TS義弟、男を貫くことを決意。…したはずだが、俺にだけ女の武器使ってくる

広路なゆる

01.パートナーが性転換!

「アオイ、お前よくその点数でこの高校入れたな!」


 昼休み。

 クラスメイトの大谷おおたにが俺の数学のテストを見て、冗談交じりにそんなことを言う。


「っ……! まぁな……」


 答案用紙には、相ケ瀬あいがせアオイという俺の名前。

 その横に12点の文字が刻まれている。


 県立叡智えいち高校。

 地域ではそこそこ名の知れた進学校である。


〝お前、よくこの高校に入れたな〟


 その言葉で俺はふと受験当時……なんなら、これまでの人生について思いをせる。


 そして、呟くように言う。


「優秀な弟を持つと兄は大変なんだよ……」


 と……、


「おーい、兄貴ぃいい! 飯食おうぜー!」


「っ……!」


 明るい声で、爽やかなイケメンが教室に入ってくる。


「お、噂をすればだな」


 大谷がそんなことを言う。


 現れた爽やかなイケメンの名は相ケ瀬あいがせハル。


 ハルは同学年の弟だ。


 俺たちは二人とも養子であり、血のつながりはない。

 従って、ハルは義弟に当たる。

 ハルは子供の頃から優秀だった。

 それほど努力をしている様子はないのに、頭も良く、運動神経も良く、おまけに顔も良い。

 性格は出会ったばかりの頃は尖っていた。しかし、今ではそれも緩和され、周囲からは明るく爽やかな人物と評価されているだろう。


「ハル、お前……自分のクラスで食べたらいいだろ?」


「えー、いいじゃん、だって兄貴、友達いないだろ?」


 ハルはにかっと微笑み、無邪気に言う。


「ん……?」


 俺は生意気な弟にちょっとむっとして、大谷の方を見る。


「大谷くんは保護者みたいなもんでしょ」


 その理屈はよくはわからないが、ハルは習慣なのか昼休みになると、飯を食いにやってくる。


 二人で母さんが作ってくれた同じ弁当を食うのは少々、恥ずかしくはある。


「ハルくん、今、アオイによくこの高校に入れたなって話してたんよ」


 大谷が話を蒸し返す。

 と、


「それなー!」


 ハルはニヤリとしながら大谷に返事する。


「おい……!」


「でもですねぇ、大谷くん、兄貴はやるときはやる男っすよ!」


「……」


 ハルはそんな風に大谷に言う。


 ……よくこの高校に入れたな。


 その理由がここにある。

 ハルが俺を不当に高く評価しているからだ。


 そのせいで、俺は努力しなくちゃいけなくなった。


 俺は猛勉強した。

 本当に辛い辛い受験勉強を乗り越え、そうして、なんとか滑り込みでこの学校に入学できたというわけだ。


 分不相応なこの高校に入れた理由。

 それは、一言でいえば、見栄みえということになるのかもしれない。

 なんともちっぽけな理由である。


 ◇


「ほーい、じゃあ、今日のホームルームは終わりだー」


 担任はかったるそうに適当にホームルームを片付ける。

 そして、足早にクラスを後にする。


 生徒たちも散り散りになっていく。

 部活へ行く者、一目散に帰宅する者。

 なんとなくだべっている者など青春の有り様は様々だ。


 当然、俺は一目散に帰宅する者である。


「アオイ、一緒に帰ろうぜー」


「おう」


 大谷も今日は帰宅するようで、俺たちはクラスを出る。


「よっ! 兄貴!」


 そこにはハルがいた。


 毎日というわけではないが、こうして時々、兄弟で帰宅することがある。


「なぁ、兄貴、今日は早く帰って、アレやろうぜ!」


「お、そうだな……」


 アレとは近頃、大流行しているVRゲームである。


 すると……、


「あの……相ケ瀬くん……ちょっといいですか?」


「「……?」」


 女子生徒に引き止められる。


「あ、えーと、両方、相ケ瀬なんだけど、どっちかな?」


 ハルは女子生徒に尋ねる。


「……」


 すると、女子生徒はハルの方を指差す。


「えーと……なにかな?」


「大事な話が……できれば二人きりで……」


「……わかった。兄貴、少し待ってて」


 そう言うと、ハルと女子生徒はひとけのない屋上へと続く階段へ向かう。


 ……え、そこは普通、先、帰っててでしょ?


