12.鴨はどっちかな?

 森での人魔の件の数日後――。


「人魔の件、無事、解決しました!」


 ユシアが元気に報告してくれる。


 Uランクということで、手伝い分の報酬も多めにもらえ、懐事情が大分良くなってきた。


「またしても、お二人に討伐してもらってしまったため、何かしらのお礼がしたいです!」


「そ、そんなの……」


 すでに報酬はもらっているし……。


「えっ、じゃあ、手料理で」


「はい!?」


 俺がお約束の、そんなのいいですよという日本人らしい遠慮を見せようとするも、ハルは謎の判断力の速さを見せ、即答する。


「て、手料理ですか?」


「はい、手料理です」


 若干の困惑を見せるユシアに対し、ハルは、さも当然であるかのように答える。


「あ、もしかしてユシアさん、紫色のエキゾチック物質を生成しちゃうタイプじゃないですよね?」


 確かによくあるパターンではある。


「し、失礼な! 私はこれでも勇者なのですよ!」


 少々、不安になる回答だ。


「むきーっ! こうなったら、一番すごいのを作っちゃうぞ!」


 ユシアが強気に意気込む。


「それで……何を食べたいのだろうか?」


 傍らで聞いていたセナが重要事項を確認する。


「普通、オムライスですよね」


 ハルよ、ですよねって、何だ?

 ってか、そもそもオムライスで通じるのだろうか。


「オムライス……!」


 ユシアが復唱する。

 語尾が上がっていないということは疑問系でない。

 つまり伝わっているのか?


「アオイもオムライスでいいの?」


「あ! ……はい」


 ユシアが若干、下から覗き込むように聞いてくる。


 突然、聞かれたので思わずイエスで返答してしまったが、実際にイエスで問題ない。


 何を隠そう! 俺は無類のオムライス好きなのだ。


「ということは、最高級の卵が必要だな」


 セナが卵について言及する。


「さ、最高級のたまご……!?」


 なぜかユシアが青ざめる。


「最高級の卵となるとアルネニオ・オオトカゲの卵だな……」


 セナが何やら謎の生物の名称を口にする。


「さ、流石にアルネニオまで行くのは大変だからチキチン・チキンの卵でいいよね? 値段の割においしいし! さっ、急いで市場に買いに行こう!」


 もう決まりましたとでも言うように、とことこと歩き出そうとするユシアに、ハルが呟くように言う。


「一番すごいのを作るんですよね?」


「!?」



 ◇



 現在――。


 このようにして、アルネニオ公原にいるというわけだ。


 ユシアはお礼のためなのに、二人に来させたら悪いからと、セナと二人で行くと言ったのだが、なぜか珍しくセナが付いてきて欲しいと頼んだのだ。


 アルネニオ公原は、国境の森の更に先にあった。


 ユシアがそのアルネニオ公原の地理について教えてくれる。


「アルネニオ公原はどこの国にも属していないんだ。だから、原ってわけ。公原からこっち側は人族の国、向こう側は<魔獣族>の国だよ」


「魔獣族!?」


 ハルが聞き返す。


「そうそう、魔獣族」


 淡々と返答するユシアにハルが再び聞き返す。


「モンスター達の国ってことですか?」


「んー……正確にはちょっと違うかなー」


「そろそろ、ちゃんとお教えした方が良さそうですね」


 セナが切り出す。


「まず、モンスターには、通常、大きく分けて二種類のタイプがある」


「なるほど……」


 ハルはふむふむと聞いている。


「<魔獣>と<普通の獣>だ。魔獣とは大なり小なり魔力を帯びた獣のことだ。基本的に魔獣の方が危険度は段違いに上だ。例えば、お二人が最初に遭遇したアイロンクラッド・ドラゴンは魔獣だ。その他、ミノタウロス、マーメイド・ガーゴイル、イビル・ピクシー……全て魔獣に分類される」


 ということは、今までクエストで討伐してきたモンスターは全て魔獣ということか。


「次に、モンスターの定義だが、モンスターは<理性がなく攻撃性の高い生物>を指す」


「なるほど……」


 ハルは相変わらず、ふむふむと聞いている。


「理性がなく攻撃性が高い生物であれば、魔獣であっても、そうでなくてもモンスターに大別されるわけだ」


「了解です! ということは、向こう側の森。<ミジュの森>の更に向こうには、魔獣が国を築いているということですか?」


「そうだ。それは決して不思議なことではない。なぜなら……魔獣にも理性を有する者がたくさんいるからだ」


「なんとっ!?」


「魔獣のうち、半分くらいは理性があると思われる。理性を有する魔獣は基本的に人間を襲ったりはしない。アルネニオ公原の獣族側の国境には、人族、獣族共同で築き上げた魔獣が忌み嫌う魔法壁が施されている。だから、ほとんどの魔獣は、安易にここを越えてくることはない」


