第2話◆性悪令嬢とあんぽんたんな男達

 それなりとイラッとはしたものの部屋に取り残されてしまったものは仕方ないので、どうせならこの広くてフカフカのベットを独り占めしながら、今に至るまでの顛末を思い返し大きなため息をついた。




 おクソ夫ことシャングリエ公爵家長男アグリオスが、結婚相手であるドッグウッド侯爵家長女のわたくしにこのような態度を取る理由。それはわたくしが彼に嫁ぐことになった顛末、その全ての原因はフリージア――わたくしと半年も生まれが違わない異母妹と彼女にベタ惚れをした恋愛脳のポンコツ男どもにある。


 わたくしが王立学園在学中に起こった大醜聞。

 この国の王太子、王太子の異母弟の第二王子、公爵令息、騎士団長の息子、魔導士の卵、神官見習い、他国からの留学生などなど、身分が高く将来有望な貴族男子達が王立学園在学中に一人の性悪令嬢にまんまと釣られて惚れ込み、彼女を取り合った結果である。


 そのポンコツ男の一人、公爵令息というのがアグリオス――今し方、部屋から出て行ったクソ夫であり、性悪令嬢争奪戦の負け犬である。


 性悪令嬢争奪戦の負け犬のアグリオスは勝者の王太子の命令により、フリージアの姉であるわたくしと結婚をすることになり、今日がその結婚式、今がその初夜であった。


 ていうか、その王太子は元々わたくしの婚約者だったんですけれどね。

 わたくしの父が愛人との間に作った子供であるフリージアに一目惚れをしまして、手続きを踏んで婚約者を妹に変更するだけなら多少は穏便に済んでいたものを、わざわざ学園の卒業パーティーの場で婚約者を変更したことを発表しましたの。


 それは何か政治的な意味があってのことではなく、ただ単に自慢したいだけとか、同じく妹に惚れていた男どもに対する牽制とか、元婚約者のわたくしを貶めるためとか、ただそれだけのくだらない理由だった。


 マジで性格と頭の中がおクソってますわ。

 おかげでめでたいはずの卒業パーティー会場が、一瞬で微妙な空気になりましたわ。

 てか、わざわざ全校生徒の集まる卒業パーティーで、自分の色恋の恥をさらけ出すようなことをする男が王太子で大丈夫か、この国!?

 ま、王位継承の対抗馬である第二王子もフリージアにホイホイされたポンコツ男、しかも負け犬の一人なのですけれどね。


 で、あのあんぽんたん王太子、婚約者をフリージアに変更した後厄介払いとばかりに、恋敵と元婚約者を王家の権力を使って婚姻を命じた。


 それがわたくしとアグリオスだ。


 アグリオスもあのあんぽんたん王太子の被害者であり、この婚姻に納得がいかない気持ちはわたくしも同じですので、わたくし達の間に色恋のようなものはなくとも時間をかければ歩み寄れるかと思っていたのですが、可愛いしか取り柄のないフリージアが自分アゲのために学生時代触れ回ったわたくしサゲの話――ほぼほぼ大嘘のただの悪口をアホみたいに鵜呑みにしてのこの態度。

 成人の貴族男性らしからぬこの態度には、あまり心の広くないわたくしは心の中で普通にブチブチブチキレましたわ。


 ていうか、妹やそれに釣られているあんぽんたんどもにブチキレていたのは学生時代からでしたわ。

 あまりにブチブチしすぎて、アグリオスとの結婚が決まり実家を出る前に思わず、妹が部屋に隠している避妊剤を砂糖にすり替えてしまいましたわ。


 カッとなってやった。

 今は一ミリくらいは反省をしている。


 婚約者の王太子とおヤりなる分には、ちょおおおおっとできちゃった婚になって醜聞が増えるくらいだから問題ないでしょ。



 それだけのハイスペ男を片っ端から釣り上げることができたフリージアは、確かに女の目から見ても非常に美少女なのですけれどね。見た目だけは。


 ふんわりと温かみのあるゆる巻きセミロングのストロベリーブロンドにアメジスト色の瞳でもくりっと丸い大きな目で人懐っこく活発な印象のフリージアは、同じアメジスト色の瞳だがキツい性格に見られがちなつり目に、癖のある長い銀髪が重く冷たい印象になりがちなわたくしとは真逆。


 性格も典型的な貴族令嬢で貴族のマナーに従って行動するわたくしと違い、平民育ちの彼女は貴族のマナーに従わない行動が多く、男に媚びる……いえ、人懐っこい性格と顔面偏差値の高さに加え絶妙なボディータッチで、マナーでガチガチの貴族令嬢に飽きていた一部貴族子息にはおもしれー女としてモテまくる学園生活を送っていた。