 などと思っていると、


「あれって、佐伯さえきだよな? 可愛いって噂の……」


 大谷が女子生徒の素性について語る。


「あー、そうなのかな……」


「先日、その佐伯に、サッカー部の土具どぐが振られたらしいぜ」


「へぇー、詳しいね」


「知らんのか? 土具どぐ宗助そうすけ土具どぐって言ったらサッカー部のエースで生徒会もやってるイケメン君だぜ?」


「はぁ……、まるでハルのようなステータスだな」


「まぁ、そうだな……んで、その土具どぐを振った佐伯がハルにねぇ……」


 大谷はニヤニヤしている。


「んじゃ、俺は先に帰るわ!」


「えっ!?」


「人が悲しむ姿を見るのは趣味じゃない。それに、ハルが待っててって言ったのお前だけじゃん。じゃぁね~」


 そう言い残し、大谷は足早に行ってしまった。


「ったく、俺だってそんな趣味ねえよ」


 そんなことを思いつつも、俺は一つ下の階の踊り場でハルを待つ。


 と、しばらくすると、佐伯さんが走って階段を下りてくる。


 そして、俺には目もくれずに立ち去ってしまう。


「……」


 どうやらハルはまた振ったようだ。


 と……、


くそケ瀬が……」


「……!?」


 突然、近くでそんなことを呟かれ、ちょっと驚く。

 そう呟いたのは大柄な男子生徒であった。


 その生徒に心当たりがあった。


 佐伯さんに振られたというサッカー部の土具どぐだ。


 そして……、


「あんな奴のどこがいいんだ? ただのすまし野郎じゃねえか」


 そんなことを言って、立ち去ろうとする。


 だから……、


「おい、お前、ちょっと待て」


 俺はそいつを引き止める。


「ん……?」


「今、お前、なんて言った?」


「あん……? なんだてめぇ……すまし野郎って言ったんだよ」


「それが弟のことを言ったのなら……取り消せ」


「ん……? あー……お前……あいつの兄の……金魚の糞か……」


「俺のことはどうでもいい……弟に言った分は取り消せ」


「嫌だね……、あぁあぁ、兄弟揃って気持ちわる……」


 そう捨て台詞を吐き、下品なハンドサインをしながら、土具どぐは立ち去って行った。


「おい、てめ……」


 と……、


「お、兄貴、待たせた」


 ハルが階段から降りてくる。


「ん……? 怖い顔して、なんかあったか?」


「あ、いや……別に……」


「……そう」


 そうして俺たちは帰途につく。


 俺はしばらくモヤモヤしていたが、一旦、忘れることにした。


「なぁ、ハル。いつも思うんだけど、なんで付き合わないの?」


 ふと俺は今まで不思議だったことをハルに問い掛ける。


「え?」


「だ、だってさ、あの人、いい人そうじゃん……」


 顔しか知らないけど……。


「そ、そうだな……、うーん……今は〝ユナイト〟に集中したいから」


 ハルは少し恥ずかしそうに理由を打ち明ける。


「な、なるほど……」


「ってか、そもそも今日のはちょっと違ったし……」


「え……?」


「あぁ、気にすんなって! でもまぁ、俺は付き合うなら友達みたいな奴がいいんだよな! 言うなれば兄貴みたいな!」


「はっ!?」


 ハルの唐突な発言に俺はたじろぐ。


「え? 兄貴、なんでちょっとたじろいじゃってるの? 冗談に決まってるじゃーん」


「ぬ……」


 ハルがからかうように言うので、俺は少しむっとする。


「だって俺達って兄弟じゃん? 男同士じゃどうあがいても子供産めないしなぁ」


「いや、問題はそこじゃないだろ……」


 ◇


「んじゃ、アオイ殿、ユナイトやりましょうか!」


「うい」


