手違い受験から始まる英雄学園生活
ぺぱーみんと
第1話 入試会場、間違ってた件
試験会場がシーンと静まっていた。
目の前には、たった今自分がボッコボコにしたイケメンが倒れている。
「え、あれ??」
てっきり、畑泥退治を想定した対人戦かと思っていたんだけど、それにしてはなんというかお上品な戦闘スタイルだったというか。
いや、強かったんだ。
途中マジでやばかったし。
ただ、対戦相手の動きというか、戦い方が命を取り合う泥棒との攻防だとあんま意味の無いものだったのだ。
いやぁ、でもそれを抜きにしたらやばかった。
姉や姉の婚約者並に強いひとは、初めてである。
こんな人いるんだ、スゲーなぁ。
さすが、農業高校のなかでもスパルタで有名な学校の入試だ。
入学したらもっと強い人達と模擬戦したり、実習したりできるのだろうか。
そう考えるとワクワクがとまらない。
それはそうと、去年見学した試験の時と試験会場の雰囲気が違う。
去年、入試を見学した時は、物見遊山で来てた一部の保護者のヤジが飛んだりしたのだが。
そもそも、一緒に受験したはずの友人たちの姿が、やっぱり見当たらない。
友人たちの姿がないことは、ペーパーテストの時から気づいていた。
でも、別の場所で受けているのかなとおもっていたのだ。
「し、勝者!!受験番号1161番!!カキタ・レッドウェスト!!」
と、審判の声が上がる。
高らかに俺の名前が叫ばれた。
「あ、あのぅ、ずっと気になってたンすけど」
俺はそこで、審判に声をかけた。
ポケットから受験票を取り出して、審判に見せる。
本来なら持参した鞄に突っ込んでおくのだけれど、ついつい忘れてズボンのポケットに入れてしまっていた。
そのため、受験票はくしゃくしゃだった。
「俺、受験票の番号、1611番なんスけど」
審判が受験票をみて、戸惑う。
会場も、なんか《ザワ……ザワ……》とざわつき始めた。
なんなら、一般向けにこういった試験を配信している動画を映す巨大画面。
普段なら各学校のスポーツ試合の様子を映し、流している。
そこに今は、視聴者たちのコメントが流れていく。
けれど、農業高校の受験の様子を見ているはずの視聴者の反応もなんというか違っている。
《ん?》
《どしたどした??》
《ざわ……ざわ……》
《トラブル?》
《受験票がちがってたってぽい?》
《んー、さっきから思ってたんだけど、この子、どっかで見たことあるんだよねぇ》
《あ、わかる》
《この子見るとお腹空いてきて》
《ご飯系動画を配信してる子なのかな、と思ってた》
《受験番号が違ってたみたい?》
《でも強かったよねー》
《←わかる》
《すんごいドキドキした》
《歴代最強って言われてた会長さんボコボコにしてて、ヤラセだとばっかり》
《ヤラセというか、そういうパフォーマンスなのかとばかり》
《なんだなんだ??》
《え、ミス??》
《受験ミスなんてあるの?》
《めっちゃ珍しいけどあるよ》
《ミスがないってことはないかな》
《たしか猟師の学校と、漁師の学校で取り違いがあったみたいなことは聞いたことある》
《じゃあ、この子もそれ?》
《かなぁ?》
《だとしてもだよ、どこの高校受けてた子?》
《メチャ強だから、こんな子いればすぐ話題になりそうだけど》
《うーん??でも、格闘とか戦闘とかの動画でみたわけじゃなくて、もっとこう、美味しいやつだった気がする》
《じゃあ、料理系動画配信者とか?》
審判は俺からくしゃくしゃの受験票を受け取ると、じっくり調べる。
俺の顔と受験票を交互に見る。
やがて、調べ終えた審判が俺の顔をまじまじと見てくる。
「……これ、農業高校の受験票だよ?」
会場のざわつきがさらに大きくなる。
そして、多くなる。
まるで声の洪水だ。
それは画面を流れるコメントも同じである。
《えwww》
《農高??》
《農業高校??》
《Www》
《ジャンル違いにも程があるwww》
《どこでどう間違ったのwww》
《農業高校の生徒って強いの?》
《素手でドラゴン倒した女の子がいるって聞いたことある》
《違う違う、素手でドラゴン倒したのは、調理製菓系の学校の子だよ》
《←それ、黒猫亭の店長さんやんwww》
《ドラゴン素手で倒したのは、黒猫亭の店長さんの逸話じゃんwww》
《そうそう、農業高校の生徒は蹴りで倒すんだよ》
《俺は頭突きってきいた》
《どちらにしろ物理で草》
会場と動画コメントがザワつく中、俺は審判へ言葉を返す。
「そうですよ?」
何を言っているんだろう?
