EP5.いい奴だけど貧弱なヤツ。ボコボコにされてるんですけど!?(2)
宿屋の外。街灯も人通りもなく、真っ暗な大通りに、あるものを運ぶ男二人がいた。
片方はワーウルフ、片方は人間だった。男たちはそれを運びながら呟く。
「くそ、重てぇな。なんでこんなに水が入ってるんだ?」
「品質維持のためだろ。肉さえ手に入れればいいし、捌いたら水はその辺に捨てていこうぜ。」
彼らの運んでいたものは、人魚の赤子の入った桶だった。彼らは宴の最中に人魚の飲み物に睡眠薬を混ぜ、眠らせて人魚を攫うことを画策していたのだ。
そんな彼らに、背後から声がかかる。
「人攫いとは、随分行儀が悪いじゃないか。バースデーボーイ。」
それはカルロの声だった。彼は男たちを追い詰めたかのように歩みを進める。
「『人魚の肉を食べれば不老不死を得る』王侯貴族の中で流れる迷信だ。」
「さしずめ誕生日だと嘘をついて、彼らを油断させて、その子を攫う算段だったんだろう?」
「迷信を信じ、人魚の肉は高値で取引されることもある。お前たちは、金のためにその子の命を奪うのか。」
ワーウルフの男が叫ぶ。
「だったら何だってんだ!人間サマには、こいつがどうなろうと関係ないだろう!」
カルロはワーウルフの男を睨みつけて答えた。
「関係ない?いいやあるね!」
「その子は、幼いながらにも、私の演奏を喜んでくれた者だ!」
「高貴なる者として、美しき心の持ち主は、守らねばならぬ!」
「何ゴチャゴチャ言ってやがる!ぶっ飛ばすぞ!」
「……来るなら来い、相手になろう。」
カルロは拳を握りしめ、二人の暴漢の前に立ちはだかった。
アカシャはパズルをベッドの上に放り投げ、自身もベッドの上に座り込んだ。
「あ~~~つかれた!パズル君意外と重かった~~」
ふと、肩の重みに意識を向ける。ケースを開くと、高級そうで、よく手入れされた楽器が収納されていた。
アカシャはその楽器を見たことがなく、名前はわからなかった。おそらくパズルもソーンもわからなかったのだろう。ただ、綺麗な音色を発するそれは、大切にされていることが、見ただけで伝わってきた。
「命より大事なもの……ねぇ。なんでそんなものあたしに預けたんだろう?」
アカシャはカルロのことが気がかりだった。部屋には眠りこけたパズルとソーンしかいないことを確認し、楽器ケースの蓋を閉じて、部屋にしっかりと鍵をかけ、カルロを追って宿屋の外に出た。
すると、男の怒号が聞こえてきた。嫌な予感がしつつ、そちらの方へ向かうと、見慣れた桶と、男二人に一方的に殴られているカルロの姿が目に入った。
「ボコボコにされてる!?」
カルロは威勢よく啖呵を切ったものの、丸腰で、喧嘩の心得も何一つなかった。結果として暴漢に一方的に嬲られることとなったのだ。
だが、その無謀さは、アカシャが来るまでの時間稼ぎにはなったようだ。アカシャはカルロに駆け寄りつつ叫んだ。
「あんたたち、何してんのーっ!!!」
アカシャの拳は、的確に人間の男の頬を抜き、殴られた男はその威力によろめいた。ワーウルフの男はその威勢に怯んでいた。
「あ、兄貴が一撃でふらつくなんて……!」
「この女、見かけより強い……!クソ、やろうってのか!?」
アカシャは鞘に手をかけて答えた。「本気で殺し合いたいの?」
女一人とはいえ、冒険者で、剣を持っているアカシャと、街中のため長物を持っていない男二人では、どちらが有利かは明白だった。男二人は、悪態をつきつつその場から逃げ出していった。
アカシャは桶の中を覗き込む。人魚はエラで寝息を立てつつ眠っている。見た限りでは特に異常なさそうな様子で、アカシャは安堵した。
次に、地面に倒れ伏しているカルロの方に近づいた。アカシャは手を差し出して告げる。
「あなた、本当に弱いんだね。」
「なっ……!?事実だが、一番に言うことがそれか!?」
カルロは差し出された手を取りって起き上がり、ふらつきながらも、服についた埃を払った。顔にはあざができ、流れている鼻血を裾で拭った。
「弱いのに……助けてくれた。この子は魔族なのに。なんで?」
「さっきも言ったことだが、その子は私の演奏を聞いて喜んでくれた。ファンは一奏者として守らねばならないだろう?」
「それに、命が脅かされている者を守るのは、王族として当然の務めだ。」
「……そう。ありがとう。」
「ん?王族?あなた王様なの?」
アカシャは疑問に思って尋ねる。それにカルロは当然のように答えた。
「最初に名乗っただろう、私はカルロ・フォン・ヴァージニアだと。」
「ここ北方のノルド王国に比べれば小さな国だが、私は南方の、歴史あるヴァージニア王国の第一王子だ。」
「……まぁ、最近滅亡して、亡命してきたのだが……。」
アカシャは、開いた口がしばらく塞がらなかった。しかし、どこかで点と点がつながったような納得感を感じていた。
やたら尊大な態度や、路銀稼ぎをする身分の割に高級な楽器を持っていること、そして、魔族に対する偏見も、上流社会で魔族とあまり触れずに育ってきたからなのだと容易に想像できた。
しかし驚嘆もそこそこに、人魚を安全な場所に運ばねばと思い出した。桶を軽くするために少し中の水を捨てつつ、殴打跡だらけのカルロも、夜が明けたらパズルに治療してもらおうと考えていた。
「……とにかく!ありがとう。あなたの傷は、明日になったら、仲間に治療してもらえるよう頼んでみる。今日寝るところはある?加入の件も、あたしから話しておくから。」
「……本当か!それはありがたい。寝床は、狭いながらも部屋を借りているから、心配しないでくれ。」
「だから……今日は、傷冷やして、安静にしててよね!おやすみ!」
「ああ、おやすみ。また明日。」
カルロは傷ついた身体を引きずりつつ、夜の街に消えていった。それを背にしながら、アカシャも人魚の入った桶を抱えつつ、部屋に戻った。
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