10 案件終了

*  *  *  *  *








 モルニック砦の引き渡しが終わってからしばらくが経った。




「…………暇っすねー……」




 事務所の自分のデスクでぼやく。

 我ながらいい仕事をしたと思うし、マスティフ隊長たちも満足していたとは思う。

 ……とは言っても、そこからガンガン仕事が舞い込んでくるでもなく、俺は暇を持て余しているというわけだ。




「今は営業中ですので」


「……っすねー……」




 同じく事務所のデスクに座るノンさんはクールだ。

 まぁ彼女は俺とは違って色々とやることがあるので、言いながらも手を止めずに何やらしている。

 そういう姿を見ると申し訳ない気持ちになってくるが――




 ――『タケルさんには他にやることがありますので』




 という感じで、俺に仕事を手伝わせてはくれない。まぁノンさんの仕事の手伝いなんて、すぐにできるものではないのはわかっているけど……。

 実際の建築が始まるまで、実は俺はかなり暇だ。

 いい意味で言えば、『自由にさせてくれている』とも言える。

 『宿題』……というわけでもないが、この世界の書物とかを渡されて気が向いたら読むようには言われている。

 後は、俺のスキルを伸ばすための訓練もある。こっちも気が向いたらでいいと言われている――普通に考えれば、スキルを鍛えることは最優先事項だと思うだろうが、これにはがある。

 ……というわけで、やっぱり建築開始までに『やらなければならない仕事』は俺にはないわけだ。




「そういや、マスティフ隊長たち……大丈夫っすかねー」




 ノンさんの仕事の邪魔するな、と思われるかもしれないが、適当に話しかけてくれとはノンさん自身に言われたことだったりする。

 曰く、複数の仕事をこなすことは得意だし、俺との会話で互いに刺激し合うことが重要だ、とのことだ。

 ……正直よくわからんけど、まぁ黙ったままお互い座っているよりは会話している方がいいに決まっている。

 ぶっちゃけ、この会社で一番一緒にいるのがノンさんなのに、一番よくわからない人がノンさんでもある。

 会話することで少しでも互いにわかりあいたいなー……なんてことを考えているわけだ。

 …………別に下心とかなしに。マジで。




「特に追加の要望は受けておりませんね」




 返事はくれるんだけど……。




「いや、そういうことじゃなく――」


「モルニックでの戦闘については、わたくしも存じておりません。

 ですが、あの砦の役割はおそらくは補給の要――後続の隊もすぐに合流するでしょうし、無事かどうかで言えば今のところは無事なのではないかと推測します」


「…………そっすかー……」




 一応俺の質問の意図はわかってくれていたみたいだ。

 まぁノンさんの言う通り、あくまで今のところは、なんだろうけどな……。

 俺たちが神聖アルマギウス連盟の人間だということを置いておいて、やっぱり仕事で関わったからにはちょっとマスティフ隊長たちにも思うところがある。

 ましてや、『魔王軍』の戦いは彼らからしてみれば『故郷を取り戻す戦い』だということを俺は知っている。

 ……だからと言って血が流れて欲しいわけでもないし、神聖アルマギウス連盟が壊れてしまえばいいとも思わない。

 難しい話だ。元・普通の高校生の俺に答えなんて出せるとは思えない。




「――失礼。『営業部長』からの呼び出しが入りましたので、しばらく席を外します」


「っすー」




 弾んだ会話というほどでもないが、ちょこちょことノンさんと話していると、どうやら呼び出しがかかったようだ。

 魔電話はかかってきていないので、多分『営業部長』が遠隔通話の魔法でノンさんに直接語り掛けて来たのだろう。

 俺に一言断ると、ノンさんは空間魔法でその場からワープして消えてしまう。

 ……便利な魔法だよなー。

 この世界、魔晶石を利用した道具とかは結構発展していて、元の世界の様々な道具と同等のことは色々とやれるんだけど、ノンさんの空間魔法だけは完全なオーバーテクノロジーだ。

 それを言うと俺のスキルも大分アレだとは思う。結果だけ見れば『道具や機械で同じことは可能』ではあるが、過程を全てすっ飛ばしているからなぁ……。






 さて、ノンさんもいなくなってしまい、俺は一人事務所で寂しく時間を過ごすしかないわけだ。

 ……何かあんまり気分じゃないが、本でも読んでるしかないかなー。

 ちなみに、俺とノンさん以外のメタストラクト工務店社員は今は事務所にいない。

 親っさんとジークは今日は他のところでの『仕事』があるので不在だ――このあたりの事情については、機会があれば語ることもあるだろう。

 もう一人、モルニック砦の建設には関わらなかった社員がいるんだが、は基本的に仕事が入った時以外はどこにいるかわからない――社員としてそれはどうなんだって思わなくもないが、社長とかが認めているんだから俺が文句つけられる立場ではない。