 その一部貴族子息というのがあのあんぽんたん上位層連中だったせいで、貴族マナーを遵守する生徒達は彼らに関わらないようにするしかできなかった。

 最初のうちはわたくしも目に余ることがあれば注意はしておりましたが、目に余ることしかないので途中からめんどくさくなって全てを諦め関わることをやめたら、この結果である。


 フリージアは父が政略結婚だったわたくしの母と結婚する前から囲っていた愛人との子で、母が亡くなって半年かそこらで父がそのその愛人と再婚し、わたくしの実家ドッグウッド侯爵家にやってきた。


 元々はこの平民の愛人と結婚したかったが両親――つまりわたくしお爺さまとお婆さまに反対されて母と結婚したとかで、再婚当時すでにお爺さまとお婆さまは亡くなられており父がドッグウッド侯爵となっていたため、表立って反対する者はおらず父は平民の愛人を後妻に迎え、愛人との間にできた娘を正式にドッグウッド侯爵家の娘として認めた。


 それがわたくしが十二の時。ちょうど王立学園の中等部に入学した直後だった。


 母の死の悲しみがまだ完全に癒えていない時期に父の再婚、それが両親の結婚前から続く愛人、その娘がわたくしとほぼ同い年、そしてわたくしには貴族令嬢らしくあるようにと厳しい父がアホみたいにフリージアを甘やかすこと、その全てショックではあったが、それらを気にしていられないほどに当時は王太子の婚約者としての勉強が忙しかった。


 おかげで複雑怪奇になってしまった家庭環境にあまり心を乱されることがなかったのはよかった。

 そんなことを気にする暇がないくらいに、王太子の婚約者としての教育は厳つく忙しかったのだ。


 でもその婚約者は妹に変更になっちゃったんだけどね。

 あのあんぽんたん王太子との関係に義務はあっても愛はなかったし、フリージアにベタ惚れして以降の彼はあんぽんたんが加速しすぎて、王太子の婚約者としての義務を果たすのも阿呆らしくなってきた矢先だったので、ぶっちゃけ王太子の婚約者から解放されたのは嬉しかった。


 幼少の頃に王太子の婚約者になって以来ずっと続けいたいた王太子妃になるための教育に費やした時間を振り返るとちょっぴり悔しさもあったが、冷静に考えてこのあんぽんたん王太子の妃になれば、一生にこいつに振り回されることになるだろういう答えに至り、婚約者を妹に譲ることに何も抵抗はしなかった


 それにあの厳しい教育で身に付けた知識や技能は将来何かの役に立つかもしれない。

 知識や技能は場所を取らぬもの、身に付けられるものなら身に付けておいて損はないと、お母様が生前によく言っていたのを思い出し、納得どころか感謝することすらできた。




 十二の歳にドッグウッド侯爵家にやってきたフリージアは、自宅で家庭教師を付け貴族令嬢としてのギリギリの知識とマナーを身に付けた後、十五の時に王立学園に編入してきて上位貴族子息を片っ端からひっかけて逆ハーレムを作り上げて、あの騒動、この顛末である。


 ある意味才能なのだろうが、はた迷惑すぎる才能である。


 しかしそれももう関係ない。


 わたくしはフリージアのいる王都より遠く離れたシャングリエ公爵領に嫁いできたのだから。

 これも王太子が権力にものをいわせ、アグリオスが領地の運営に携わるように仕向けたのだ。

 王都でフリージアの視界に入らないように。アグリオスの視界にフリージアが入らないように。


 わたくし的には領地に引き籠もっていれば、アグリオス以外のぽんたん男どもと顔を合わすこともないし、めんどくさい噂の飛び交う社交界に出る必要もないので願ってもない好待遇なのですけれどね。 


 公爵領の教会でひっそりと挙げられた客がほとんどいないしょっぼい結婚式も、妹やあんぽんたん勢と顔を合わせなくて済んだのでわたくしとしては最高だった。



 結婚式は最高だったのだが、夫のアグリオスがあんぽんたん男達の一員だったことをすっかり忘れていた。



 そうだった……こいつもフリージアのおもしれー女プレイに釣られて夢中になっていたあんぽんたん一味の一人だった。



 だからこそ、この初夜。

 夫婦となったのならば話し合いの時間を持てば、妹の吹き込んだ嘘とそこから始まった誤解を解くのは可能なことだった。

 しかし相手がそれを拒否した。


 食い下がらなかった自分にも一ミリくらいの非はあるかもしれないが、元々好意もなければ信用もない上に興味もない相手にどうしてそこまでしなければいけないのか。


 あんぽんたんだからお気付きになっていないのしら?

 自分が気に入らない、そして見下している相手なら蔑ろにしても、相手は自分に嫌悪感を抱くことはないと。


 この夜わたくしは、夫婦という関係にとって致命的な感情――嫌悪感というものをアグリオスに対して覚えた。




 そして翌朝、わたくしはシャングリエ公爵本邸から離れた別邸に追いやられた。



 アグリオスの許可なく本邸には近寄るなと言われて。

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