第33話 出発前夜
隠れ家出発の前夜、食堂では
「
顔に傷のついた屈強な男に肩を組まれ、一海は引きつった顔で笑う。男は既に相当吞んでいるらしく、言っていることがもはや意味わからない。とりあえず名前がトルドーというらしいことだけはわかった。
未だに慣れない酒にちまちまと口をつけていたら、どこからか彼がすっ飛んできたのだ。向かいに座る棗に助けを求めるも、返ってくるのは意地悪な笑みだけ。
段々あいつは俺が不幸な目に合うことを楽しむようになってきたな、と一海は内心で口を尖らせる。
大河と日鞠は別の教徒と楽しく会話をしていた。
「ちょっとトルドーあんた!
後ろから女性の声が飛んできた。いつも食堂で厨房を取り仕切っている人――――カタリナだ。
「なにおう!こんなに楽しそうに飲んでくれてるってのに」
トルドーは手に持った異様な大きさの樽ジョッキを、一海の持つジョッキに押し付けて音を鳴らす。
「どう見ても顔が引きつってるでしょうが!ほら、あんたの順番はもう終り。次がつっかえてるんだから」
そういって女性が体を避けると、その後ろから赤髪の小さな体が現れた。
「むっ……仕方ない、ここは一旦プラムに譲ろうか」
トルドーはその姿を認めると、さっきのダル絡みが嘘の様に、席を立ってするりと離れていった。
何やらもじもじしているプラムの背中を女性が押す。一海は彼女と目を合わせる。
「どうしたんだ?」
「……これ、あげる。皆に」
少女の小さな手に、布と糸で作られたキーホルダーのようなものが全部で四つ収まっていた。一海は一つ手に取る。可愛らしい兎のような生物を模した、小さなアクセサリーだろうか。取り付けられるように頭から紐が出ている。中に詰め物がしてあり立体的なつくりだ。よく見ると、他の三つはそれぞれ違う生物が模られている。
「お守り。私のマナとまじないも込めてあるから」
「すごいな、これ全部作ったのか」
カタリナに手招きされ、日鞠達も寄ってくる。
「可愛い!プラムちゃんアクセサリーも作れちゃうの?」
日鞠は目を輝かせてプラムが持っているアクセサリーに触れる。
「忘れて行っちゃわない様につけてあげる」
プラムは四つのアクセサリーを、一海達の腰辺りに順々に結んでいった。
「もらってばっかりだな、プラムちゃんには」
日鞠はプラムの小さい頭を撫でた。少女はくすぐったそうにする。
「何言ってるんだか。世界を救ってくれるんでしょ」
「そうだった!世界、頑張って救ってくるね!……まだ魔法は全然ダメダメだけど!」
一海が知らない間に二人はかなり打ち解けている様子だった。そのままプラムは日鞠の膝上を陣取り、その無表情顔でパーティに参加していた。一海はというと大河をさりげなく先ほどのトルドーに押し当て、自分は悠々と飲食を楽しんだ。
翌日の出発は早いというのに、宴は遅くまで続いた。
一海はベッドの上に広げた道具を眺めていた。ナイフのようなものが十本程、それから木でできたボールが三つ。
ナイフは全長二十センチメートル程度、先が細く尖った両刃の作りで、柄と刃に境目は無い。その刀身には小さく単純な魔法陣が描かれている。木のボールはゴルフボール程度のサイズで、こちらは表面に何も描かれていない。ただし、球の中心に接着したような跡があった。
この二日間、一海は他の仲間が魔法の鍛錬をする中、ずっと魔道具の製作に没頭していた。簡単な物とはいえ、この短期間で形にできたのは間違いなくシンヤという存在のおかげだ。彼の優秀さを、一海はこの二日で身をもって体験した。
「こんなに魔道具を持ち歩くなんて珍しいスタイルだね」
横で見ていたメイが言う。
「マナクラスEの俺にはこれが必要なのさ」
言いながら道具をかき集める。やけに数の多い魔道具を持ち運ぶために用意した、厚手のジャケットに収納していく。
先程最後のミーティングを終えた一行は一海と大河の部屋に集まり、森周辺の索敵をしに行ったシンヤが戻ってくるのを待っていた。
この後、一海達は隠れ家を発つ。
「こっちの世界に来てからまだニ週間も経ってないのかぁ」
大河は窓際に立って外を眺めていた。外には相変わらず曇りのない青空が広がっている。
「もう二回くらい死にかけたし、世界を救うだとか、帝国の陰謀とか、突拍子もない展開ばかりだけどさ。そんな状況もなんだかんだ受け入れられちゃうもんなんだね」
「確かに」
日鞠は笑って同意する。
「私も気づいたら元の世界に帰ることなんかよりも、魔法のことで頭がいっぱいだよ」
「怖くはない?」