 で、『営業部長』は今ノンさんが迎えに行った。

 最後に『社長』だが――まぁ……あの人は、なので……。




「げっ……マジかよ……」




 やる気もなく、ダラダラとまた考え事をしていたら――魔電話が鳴ってしまった。

 この魔電話に留守番電話機能はない……単純な『電話』としての機能なら、前の世界の電話の方が圧倒的に高性能だ。

 ……どーしよ……間違い電話ならいいんだが、そういうのって魔電話だとあんまりないって聞くし、仕事関係の電話なんだろうなぁ……。

 流石に俺に仕事の判断なんてできないし、ノンさんもすぐに帰ってくるかわからない。

 出ないから後でかけ直そうと思ってくれる人ならいいが、『なら仕事頼むのやめるわ』になる可能性だってある。




「……も、もしもし……メタストラクト工務店です……」




 悩んだ結果、俺は勇気を出して魔電話を取ることにした。

 ノンさんたちにも『電話に出ろ』とも『電話に出るな』とも言われていないし……俺も少しは別の仕事ができるようになればノンさんの負担を減らせるかもしれないし……。

 なんてことを思いつつ、やっぱやめときゃ良かったと心の隅で思いつつ……。

 もう出ちまったし、後戻りはできない。




『ああ~ええ~……お世話になっておりますう~』




 ……? この妙に間延びした声は――

 特徴的な話し方を聞いて誰だか思い出す前に、相手は自ら名乗る。




『あたくし、モロカともおしますう』


「あ、あ……いつも、お世話になってます……」




 モルニック砦で出会った謎の女――モロカだ。

 ……そういえば、あの砦の代金はまだ払われてないんだっけ。

 ヤバい、その件についてか……となると、マジでノンさんが相手しないとダメなヤツだ。




『前回のお件についてなんですがあ』


「あ、えっと……ノンさ――た、担当の者が今席を外してまして……」


『あらあ……そうでしたかあ』




 えっと、こういう場合は――




「その、戻ってきたら折り返しますので……」


『ええ~よろしくお願いしますう』




 き、切り抜けられたか……?

 ヤバいな、今度ちゃんと魔電話での応対方法とか聞いておかないと……。

 ちょっとだけ安心したが、モロカは魔電話を切らなかった。




『……お兄さんはあ、あの時もいた人ですよねえ』


「あ、はい……」




 ……ジークの方と勘違いしてないとは思う。

 あの長身戦士風のジークが、こんなオタオタした対応してたらイヤだなぁ……。




『……くふふっ、あたくしも初めて会いましたよお――「彷徨人サマヨイビト」にはあ』


「……!」


『くふっ、実はあウチの「冥主」様とそちらのお「営業部長」? さんは知り合いでしてえ、「彷徨人」がいらっしゃるというお話は伺っておりましてえ』


「そういうことですか……」




 なるほど――ちょっとわからなかったところが理解できた。

 多分だが、マスティフ隊長にうちを紹介したのがモロカの主である『冥主』とやらなのだ。

 その『冥主』は『営業部長』と既知の仲……本人はいなかったけど、あの仕事も『営業部長』の成果ってことなんだろう。

 ……俺の素性についてバラすのはどうかと思うが……。




『折角の機会なのでえ、お名前を伺ってもよろしいですかあ?』


「……タケル、です」


『タケルさん――くふふ、しっかりと覚えておきますよお』




 な、何か怖いんだが……恨まれたり狙われたりする理由はないはずなんだが。




「ただいま戻りました――タケルさん、代わりましょう」


「あ、はい。

 すみません、モロカさん。担当が今戻って来たので魔電話代わりますね」


『くふふふ……ええ、お願いしますう。また、いずれお会いいたしましょお~』




 ……いいタイミングでノンさんが戻ってきてくれたおかげで助かった……。

 …………後で電話応対が悪いって叱られるかもしれないが、それは甘んじて受け入れるしかないよなぁ……後は応対の基礎とか聞いておきたい気持ちもある。

 電話を代わりほっと一息ついたところで――いきなり後ろから頭を叩かれた。




「ってぇな、ジジィ!?」




 まぁ言うほど痛くはないんだが。

 俺の頭を叩いた張本人はと言うと、不機嫌そうな顔を隠すこともない。




「電話中に騒ぐでない。

 それより小僧、とっとと茶を淹れんか。

 あー疲れたわー」


「……はいはい、わかったよ……」




 白髪頭の厳つい顔を不機嫌そうに歪めたジジィ――『営業部長』はそう言うと、自分の机にさっさと座って肩をぐるぐると回していた。

 ……電話応対はいずれできるようになりたいが、建設以外での俺のメインの仕事は……とりあえず茶坊主しかないんだよなぁ……。




 ちょっと文句を言いたい気持ちはあるものの、実際にそれくらいしか役に立てることがない俺は、大人しくジジィとノンさん、ついでに俺の分の茶を淹れるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る