第3話 夜にかける

 夜の帷を1人の少女がひた走る。燻んだ緑のダウンジャケットを纏い。濃い茶色のストライプ柄のスカートが翻る。

 彼女の名前は瀬戸内 海音まりん。南国をイメージさせる弾んだ名前とは裏腹に、極寒の夜に震えている。


 町の喧騒が彼女の耳を突く。乱雑に灯る明かりが線のように流れて見えていた。

 少女は走る。出来るだけ、出来るだけ風になりたかった。


 なりきる必要があった。


 薄く、薄く空気のように。自分は何者でもない。認知されては、今日のこの夜をやり過ごせなくなることを知っていた。


 夜の行き着く先は、スベからず闇だ。


 夜は人をオカシクするものだから。欲が人を変えるように夜も人を変えていく。それは善が偽善に成り下がるようなもの。


ーーゆっくり眠りたい


 そんな彼女の儚い願いさえ聞き入れてはもらえない。夜は人をオカシクするものだから。


 だから彼女は夜が嫌いだ。ワガママな幼子のように無秩序な夜が大嫌いなのだ。

 

 私は欲に塗れたい訳ではない。正義なんていらない。温かなベッドだっていらない。私は、ただただ安心が欲しいだけ……

 


 深夜のカラオケボックス。ネットカフェ。ポケットには300円と少し。

 少女がほんのりと汗が滲んだひたいを脱ぐ先、コンビニの明かりが見えた。


 この世界で安全は買える。この町での安全の最安値は1500円あたりが妥当。それらは、もう通り過ぎた。


 払えなければ…払えないから、私は、この今宵も夜と賭けをする事になるんだ。

 そう気合いを入れ、自分に言い聞かせて、コンビニで菓子パンを一つ。


 買った。

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