第1章-5話 原因
麻子は電話を終え、待合い室へと戻ってきた。そこには、靴を脱ぎ椅子の上に両足を乗せ、膝を抱えながらその膝に顔をうずめている美子がいた。
「美子。お父さんと連絡が取れて、今から病院に来てくれるって」
麻子はなるべく静かな声で美子に伝えた。その声に美子はゆっくりと顔を上げた。麻子に駆け寄るでもなく、膝を抱えたまま顔だけ麻子の方に向けた。
「お父さんが来たら、一緒に家に帰って、お母さんはもう一度ここに戻るけど、美子はお父さんと一緒に家に帰って寝ていなさい」
麻子は美子の横に座りながらそう言った。美子の疲弊もピークだったのか、何も言わずに頷くだけだった。時刻はすでに今日を終えようとしていた。
*****
程なく貴士は病院に到着し、麻子や美子と合流した。美子がすでに動けそうになかったので、貴士がおんぶをして車まで連れていった。麻子は看護士に一度帰り、入院の準備をしたら戻ってくる旨を伝え、車へ向かった。
車内では、貴士は昭子の様子を聞きたい気持ちを必死に抑えていた。まだ何も分からないと電話で言われていたからだ。麻子もまた、何も言葉が出ない状態。車内は重たい空気に包まれていた。
帰宅すると、車内で少し寝ていた美子が目を覚ました。歩いて家まで行けると言い、ゆっくりと自宅の玄関へ向かって行った。麻子はすぐに昭子の着替えやパジャマなどをカバンに詰め込んだ。この時、美子は「家で待ってる」と言うので、留守番をさせて貴士とともに病院に向かった。病院に到着すると、
「状況が分かったら連絡して。何時になってもいいから」
貴士がそう告げると、麻子は「分かった」とだけ言い、車を降りた。すでに事故の翌日になっていたが、病院に入るとさっきまでいた他の被害者やその家族はいなくなっていて、代わりに警察官がいた。運転していた講師は、その場に残り事情を聞かれていたのだ。講師は、大きな怪我はしていない様子だったので、警察官から求められた状況説明には問題なく答えられていたようだ。しかし、一瞬の出来事だったため、記憶も曖昧だったようで、時々考えるような仕草をしながら答えている。
その様子を立ったまま聞いていた麻子に警察官が気付いた。
「被害者のご家族ですか?」
ひとりの警察官が麻子の方へと歩きながら声をかけてきた。麻子は一瞬身体が強張ったが、「はい」とだけ答えた。
「事故の状況などはまだ詳しく分からないのですが、運転手のスピードの出し過ぎが原因だと思われます」
聞いてもいないのに、事故の原因を伝えてくる警察官に『今、それを言われたら私はなんと答えたらいいの?昭子の状態も分からないのに』と心の中ではイラっとしていた。麻子が
「そうですか…」
とだけ答えたのが不思議だったのか、警察官はそれ以上何も言わず、講師のもとへと戻って行った。
待合室には、講師、警察官、そして麻子だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます