記録の中の記憶~それでもいい人生~
あかり紀子
プロローグ
「いろんなことがあったけど、いい人生だったな」
外では朝を知らせる鳥たちが元気に騒いでいる。窓の外を見るとまだうっすらと景色が見えるくらいの、明るくなる準備をしているようだった。
昭子の人生は半分以上、「波乱」という言葉がピッタリの人生だった。しかし、それでも今、昭子は「いい人生だった」と心から感じている。大きく息を吸い込むと、消毒液や薬、その他なんとも言い難いいろんな匂いが鼻へと入ってきた。
一番強く感じたのは、無臭のはずなのに体に酸素が入ってくるのを実感できる管からの匂い。もう数日前からこの管は外してもらえない。これがないとうまく呼吸も出来ないから。
ふと、この管を外してみたい衝動に何度も駆られながらもそこはグッと我慢をしていた。これを外すということは、人生を終わらせるという意味も持っていたからだ。昭子は、自ら命を終わらせるということは絶対にしないと決めていた人生だった。
どんなに辛くても、どんなに苦しくても、自らの手でその人生を終わらせないと決めていたのだ。それは、昭子が幼い頃に体験したことがきっかけだった。
人は…いや、生をなしたものはいつかはその命は絶える。命の期限は自分で決めるのではなく、命を授けてくれた、例えば分かりやすく言うならば神様が決めることだと昭子はいつも思っていたのだ。
昭子の命は、とうの昔に期限を迎えていてもおかしくなかった。しかし、その時命は繋がっていた。まだ期限ではなかったということだ。繋がった命を大切に、丁寧に、慎重に未来へ繋ぎ続けなくてはいけない。
そんな使命感にも似た感覚を、その時昭子は体感した。だからこそ、今、まさにこの命が尽きる直前に「いい人生だった」と心の底から思えるのだ。
外は、さっきよりも明るくなってきた。窓から見える景色がはっきりと昭子の目に飛び込んでくる。良く晴れた、空気の澄んでいる季節。窓から見える木々は新しい芽を出すために一度すべての葉が落とし、その姿に緑はなく、茶色だけになっている。新しい命が芽吹くまでの静かな佇まい。殺風景に見えるが、内に秘めた「生きてやる」という闘志のようなものも感じられる木々たち。
そんな木々たちを眺めながら、昭子はゆっくりと目を閉じた。その目は二度と開くことはなかった。穏やかな、笑っているその表情には一点の後悔もない、すがすがしさが見えた。
昭子はどんな人生だったのだろうか。こんなに穏やかな最期を迎えられる人生を覗いてみたくなった。
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