私にネーミングセンスは無かった。

くらげさん

『歩く、火だるま』




 私は死んでプールにいた。プールの飛び込み台に座った辺りから、意識が凝り固まったように感じる。


 死んだことを、なぜか分かる不思議な感覚。だけどなぜ死んだかは思い出せない。なぜココにいるのかも分からない。



 夜のプールは寒い。いや、寒いのか? 寒いんだろう。風景は秋と冬の狭間みたいだ。


 プールの横にある木々は、今まさに一枚二枚と葉を散らし、月の明かりだけで、黄色と赤色が見える。


 紅葉も終わりの時期に来ているんだと思う。


 夏服のセーラー服を着ている私は、人間だった頃の身体と幽霊となったこの身体を重ね合わせるなら、寒いんだろうと結論づけた。


 寒さも暑さも分からなくなったこの身体でも、思っただけで今は寒いと感じて不思議な気分だ。



 夜空を見上げると、人間でいた時よりも空が近くに感じた。そう、手を伸ばせば、星に手が届くんじゃないかと思うように近かった。


 ちょっとだけだが、ロマンチックな気分だ。フッと鼻で笑って、確かめたくなった。星に届くのかを。


 冗談混じりに両の手を広げて、上に、上に、上に、サラッと夜空の感触があり、夜空の星を砂のように集めて、手を合わせる。


 あぁ本当に届くんだと驚いた。青、赤、白、緑、黄色。色々な星の色が今、私の手の中に入っていて、どうしようかと手を胸の前に持ってくる。



 手の内にある輝く光りは暖かくて、凄く尊い存在に感じた。私は祈るように両の手を胸に押し付けた。


 手から溢れた光りが夜空に帰っていく。私はというと、ぽわぽわと全身が光りに包まれていた。


 今なら空だって飛べちゃいそう、だと考えて、ピッとプールの水を蹴った。


 その蹴った水も、白く、星の光りが纏わりついて、ふわふわと空中を舞っていた。それが面白いぐらい綺麗で、私は脚をパタパタさせた。


 するとプールを覆い尽くすように水玉ができ、夜空の星のように、水玉は色々な光りを纏った。



 まるで星の海に身体ごと浸かってしまったような感覚があった。いやいやいや、今はここが星の海だ。擬似ぎじから、本物に思考を変えると、いやはやどうしてだろうか。


 水玉が星の形をし、私のイメージに合わせてくれる。


 私は照れや、外聞がいぶんなど気にせずに呟く。「綺麗……」だ、と。




 今の私は幽霊なのだから、照れや、外聞など気にしないでもいいじゃないかと、誰かにこの話をしたら言われるかも知れないが。


 幽霊になったことが分かったとしても、先程までは人間だったと記憶があるのに、急に人を脅かしたり、死に追いやってやろう!


 なんて化け物じみた考えは持ってないし、そんなにスムーズに思考のスイッチが切り替わるほど私は器用でもない。



 飛び込み台からスっと、立ち上がる。


 おっとっとっと、と水の上に立つと、体重を移動する度に波紋が広がった。体重なんてあるのかと思ったが、そういうものだと思っておこう。


 体重があったとしたら、私は水の上を歩けてないわけだけど。……そういうものだと思っておこう。


 そう思ったら何故か楽しくなってきて、水の上を駆けて、駆けて、駆けて、飛ぶ。


 ふわっと羽根が生えたみたいに空中をゆっくり進む、進む、進む。そして落ちる。


 25mのプールの真ん中に降り立った私を星の光りが移った波紋が包む。



 私はどんな人で、どんな人が好きで、どんな学生生活を送っていたのか。あんまり思い出せない。


 いや、だんだんと忘れていっている気さえする。



 これが死ぬと言うことか。私にも将来の夢があって、大事な人たちがいて、大切にしたい物が、信念みたいな物があった気がした。


 ツー、と目から涙が頬を伝う。


 全然悲しくないことが、全然覚えていないことが、酷く空虚で。


 私は本当に人間じゃないんだと、人間には戻れないんだなと、思い込ませるのに十分すぎた。



 あぁそうか。この時間は私が人間だったことを諦めさせる時間だったのか。もしも神がいるなら……。


 そう、もし、もしも神がいるのなら拍手を送りたい。このシステムは完璧だと。



 私は人間じゃない。幽霊だ。今ここに人が来たら七不思議にカウントされるのだろう。


 この怪談に私が名前を付けれるのなら「歩く、火だるま」だ。



 ……人間の時のことが思い出せなくても、分かったことがある。


 私にネーミングセンスは無かった。



 最後に一つ願いを思うことにする。お星様になりたい。そしてチラチラと光りが散っていく。



「ありがとう神様」



 私は叶ってもいない願い事のお礼を言った。そして消える。


 十の線が夜空にあって、こぼれた星が今でも輝いていた。その夜空に一つの星が生まれたのは言うまでもない。







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