俺は農業高校へ入学するため、その入試を受けに来ているのだ。
「え?」
審判は首を傾げた。
まるで私有地内にて、入って来れないはずの子猫を目撃したような、そんな物珍しいものを見るような目である。
「え?」
俺はその反応が意外で、おそらく不思議そうな目をして審判を見返していたとおもう。
結果、俺と審判は顔を見合わせることとなった。
嫌な予感がしてきた。
とりあえず、確認しなければ。
「農業高校の受験会場ですよね?
で、畑泥退治の実践テストだったんじゃ??」
少なくとも、俺はそういった認識だったのだが、審判の顔はなんとも言いようのないひきつり方をしていた。
やがて、
「チガウヨ??」
そうカタコトで返された。
「え?」
マジか。
「ここ、英雄学園の受験会場。
いまの戦闘テストは、最終テストで」
うんぬんかんぬん。
うんぬんかんぬん。
まぁ、端的に言うと人的ミスで俺は受ける学校を間違えていたのだった。
背中に冷たい汗がながれる。
「え、えーと」
俺は気まずくなる。
試験会場を見回す。
ここは円形闘技場。
昔ながらのコロシアムといえば想像しやすいだろうか。
かつては神話時代の最初期に実在した、剣闘士と呼ばれた者たち。
その者たちが、見世物として戦いを繰り広げたとされる建物を模している。
学園国家と名高い永世中立国であるヴェンデル国内では、同じ施設があと四つか五つほどあったはずだ。
通り名のごとく、ヴェンデル国はとにかく学校が多い。
大陸全土から生徒が集まっている。
なんなら、下は小学校から上は大学院まである。
さらに一部の職業訓練に特化した学校もそろっている。
専門学校というやつだ。
俺が本来受験するはずだった農業高校も、そんな学校のひとつである。
そして、エリート高として名を知られる英雄学園も同じである。
「お、お邪魔しましたーー!!」
ここまで来といてなんだが、本当に申し訳なくなって俺は会場から逃げようとする。
しかし、試験官やら受験担当の人達がそれを許さなかった。
「か、囲め囲め!!」
「こんな逸材を逃してなるか!!」
「生徒会長!!お前の尊い犠牲は忘れない!!よくやった!!」
殺してはいないのだから、誤解を招くようなことを叫ぶのはやめてほしい。
って、あ、生徒会長さんサムズアップしてる。
なんだかんだ余裕だな。
さすが、未来の英雄を育てるエリート高校のトップ。
容赦なく腹パンしてごめんなさい。
ちょっと本気だして、顔面ボコボコからの歯を折るコンボきめて、ほんとごめんなさい。
ついでに魔法を使えないように、両手両足も折っちゃってほんとごめんなさい。
回復魔法で回復できるからって、やりすぎた自覚はあった。
でも、実戦を想定してのことだったし、それに去年見学した農業高校の入試の時は、死屍累々の様相を呈していたから、これくらい大丈夫だろう、と考えていたのも事実だ。
「えとえと、【
俺は申し訳なくて、とりあえず逃げつつも自分がボコボコにしてしまった会長さんを全回復させる。
本来は、蘇生魔法である【
しかし、ふつうに怪我をした時も使い勝手がいいので、俺は常用している。
またも会場内が、異様な歓声にわいた。
鼓膜がやぶれそうな歓声のなか、聞こえてきたのは、
「あいつ、【
「あんな子供がなんで?!」
「マジやべぇ!!」
という言葉だった。
え、もしかして資格とかないと、この魔法使っちゃダメだったの?!
ごめんなさいごめんなさい!!
知らなかったんです!!
姉ちゃんが、農作業中に腕がちぎれたりしても、これ覚えてたら、お医者さん行かなくて済むよって言ってたから!
だから覚えただけなんです!!
その間にも、やはり大画面上では書き込まれたコメントがながれていく。
《盛 り 上 が っ て 来 た ぜ!》
《盛り上がって参りましたwww》
《草》
《乱闘で草》
《wwwwwwwwwwwwwww》
《頑張れ頑張れ♡》
《あの受験生SUGEEEEEEE》
《教師陣の捕縛魔法から逃れとるwww》
《なんで蘇生魔法で、会長の怪我治しとるんwww》
《受験生も教師陣もどっちも頑張れー!》
盛り上がりくる動画コメント。
雨あられの捕縛魔法類。
俺は取り囲まれそうになりつつも、なんとか逃げおおせることに成功した。
けれど、受験には失敗した。
農業高校の受験をぶっちしたからだ。
とりあえず、進学を一年見送ることになるのは確実となったのである。
実家は兼業農家なので、一年間は家業に従事。
あいまに、同じ農家である近所の家や親戚の家へ手伝いという名のアルバイトに行って小遣いを稼ぐ生活が決定した瞬間でもあった。
と、思っていたのだが。
事態は予想外の方へころがりだした。
農業高校の受験を終えた同級生たちと合流し、自分の身に起きたことを説明すると爆笑された。
「なんか、英雄学園の受験会場が盛り上がってるなと思ったら、アレお前が原因か」
「でも、おもしろいね。
英雄学園は在校生と戦うんだ」
「それなー。農業高校は実戦授業担当の教師と、戦闘のプロが試験官だもんな」
笑いながらも、俺の話を聞いて同級生たちはそんなことを口々に言った。
ここでわかったのだが、農業高校の試験はすぐとなりの別のコロシアムで行われていたらしい。
同級生の一人が、
「でも、じゃあカキタは来年どこの学校行くの?」
なんて聞いてきた。
俺は来年にはこいつらの後輩になるだろうことを正直に言うと、もっと爆笑された。
滑り止めなんて考えていなかったのだ。
「俺たち、先輩になるのかー」
「まぁ、店には遊び行くからよ」
「来年待ってるぜ」
と、口々に言われ励まされた。
いやいや、お前らが落ちて浪人するという可能性もあるだろ、とつい憎まれ口を叩いた。
「んだと、コノヤロー」
そんな感じでじゃれ付きながら帰路についた。
帰宅すると、俺は夕食の準備をしている姉の元へいった。
俺は姉と二人暮しだ。
両親は他界したのでいない。
「あ、おかえりー。テストどうだった?」
「いや、それが」
今日のことを言うと姉はケラケラと笑った。
「あんたらしいっちゃ、らしいわねぇ。
まぁ、進学が一年伸びようが大丈夫、学費は出してあげるから」
と、大黒柱たる姉、シェル姉ちゃんは言ってくれた。
幸いというべきか、姉は働き者で、さらに貯えもしっかりあるらしい。
頼もしい限りだ。
夕食が完成し、テーブルに並べて食べ始める。
食べながら、
「でも、ほかの学校は?
来年まで待たなくても、ほら製菓とか調理とか、なんなら猟師や漁師の学校もあるんだから。
そっちのほう受ければ??
申し込みはギリギリだけど、間に合うはず」
「今からだと勉強が間に合わないからいいよ。
猟師の方は、独学だけだし受かる気しない」
こんな会話を交わした。
ちなみに姉はこう見えて、調理と製菓の学校に通っていた。
本当はどこぞの店で料理人兼菓子職人になる予定だったのだ。
けれど両親が他界したために、人生プランが変わってしまった。
現在は実家を改装して軽食喫茶店と農家の兼業をしている。
つまり、店舗経営者であると同時に農地経営者でもあるのだった。
それを手伝うのは姉の恋人であるタウラトさんだ。
俺はラト兄と呼んでいる。
同じ村に住んでいる青年で、とっても強く頼りがいのある農家兼猟師だ。
猟師の学校を進路に選ぶとなると、この人に色々教わる必要がある。
しかし、彼も忙しい人だから煩わせたくない。
今日はいないが夕食を共にすることもおおい。
もう少ししたら三人暮らしになる予定である。
だから、ラト兄も忙しくしているのだ。
「そう?
でも、1年猶予ができたならそっち方面も視野にいれてみたら?
お菓子作りや料理なら私が教えられるし。
なんならラトに……」
姉の言葉が止まる。
玄関の方を向く。
俺も同じように、玄関の方へ顔を向けた。
微かにドアを叩くおと。
続いて、
「すいませーん、ごめんくださーい」
という声。
来客だ。
けれど、声に聞き覚えがない。
村の人なら大体声でわかる。
ということは、町の人だろうか。
こんな時間に?