入り口に寄り掛かっていたメイが問いかけ、さらに意地悪なトーンで続ける。
「これからの旅はきっと君たちが想像つかないくらい大変だよ。なんせ世界を救うんだから」
「脅さないでよメイ」
大河は苦笑する。
「ま、正直全然恐怖心なんてないね!それを感じるには僕らはこの世界の事を知らなすぎるし、ここまで来たのだって、ただ流れに身を任せてただけだし……でも今の僕らには魔法がある。この力があれば前に進めるって、そう感じるんだよ」
彼は己の拳を見つめる。自信と希望に満ちた顔。その力の源泉はきっと、元の世界の自分には無かった魔法という異世界の力と、それからこの異世界自体だった。日鞠も同意を示し頷いた。
「いいね、その前向きさ!好きだよウチは」
ニッと笑いメイは親指を立てる。そのやり取りを横目に一海はジャケットを羽織り、息をつく。魔道具を詰め込んだジャケットは少し重かった。
「相変わらず楽観的だな大河は。俺は怖いね。魔法が使えるようになったと言っても、魔法士としては未熟もいい所だ。いつ帝国の魔法士に襲われるかわからないわけだからな」
「一海は相変わらず悲観的だね」
「現実主義と言え」
メイが横から口を挟む。
「何があってもウチが君たちを守るから安心してよ一海。もう絶対に、仲間を死なせたりなんかしないから」
その瞳を向けられ、一海は怯んでしまう。あの時の棗と同じ目。信念を貫く強い意思の目。
「ウチらの世界の問題に付き合わせちゃって申し訳ないんだけどね」
「今更だわ。召喚されてしまったからには使命を全うするわよ」
あまりに堂々たる態度で棗は言う。
「棗は頼もしすぎるなぁ。もうちょっとお姉さんに甘えてくれてもいいんだけど」
メイはちょっと残念そうにした。
「あれ、プラム?何してるんだろ……」
大河は窓の外にプラムの姿を見つけた。日鞠は反応する。
「野菜のお世話かな?」
「いや、でも、何か庭の真ん中で――――」
突如、強い光が窓から部屋に差し込んだ。
「なんだ!?」
一海も窓に寄る。庭には大河の言う通りプラムが立っていた。そのプラムの足元から一本の光る線が真っすぐ地面をなぞり、庭の、この隠れ家の外郭へ伸びて、そこから円を描く様に走っている。その線が激しい光を放っていた。
緑を帯びたマナの反応光。緑閃光だ。
メイがいの一番に部屋を飛び出した。一海もその後を追って階段を駆け下りる。前を走るメイが体でこじ開けたドアをくぐり、外に出た。
「何、これは……!?」
メイは唖然としている。緑閃光が隠れ家の全体を囲っていた。
「プラム!お前何やってるんだ!?」
「プラムちゃん!?」
後を追ってきていた日鞠が後ろで叫ぶ。呼ばれた少女はこちらを振り向いた。
「あ、が……かず、み……」
異様な光景に一海は言葉を失う。
少女の目、口、鼻から黒く濁った粘性の液体が垂れていた。その目は虚ろで、まるで焦点が合っていない。糸で吊り下げられているかの様な立ち姿で、こちらを向いていた。その光景に釘付けになり、一海は自分の腰に取り付けられた動物のキーホルダーが淡く緑閃光を発していることに気付かない。
「ご、め……」
彼女が何か言葉を紡ごうとした時、ゴポ、と大きく開いた口の中から黒い液状の塊が顔を覗かせる。それは口の様に楕円の穴をあけた。そして、
「『
その音を聞いた直後、一海の視界はグニャリと歪んだ。
乗り物酔いのような不快感と耳鳴りが襲う。立っていられず、その場に膝を付いた。地面の硬い感触に違和感を覚える。一海は視界を正常化させようと頭を振った。徐々に酔った感覚は治りはじめ、景色がはっきりとしてくる。
石造りの床、巨大な柱が立ち並ぶ大広間の中心に一海は居た。
広間は吹き抜けの構造で、その円周を手すりのついた廊下が二階三階と囲っている。円錐状の天井は高く、嵌められたステンドグラスが陽の光を屈折させて大広間へ落としている。
そして、周りを取り囲む武装した兵士達。
「ようこそいらっしゃいました
正面、二階部分から突き出した演説台に一人の男が立っていた。紅く長い髪はその先を幾つにも分かれて結ばれており、顔には白いマスカレイドマスクを付けている。金の刺繡が施された黒いコートは高貴さを伺わせる。その男が一海を見下ろして話す。
「私はギルテリッジ帝国四騎将が一、ガゼル・フォン・グランヴィル。我が城への招待状、受け取ってもらえたようで何よりです。歓迎しますよ」
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