俺の愛する異世界小説、実はノンフィクション小説だったかもしれない

冬道

第0話 『スペステラ冒険記』最終章

 長い、長い旅路だった。

 アカネはその複雑な機構の"杖"に祈りを籠めながらふと、これまでの冒険に想いを馳せた。

 この異世界スペステラに召喚されてからおよそ二年。出会いと別れ、友情と衝突、挫折と成長、絶望と救い。全てがこの二年間に存在していた。そしてその冒険の終着点に今、彼女たちは立っている。

 対峙する巨大な化物が痛苦の雄たけびを上げた。荒涼とした大地に不自然に空いた大穴から体を覗かせる黒い異形。小規模な惑星を想起させる程巨大な楕円形の体に緑色の目がいくつも蠢き、その下で広く裂けた口のような物がこちらを嘲っている。禍々しい棘があちこちから生えており、下に伸びる太い尾が大穴の深くに垂れ下がる。その全身を黒紫のラインが巡る。

 世界を蝕み破壊するバグ、災厄獣アドヴェルズ。その親玉たる『災厄の崩王アドヴェルズ・ルイナ』に、アカネ達は人工神器アーティファクトの力によって二層目の封印を施すことに成功していた。残すは最後の封印のみ。

 しかし『災厄の崩王アドヴェルズ・ルイナ』の抵抗は激しかった。アカネが持つ"杖"による最後の封印を払いのけるだけの力をまだ残していた。


「世界を救おうってんだ、命くらい懸けないでどうする」


 同じくスペステラに飛ばされてきた男、ハルアキはあっけらかんと言った。この男はいつもそうだった。平気な顔で世界を救うとか、人を助けるとか言ってのける。そんな彼がいたからこそ、アカネ達はここまで来ることができた。

 そして今、単身で『災厄の崩王アドヴェルズ・ルイナ』の内部に突入したハルアキが直接奴の核を叩き、隙を作った。アカネは祈りとマナを籠め続ける。どうか、彼が生きて帰って来るようにと。"杖"の先端に取り付けられた二つのリングが不規則に回転し、その中心に浮かぶ金属球が緑閃光に輝いた。金属球から光の帯が飛び出す。見たことの無い文字が帯に羅列しており、飛び出した複数の帯が勢いよく標的へと向かう。『災厄の崩王アドヴェルズ・ルイナ』は既に第一層目の封印によって鎖に縛られ、第二層目として放った無数の球体ドローンにより力を抑止させられていた。そこへ、杖から放たれた光の帯が空間ごと包囲していく。

災厄の崩王アドヴェルズ・ルイナ』から黒紫のエネルギーが漏れ出す。それぞれが意思を持ったようにうねり、多種な災厄獣アドヴェルズを形作ってアカネに襲い掛かる。それらの攻撃を、残るパーティメンバーであるメイが防ぎ守る。五人いたパーティは三人になってしまった。たった三人でここまでやって来た。死んでいった彼らのためにも、この世界を愛していた彼らのためにも、やり遂げなければならない。

 そして、遂に。

 光の帯が一際眩い光を放った次の瞬間。パキ、と『災厄の崩王アドヴェルズ・ルイナ』の姿が消失した。巨大な空間の亀裂を残して。

 ハルアキは生きていた。ボロボロになって落下してきた体をメイに受け止められた。彼はメイの腕の中で二ッと笑う。


「勝ったぞ、俺達」


 その時三人の目の前に、何もない空間から女性が舞い降りた。頭に浮かぶ天使じみた幾何学模様の輪。女神。この異世界にアカネ達を召喚した張本人だ。


「『災厄の崩王アドヴェルズ・ルイナ』の封印を確認。使命は果たされました。おめでとうございます、守護者アイギス達」


 夢以外で見るのは初めてだった。相変わらずの無機質な声で彼女は告げる。


「約束通り、元の世界へと帰しましょう」


 冒険の終わりだった。これがRPGなら、感動的なBGMが流れていただろう。

 アカネは二人を見た。


「不思議だな。この世界が滅亡の危機にならなきゃ、私たちは出会えてなかったなんてね」

「ああ。今はあいつにさえ礼を言いたい気分だ」


 ハルアキは亀裂を見やり冗談めかして言う。


「ずるいよ、二人とも」


 メイがポツリと呟く。そして堰を切ったように、彼女の口からずっと言わない様にと秘めていた言葉がこぼれ出た。


「私だけこっちに置いていくなんてひどいよ、私だけもう会えないなんてひどいよ……嫌だよ!私も一緒に行きたいよ……」

「メイ……」


 アカネは大粒の涙を流す彼女の手を掴む。メイはこの世界の住民だ。アカネとハルアキは元の世界でまた会うことができるが、彼女とはここでお別れだった。


「また会いに来る」


 メイは目を見開いた。顔をあげると、ハルアキが力強い目を向けていた。


「こっちに来る方法自体はあるんだ。何とかなるだろ!な、女神様」


 女神は彼らを見下ろしたまま喋らない。

 ハルアキは懐から何かを取り出した。紅く輝く宝石をしつらえたペンダント。必ず訪れる別れの時のために用意したものだった。彼はそれをメイの首につけてやる。


「再会の印だ。いつか必ず探しに行くから、忘れずにつけててくれよ」


 メイは涙を瞳に湛えながら笑顔を作る。


「うんっ……待ってる!」



 長い、長い旅路だった。

 旅が終わっても世界は続く。時は巡る。そしてまた、新たな旅が始まるのだ。

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