もしや道にでも迷ったか。
たまにあるのだ。
道を聞こうとウチに尋ねてくる人がいるのである。
今回もそれかな、と思った。
姉も同じだったようで、すぐにパタパタと玄関へむかう。
「はいはーい、今あけまーす」
この辺は、治安が良いので強盗という発想は一切なかった。
まぁ、仮に強盗だったとしても姉にかなうはずがない。
姉は強いのだ。
大の男が二十人くらい取り囲んでも余裕で勝てるくらいには強いのだ。
姉と客がなにやら話している。
どうやら強盗ではなかったらしい。
姉の声が驚いて、戸惑うのが伝わってきた。
内容まではわからない。
けれど、こういうことも一度や2度では無い。
姉がこういった反応をするということは、来客のなかに急病人がいるとかそういった時だ。
となると、俺が村の診療所へ走ることになるか。
俺も玄関にいった方がいいかな、と腰をあげた時。
姉が客たちを連れてきた。
客は二人だ。
中年の男性と、高齢にさしかかりつつある女性だ。
どちらも見覚えがある。
今日、自分が紛れ込んでしまった英雄学園の受験会場にいた人物たちだ。
しかも、一人は生徒会長にサムズアップを返されてた人である。
姉が戸惑った顔を、俺に向けてきた。
「カキタ、英雄学園の先生たちが用があるっていらっしゃったんだけど……」
と、さすがの姉も戸惑ったまま説明してくる。
それから、来客二人に椅子をすすめる。
前は両親が座っていた椅子だ。
「食事中に失礼します」
「本当なら先にここに来る旨を伝えるべきだったんだけど、ごめんなさいねぇ」
男性と女性が、申し訳なさそうに言ってくる。
「あ、いいえ」
俺は残ってたご飯をかきこむ。
その間に姉が二人へお茶を出した。
店で出している茶葉で、一番いいものだ。
ついでとばかりに、
「良ければ召し上がってください」
姉は茶菓子もだす。
店で一、二位をあらそう人気メニューのひとつであるチョコチップクッキーだった。
「あら、ありがとう」
女性が嬉しそうにクッキーへ手を伸ばす。
「うれしいわぁ、【黒猫亭】のクッキーが食べられるなんて」
【黒猫亭】というのは、姉が切り盛りする店の名前である。
ときおり雑誌等で紹介されるので、首都やお隣の国【アルストロメリア国】でも有名な店のひとつである。
ただチェーン展開していないので、ウチまで来ないと買えないし食べられない。
そんな姉の店は、ときおり雑誌で紹介されることもあるからか、国内外からの客でほぼ毎日行列が出来ている。
「ありがとうございます」
姉も嬉しそうだ。
男性の方も、せっかく出されたからかひとつ摘んで、ポリポリと食べている。
さて、なんやかんやと落ち着いたので来客の話を聞くことになった。
それを短く、わかりやすく男性が口にした。
「さて、本題に入ろう。
カキタ君には英雄学園への入学が認められた」
「…………」
俺は姉を見た。
姉も俺を見ている。
玄関先で話していたのは、このことだったらしい。
「え、えっと、なぜ??」
なんというか、受験会場を引っ掻き回してしまったから怒られるとばかりおもっていた。
「それだけの実力があると認められたからだ」
「歴代最強と言われてた生徒会長をあんなに鮮やかにぶっ飛ばせる生徒はなかなかいないからねぇ」
男性は淡々と、女性はおっとりのんびりニコニコと言ってくる。
「えっと、あの、そもそもよくウチがわかったっすね」
さすがのことにしどろもどろになって、俺の口からようやく出てきた言葉がそれである。
二人は俺の質問にも、丁寧に答えてくれた。
どうやら受験票から農業高校へ問い合せたらしい。
そこから、ウチにたどり着いたということだった。
「さて、それで入学についてだが」
なんだか強制的に入学させられることになっている。
「あ、あの、拒否権は?」
「あるにはあるが、入学を拒否するのか?」
ちらり、と男性が姉をみた。
俺も姉を見る。
姉は優しく微笑むだけだった。
好きにしなさい、と視線が言っている。
男性には、
「弟の判断に任せます」
と言った。
しかし、なお戸惑う俺を見て姉は続けた。
「学費なら大丈夫、お姉ちゃんが出すから」
お金の心配が無いのはいいことだ。
でも、頭がついていかない。
「せめて考える時間がほしいな、と」
インターバルくらいほしい、というのが本音である。
「えー、迷うの??こんないい話なのに」
姉は自分でいれた紅茶に口をつけて、喉を潤すとそうのたまった。
いい話だとは思う。
