たった一人の君へ

なついと

第1話 過去?(1)

日差しが明るく、空は晴れわたり、風も穏やかで居心地がいい。


Anance学園の豪華な礼堂で、盛大な授章式が行われている。

理事長が厳かに授章式の開始を宣言する。

「S級への昇格者二名、前へ。これより、『Anance金星』勲章の授章式を行う!」

雷鳴のような拍手の中、二人の生徒が緩やかに表彰台に登った。


男子生徒――「黒き魔王」、罪波奈緒。

女子生徒――「白き魔女」、ルティア・織部。


遠くからお二人の姿を眺めることが出来るだけで、私は感動で涙一杯になり、手が痛くなってもずっと拍手し続けた。

ルティア・織部はAnance学園中等部からの進学生で、文武両道の天才少女だ。名門出身で、しなやかな銀色の長い髪、宝石のような蒼い瞳と色白の肌を持った、紛れのない美少女ーーヨーロッパ系のハーフとも噂されている。中等部の時から既に全校生徒の模範で、数えきれないほどのハイリスクな逮捕作戦を完璧にこなした。

もう片方、罪波奈緒は数ヶ月前に、特例として中途入学した転校生だ。陰鬱系の美少年で、柔らくて癖のある黒髪とスリムな体型がチャーミングポイント。ルティアさんの模範的な安定した逮捕スタイルに比べ、罪波さんの逮捕スタイルはワイルドで無作法だと言われているけど、同じくらいの逮捕効率を誇っている。

黒と白の二人が表彰台に登り、淡々と理事長に「Anance金星」の勲章を胸元につけてもらった。


今年の四月中旬、ルティアさんは犯罪者の逮捕任務中、「罪の区」で罪波さんと出会い、その協力の元で犯罪者を確保した。その後、ルティアさんの推薦の元、罪波さんはAnance学園に入学した――というのは、学校からの公式説明だ。

この学園に、お二人を見守り、応援するための秘密クラブ「白黒同好会」がある。

その「白黒同好会」の中、お二人の出会いはずっと詳しく、ロマンに語られている。同好会のメンバーの一人である私も、もちろんそれを暗記している。


――罪波さんとルティアさんが初めて共闘した日は、「運命の日」なのだ。

始まりは運命の日の前日の朝。

あの朝、ルティアさんは任務のために「罪の区」の路地を通った。そこで彼女はゴロツキに絡まれた罪波さんを見かけ、罪波さんもそのゴロツキを片付ける時に、ルティアさんの存在に気づいた。きっと目が合ったんだろうね。本当にロマンチック!お二人はこの時点で言葉を交わさなかったらしいけど、罪波さんの戦い姿はきっとルティアさんの心に強く刻んでいた。

翌日、つまり運命の日当日。任務のために再び罪の区に出向いたルティアさんは、また罪波さんに出会った。二人の会話はなぜか口喧嘩に発展して――喧嘩の真っ最中に、任務標的の犯罪者が現れた。

とすると、さっきまで喧嘩していた二人は驚異的な黙契を見せ、連携でその犯罪者をあっという間に確保した。

この件で罪波さんに興味を持ったルティアさんは、学園に戻ったらすぐに罪波さんを推薦入学した。しばらくして、罪波さんは見事にAnance学園の入学試験を合格し、正式的に入学した。

入学後、罪波さんは罪の区で生活した経験と優れた頭脳を活かし、難しい任務を次々と引き受けて、あっという間にルティアさんと同じランクに登りついた。

二週間前、二人は同じ数のハイリスクな逮捕任務を完成し、Sランクへの昇格要求を同時にクリアした。Anance学園内の、たった二人のSランク生徒だ。

美男美女のお二人で、捜査と逮捕の実力も文字通りのトップだ。普段はよく口喧嘩をするけど、実際はお互いをとても大事に思っている。競争し合って、協力し合って、お二人はきっといつか結ばれるだろう。

お二人が肩を並ぶ姿を拝めながら、私がしくしくと涙を拭いた。

胸の興奮は授章式が終わっても収まることはなく、私は思わずクラスメイトの袖を引き、早口で語り始めた。


「ねえ、さっきの見た?罪波さんとルティアさんが肩を並んで立っていた!お二人は顔に出せてないけど、きっと心の中でいろいろと考えているの!おお、世界よ!神よ!感謝します!」

クラスメイトは呆れながら返事した。

「はいはい、君はあの二人が大好きなのは知ってるよ。でもSランクの天才組より、今夜のことを考えたら?初任務なんでしょう?」

「そ、そんなの、言われなくても考えてるよ!何より、私はあの罪波さんのチームに入られたよ?きっと大丈夫だ!」

そう。普通のCランク生徒である私は、今夜でようやく初めての逮捕任務に臨む。


遥か昔、監獄から脱走した大勢の犯罪者が郊外のとある寂れた団地に逃げ込み、そこで犯罪事業を再開した。超大規模な無法地域「罪の区」のはじまりだ。地域内は人口過密で、居住環境もとてつもなく劣悪である。

