっしゃるジーン・ジラルディさん。口は悪いですが、良い人ですよ」

 今のところいい人そうな気配はゼロだ。白鳥に向けられた視線も、どうやって殺そうか考えている猛獣のそれにしか思えないほど鋭い。というかおそらく、いや明確に敵意を向けられていた。

「学も芸もなさそうだ。ユナ。付き合う人間は選べ」

「……はい、お兄様。ですが……」

「ですがはなしだ。私はお前のためを思って言っている。いいな?」

「…………はい。ありがとうございます」

 男はユナの倍近い身長があり、体もそれに見合った厚さがある。そんな男が目線を合わせようともせず威圧的に上から冷たく命じるのだから、ユナの感じるプレッシャーは相当なものだろう。寒さも相まってか、顔色が悪い。

「ジラルディさんは何しにいらっしゃったんです?」

「ユナの状況確認だ。ここのところ仕事を放棄していると聞いたからな」

「そうですか。……あ、もしもし高砂くん? ジラルディさん回収してもらえるかな。うん、うちの玄関口」

 長滝が会話の途中で突然携帯を取り出すと、電話口に向かってやや早口で告げる。

「……先生、私は……」

 ジーンが何かを言いかけたところで、玄関扉の自動ドアをこじ開ける勢いでスーツの青年が飛び出してきた。おそらく先ほど電話していた高砂だろう、片手にスマホを握りしめている。

「すみませんジーンさんこちらにいるって……居たぁっ!」

「ちッ」

「舌打ちするんじゃありませんお下品ですよ! すみません迷惑かけませんでしたか?」

「いいえ。ただ面談であれば後日日を改めていただきたくて。私たちこれからまだ打ち合わせがあるんですよ」

「遅くまでお疲れ様です……!」

「私の話はまだ終わっていない」

「後にしてくださいって今長滝さんに言われましたよね!? もうこんな時間なんですから俺たちも引き上げますよ……っ、重い……っ」

 高砂が自分よりも頭半分上背のあるジーンをどうにか体で押し込んで事務所に帰っていく。白鳥は嵐のような一幕を茫然と見送った。それから、同じように茫然と立ち尽くしているユナをちらりと見やる。態度からするに、ユナはジーンをずいぶん慕っている様子だった。逆にジーンのほうはユナにかなり冷たく当たっていた。血の通わないような美貌のせいか、余計に冷酷な印象を与えるあの高圧的な態度を、慕わしい肉親に向けられている痛苦はいかほどだろう。俯いているユナの表情は、長い髪の毛がカーテンのように隠してしまっていてよく見えなかった。

「……ユナ。大丈夫?」

「……お……で」

「何?」

「お兄様……今日も世界で一番かっこよかった……!」

 ぶるぶる震えて、目をきらきらさせたユナが手を組んでジーンが消えていった方向に溶けるようなまなざしを向けていたので、白鳥は心配を返してほしいなと思った。

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