「ほぇー、割としっかりしてるんですねー」


「だが、それでも……タガが外れてしまった魔獣はこの国境を越えてきて、人を襲うことがある。まぁ、残念ながら、その数はそれなりにいるわけで、そういったはぐれから人々を守るのが我々の仕事というわけだ」


「そんな背景があったとは、つゆ知らず……勉強になりました!」


「いえいえ。まぁ、そんなわけで魔法壁のおかげで、アルネニオ公原には魔獣は、ほとんどいなくて、逆に魔力のない獣が多く生息しているというわけだ」


「もしかして、今回のターゲットは……?」


「そうだ。今回のターゲットのアルネニオ・オオトカゲは、ここアルネニオにのみ存在する魔力のないモンスターで、体長4メートル程のオオトカゲ。その卵は、世界一美味と言われている」


「危険度の方はどれくらいですか?」


 俺が久しぶりに言葉を挟む。


「そうですね。ランクにしてEくらいでだろうか……」


「なら、楽勝ですね!」


 ハルはニコリと笑う。


「……」


 普通に考えれば確かにそうなのだが、オオトカゲという単語を聞くたびに、ぴくっと肩を揺らしている勇者さんがいるのはなぜだろうか。



 ◇◇◇



 とあるユナイトプレイヤーの男性ペアは辛うじて、ミジュの森を抜け、アルネニオ公原こうげんに辿り着く。


 もっとも彼らは、その森の地名を知っているわけではないが、ミジュの森が、彼らにとって過酷な森であったことだけは確かだろう。


「何なんだあの森は? やばすぎる……」


 一人が嘆くように言う。


「あぁ、だが、生きて抜けた。俺達はやったんだ……!」


 もう一人の言葉には、ミジュの森から離れられたことによる安堵感が垣間見えた。


 アルネニオ公原は、高い木が少なく、比較的見晴らしがよかった。


 何より、ミジュの森とは、という大きな違いがあった。


 地獄のような森を彷徨っていた二人にとってはまさに天国のような場所であった。


 二人はどこに向かうか決めていたわけではないが、穏やかな公原をミジュの森とは反対方向に進んだ。


 きっと今日は……そう思うだけで少し幸せな気分になれた。


 そんな二人に弾丸の雨が降り注ぐ。


 認識できるのは、フルオートの射撃音、そして自身らの装甲がボロボロに破壊されていくことだけであった。


「ま、待って……こうさ……かはっ……」


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! ゴゥトゥヘィブン!! 穏やかに眠れやぁ!!」


 狂喜の高笑いが機械的な射撃音と共に響き渡る。


「ん……? 代川しろかわ、あいつらなんか言ったか?」


「さぁ? 貴方の声で聞こえなかったけど?」


「ま、どうでもいいか……ようやく狩れて、最高の気分だ……」


「そうね♪」


 千川、代川はユナイトにおいて校内最多勝レコードホルダーであった。


 647勝もの勝利を築いてきたその戦術は、待ち伏せである。

 初撃で高威力の重機関銃をぶち込み、一瞬で制圧する。


「見たかよ? あの表情をよ?」


「うんうん、見た見た! やっぱりなまって最高ね……♪」


 千川、代川の二人は特殊な事柄に執着を抱いていた。


 不意を突かれた対象が見せる刹那の絶望……その表情に取り憑かれていたのである。


 千川、代川はゲーム開始以来、可能な限り、アルネニオ公原に居座り続けた。


 アルネニオ公原には、魔獣と呼ばれる危険な生物は少なく、また、比較的、見晴らしもいいことから、プレイヤーが油断していることが多かった。


 待ち伏せの達人の二人にとっては、低木があれば十分であった。


 そして、今日もが現れる。


 千川が代川に合図を送る。


「ふふふ♪ ここへきて二日連続とは、ついているわ。鴨がネギを担いで……いや、卵を抱えて、おいでなすった」


 千川・代川は男女のペアを発見する。


 なぜかその二人は、巨大な卵をお腹に抱えている。


「あいつ……相ケ瀬の兄の方じゃないか?」


「あー、あのキラキラ弟の金魚の糞の……? って、ペアの女は誰かしら……? まぁ、私は女に興味ないけどぉ……いずれにしても鴨としては、悪くないわね♪」


「……なんかプレイヤーじゃないのも混じってるな」


 二人の少年の近くには、現地風の装いの美女二人が帯同していた。


 だが、二人は、大多数の男性並みの美女への関心を持ち合わせていなかった。


「まぁ、いいか。一緒にやっちまおう……」


 ===

【あとがき】

 モチベーション維持のためブクマとお星さまを何卒お願い致します。

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