「罪の区」の無法ぷりはより多くの逃亡犯を吸引し、その一部が武装した犯罪組織を立ち上げ、罪の区がますます政府の手に負えなくなった。

我がAnance学園は、そんな罪の区の治安を回復し、逃亡した犯罪者を逮捕するために、政府が二十年前に設立したものだ。場所は罪の区の北側の端にある。

Anance学園に中等部と高等部があり、私たち生徒は中等部で訓練を積み、高等部になってから罪の区の治安維持、犯罪組織の調査や犯罪者の逮捕などの実務に派遣される。

学園は実力に応じて、生徒をS、A、B、Cの四ランクに分類している。SランクとAランクは犯罪者の逮捕、Bランクは調査と情報収集、Cランクは街の見回りなどの簡単な任務に派遣される。

今夜の逮捕作戦はとびきり大規模なものだ。犯罪組織の本拠地に突入し、その中の犯罪者を全員逮捕するのを目標としている。

とにかく人手が多い方がいいらしく、私みたいな弱小Cランクでも現場に駆り出された。


「早く夜にならないかな……」

「なんか任務を舐めてない?」

クラスメイトの呆れた声を無視し、私は一日中、人生初の逮捕作戦に思いを馳せた。

そしていよいよ、夜になった――

「今回の作戦は各自のランクに応じて、A、B、Cの三グループに分かれている。Aグループ全員は俺と一緒に突入、Bグループはビルの各出口で待機、Cグループは周辺の地域での巡回だ。特に巡回組のⅭグループ、何かあったらすぐに携帯で支援を要請しろ」

作戦リーダーである罪波さんは改めて作戦を説明した後、右手の腕時計を見た。

「21時になった瞬間で作戦実行だ。それまで、全員それぞれの担当エリアで待機してくれ」

Cグループの私にも麻酔銃が配給された。「Absolute(アブソリュート)」と呼ばれたこの麻酔銃はAnance学園の科学部が生徒用に開発したもので、撃たれた者は五秒内に意識を失うらしい。

ちなみに、麻酔銃を常時に配給されるのはSランクとAランクの生徒だけだ。

クラスメイトの呆れた眼差しを横に、私は「Absolute」の美しいボディを撫でながら溜息をついた。

「麻酔銃に触れるの初めて。本当に綺麗……」

「呆れた。麻酔銃でそんな気持ち悪い表情になる?普通」

「だって私、街の見回りばかりで、麻酔銃に触ったことないよ!」

「麻酔銃があるだけで、やってることはいつもの見回りなんだけどね」

「いつもなんかじゃないよ!今回はあの有名な罪波さんの指揮で……私、いつ死んでもいいかも……!」

「死んだら駄目でしょ、本当に馬鹿ね」

クラスメイトが私の頭を軽く叩く。

「じゃあ、わたしはAグループのみんなのところに帰るから。頑張ってね」

「うん、一緒に頑張ろう!」

私が手を振って、クラスメイトを見送った。大丈夫。今回の作戦はきっと楽勝だ!


19時ごろ。私は自分の担当エリアでぶらぶらと歩いている。

普段の見回りは制服を着るけど、今回は作戦が勘づかれないように、参加者は全員私服だ。

私も行動しやすいシャツとジーンズを着ている。念のため、身分証明の徽章も持ってきた。

私服での任務は初めて。ワクワクするなあ。

うん、全然いける。他の人から見れば、私は夜道を歩いているだけの、ごく普通なJKだ。全然Anance学園の生徒に見えない。

夜の罪の区は人通りが少ない。これまでの見回りも、酔っ払ったホームレスやタバコを吸うゴロツキにしか出会わなかった。そのゴロツキたちも私の制服を見ると、必ず早足で逃げ去っていく。

これがAnance学園の力だ。今夜もきっと上手くいくだろう。

その時、私は誰かの話し声を聞いた。

「あなたを呼び出したのは……」

声が小さいけど、女性の声なのが分かる。私は声の元の路地に足を運んだ。

罪の区は多くの暗い路地で入り組まれていて、恐喝事件の現場としては大人気だ。

今夜の任務は普通の見回りじゃなくとも、私は犯罪事件を止める義務がある――それに、任務がまだ始まっていない。少し寄り道しても大丈夫なはず。

私は路地に忍び寄り、慎重に奥の様子をうかがった。

「……?」

曲がり角の先に、白いスカートを着た女性と、黒服の男性が向き合いながら話をしている。

路地は暗いけど、私が今まで無駄に鍛え上げた夜目のおかげで、二人の顔がハッキリと見える――罪波さんとルティアさんだ。

どうしてルティアさんがここに?今夜の任務には出ないはずなのに。

ルティアさんは焦りを帯びた表情で、固く握った拳を胸に当てている。

「前学期末に、あなたに言ったこと……全部本心だわ。私はあなたのことを……」

これは……もしかして、告白現場!?