英雄学園に入学し、もしも無事卒業出来るなら将来は約束されたも同然だ。
卒業後の進路によっては、農業という赤字まみれの業種よりは、稼ぎがいいことは知っている。
でも、
「だって、大変でしょ?畑とか、店とか」
授業カリキュラムがどうなっているか知らないが、噂に聞いたところによると英雄学園は全寮制なのだ。
外出するにも、家に帰るにも相応の手続きが必要になるはずである。
そうなってくると、姉の負担が増すだけだ。
「ラト君が頑張ってくれるから大丈夫よ」
……義兄予定の青年の顔が浮かんだ。
こき使う気満々である。
いや、もしかしたらタイミング的にも丁度いいから一緒に住み始めるのかもしれない。
両家の挨拶は、とっくにおわってるわけだし。
ラト兄は、こちらに婿入りしてくるのだ。
「新しくバイトの子も増やす予定だったしね」
そう言って、ニコニコと楽しそうに続けた。
バイトは増やすが、店を増やす予定はまだ無いらしい。
「それに人生には意外性がないとね。
こんなイベントそうそうないわよ。
農業なんて、やろうと思えばわざわざ農業高校行かなくてもできるしね」
それはその通りだった。
農家を取り仕切る農業ギルドが、勉強会を定期的に開催している。
だから、わざわざ農業高校に行かなくても、極端なことを言えば、農業はできるのだ。
「いや、まぁ、そうだけど」
「なにより、楽しそうじゃない。
予定とちがうことって」
それは姉ちゃんだけだと思う。
両親が死んで、それなりに悲しんだ後、姉はこの逆境をまるでゲームでもしているかのように乗り越えたのだ。
料理人、菓子職人になるという夢を諦めることなく、しかも両方実現したのである。
予定と違うことを楽しめるたのはおそらく姉だからだろう。
「何事も経験よ」
姉の言葉には重みと説得力があった。
姉が苦労しなかったはずはないのだ。
そして、なにも経験していないはずもないのだ。
結局、姉のその一言が後押しになった。
俺は英雄学園から来た、男性と女性を見た。
「せっかくなんで、入学します」
二人はホッとしたように見えた。
そこからは、持参したパンフレットを渡されたり、入学手続きの書類の説明を受けたりした。
家庭事情が事情なので、姉の収入に関係なく俺は奨学金を受け取れる可能性もあることを説明された。
これには姉も本当に驚いていた。
実質借金な奨学金制度が多い中、提示されたそれは、返済義務のないものだったからだ。
ついでだから、申し込んでみようと姉はノリノリだった。
「わざわざ御足労いただき、ありがとうございました。
なんのおかまいもできませんで」
説明を終えて帰る二人へ、姉が深々とお辞儀をした。
「いえいえ、こちらこそ急にお邪魔して申し訳ありませんでした」
女性も頭を下げ、男性がそれに続く。
俺も釣られる形で、頭を下げた。
そして、翌日のことだ。
学校で散々、受験のことをからかわれたのだが、だいぶ世間的には話題になっていることを知った。
英雄学園に入学が決まったことは、質問攻めに合うのが目に見えていたので黙っていた。
そんな俺へ、同級生達が言ってきた。
「もしかしたら、ほかの学校からスカウト来るかもよ」
「あー、ありうるかも」
「一時的にだけど、SNSのトレンド入りしてたしねぇ」
大袈裟過ぎるだろ。
「ないない」
俺は手をパタパタさせる。
ないない。
本当に一時的な話題となっただけだ。
そう、考えていたのだが。
その考えが甘かったことを、俺は知ることになる。
帰宅すると、玄関にせっちしてあるポストに色んな学校のパンフレットやら資料やらが突っ込まれていたのだ。
そのなかには、【勇者学園】、【聖騎士学校】、【聖魔学院】、【魔王国付属校】、【大学院付属魔法魔術学校】と、名前だけなら知っているものもあった。
いわゆる名門エリート校の数々だ。
ほかには、【剣術士学校】、【魔道士高校】、【総合学校】などなど。
なんだなんだイタズラか?
そう思ったが、違った。
昨日の配信を見た各学校の関係者が、資料を送り付けてきたらしい。
住所がモロバレしてるの、怖いなぁ。
まぁ、仕方ないか。
変な人が家に突撃してこなければいい。
姉による犠牲者は少ないに越したことはない。
けれどこの心配は杞憂に終わった。
変な人がやって来ることは結局なく、俺は入学式を迎えることとなったのである。
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