罪波さんがため息をついた。

「今は任務中だろ」

「でも、あなたへの気持ち、もう抑えられない……!」

泣きそうな声で言った後、ルティアさんは罪波さんに寄り添い、背筋を伸ばして、唇にキスした。

一瞬驚いた罪波さんだけど、すぐに目を閉じて、ルティアさんからのキスを堪能し始めた。ゆっくりとルティアさんを抱きしめ、二人は暗い路地でキスを交わしていく。

私も興奮で叫び出しそうになって、でも太ももを強く掴むことでなんとか抑えた。

こここれは、「白黒同好会」のみんなに知らせないと……いやいや、罪波さんとルティアさんが関係を公表するまで待つ方がいいに決まっている!耐えろ、耐えるんだ。「白黒同好会」の誇り高いメンバーとして、どれほど喜ばしいニュースでも、無断で広めてはいけない。

私は深呼吸して、「ご馳走様でした!推しカプです!」と天に叫ぶ衝動を抑えながら、静かに路地から去った。

罪波さんとルティアさんに、もう少し二人だけの時間を楽しませよう。

とは言え――


『あああっ、詳しく言えないけど、とてもいいニュースがあるよ!!!』

私は思わず携帯を取り出し、「白黒同好会」のグループにメッセージを送信した。そしたら同好会のみんなからの返信が来た。

『詳しく言えないなら、いいニュースも何もないじゃん』

『それに、今は作戦中じゃなかった?チャットしてる場合?』

フフフッ、諸君分かってないなあ。今夜で見たことは全部私だけの秘密だ。残念だけど、みんながこの幸せを理解するにはまだまだ時間が掛かるようだね。

お二人がSランクに昇格し、思いも通じ合った。これほどめてたい日はあるだろうか。間違いなく、私の人生で最高な日だ――


私はわくわくどきどきしながら、近くの小さな公園の入り口に向かった。携帯の画面は19時30分と映している。

誰もいない。任務が始めるまで、ここで時間を潰そう。

この小さな公園の真ん中には盆地のような窪みがあり、十段くらいの階段で繋げている。

私が階段に向かって、歩き出した瞬間――


目の前の景色が高速に変わり、冷たいコンクリートが視野に入った。

頭が痛い。何かに殴られたようで……痛い!

私は地に伏せ、殴られた左側の後頭部を押さえた。

「ちっ、まだ意識があるのか」

男性の声と共に、右手に持っていた携帯が乱暴に奪われた。

三秒後、私はやっと状況を理解した――私は泥棒に襲われ、携帯を奪われてしまった。

く、くそ。油断した。携帯ばかり見ていたせいで、尾行されたことに気付けなかった。痛みを耐えながら頭を上げると、汚い髭のゴツい男がそこにいた。彼は地面に唾を吐き、私の携帯をポケットに入れた。

「恨むなよ、嬢ちゃん。あんたの携帯を売れば、今週の賭けの借金がなんとかなりそうだ」

強盗事件だ。Anance学園に入学して初めての犯罪事件、被害者が自分自身とは思わなかった。

怖い。怖い。SランクとAランクの生徒は常にこういう暴力と戦っているの?

体の震えが止まらないし、左側の後頭部もすごく痛い。もう携帯は諦めよう。そうすれば、これ以上痛い目に合わずに済むはずだ。

地面に伏せて何もできない私を見て、泥棒は口笛を吹きながら踵を返した。

その瞬間、勇気が心のどこかから湧き出り、私は叫んだ。

「ま、待ちなさい……動くな……!」

私がまだ動けることに気付くと、泥棒も振り返り、凶暴な目で私を睨んだ。

――私は誰よりも罪波さんとルティアさんを尊敬している。二人を目標にして、ずっと頑張ってきた。

――駄目だ。逃がしては駄目だ。

動いて。早く。犯罪者を逃がさないで。

罪波さんとルティアさんを思い出したおかげか、私は諦めることなく、上半身を起こした。そしてシャツのポケットから「Absolute(アブソリュート)」を取り出し、震えながら銃口を泥棒に向けた。

――私にまだ出来ることがある。だから、ここで怯える訳にはいかない……!

それを見て、泥棒が舌打ちした後、素早く踏み出して、容赦なく私の腕を蹴った。

私も、同時に引き金を引いた。

手にある「Absolute(アブソリュート)」が宙を飛んでいく。その放物線を見ながら、私は呆然とした。

しまった。当たらなかった。

次の瞬間、泥棒の蹴りが私の腹に直撃した。強い衝撃で飛び出し、私は転がりながら階段から落ちていく。

高い階段ではないけど、頭で着地したら、きっと死ぬだろう。

初めて犯罪者と戦うのに、こんな惨めな終わり方で――何もできなかった。


まだ死にたくないのに。

私、まだ罪波さんとルティアさんの結婚式を見届けてないのに。

お二人が綺麗なスーツとウェディングドレスを着て、礼拝堂に愛を誓い合う姿を見届けたいのに――

そして、私は永久の眠りに落ちた。

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