 家につき、俺たちはそれぞれの部屋に分かれる。


 そして、ベッドに横たわり、ヘッドマウントディスプレイを装着するのであった。


 ◇


「ハル、右斜め前方、視える? 来るよ」


「ごめん! 視えてない! やばい!」


「大丈夫、俺が撃ち落とす」


 俺が示した方向……右斜め前方に連続的な爆発が発生する。


「さんきゅー! 兄貴! 視えた。やっちゃうよ!」


「頼む!」


 今、俺たちがプレイしているユナイトオンラインは<フルダイブVRアクションゲーム>だ。


 既存のゲームと異なる点は、脳波によるコントロールを行うため、自分自身が動いているかのような臨場感を感じられる。


 ユナイトは爆発的なヒットにより、社会現象になり、社会問題となる程度には中毒者を生み出した。


 高層ビル群が立ち並ぶ、まさに摩天楼まてんろうの中を飛び交うように最新鋭兵器をモデルにした銃火器をぶっ放すようなサバイバルゲームである。

 <ステルス・アーマー>と呼ばれる装備を自身の趣向性に合わせて、カスタマイズするシステムがあり、自分だけの特徴を持つことができる点もプレイングの多様性を生み出していた。


 ちなみに、たった四人から成るゲーム制作サークルがAIによる自動生成を駆使して開発したゲームらしい。

 そのゲーム制作サークルのメンバーたちの母校が俺たちの通う県立叡智えいち高校出身というから少しだけ縁を感じてしまう。


 そんなこともあり、俺とハルの二人もすっかりハマっていた。


 ハマると言っても生半可なものではない。俺たちははっきり言ってガチ勢と言われる部類であった。

 最初に始めたのはハルで俺は誘われる形であったが、妙にハマってしまった。

 ハルへの対抗心もあり、夜な夜な研究や練習に打ち込むせいで、せっかく高校に合格できる程度に上げた学力も右肩下がりである。

 自分でも自覚している。完全に努力の方向音痴である。


「…………しゃぁあああああ!!」


 一瞬の静寂の後、ハルが雄叫びを上げる。


 バトルロイヤルに勝利したのだ。


「やったな、兄貴!」


「おう」


 などと、勝利の余韻に浸っていた時であった。


【おめでとうございます!】


 突然、頭の中に響くような声が聞こえ、意識が飛ぶような感覚に陥る。


【当選おめでとうございます!】


 当選……? 何の……?


【ユナイト異世界ステージβベータ版への参加権を得ました。特別ボーナスの特典スロットを開始します!】


 え……? どういうこと……?


 理解が全く追いつかない。

 しかし、こちらの理解など待ってくれる気配もなく、目の前を


 ・身長が1cm伸びる

 ・全ステータス微上昇

 ・運が上昇

 

 など、様々な魅力的な項目群が駆け抜けていく。


 そして、スロットが止まる。


 >パートナーが性転換!


 ◇


「おーい、アオイ、おーい」


 ハルに起こされる。


 まるで木漏れ日のような優しい光が俺を包み込む。


「何だ夢かぁ」


 俺はそうして再び眠りにつこうとする。しかし……、


「夢ならばどれほどよかったでしょう……ね」


「……」


 確かに俺の寝室はこんなアマゾン流域みたいに木々が鬱蒼うっそうと繁ってはいないな……。


 先程、まるで木漏れ日と思ったが、まさかリアル木漏れ日であったとは……。


 まだVRの世界にいるのか……?


 いや、しかし、いくらVRでもここまでのリアル感はないはずだ。


 俺は改めてハルを見る。


 「ん……? なんだよ、兄貴……」


 うむ、いつものハルである。決して性転換などされていない。

 俺はふと、気を失う前の謎のスロットのことを思い出す。


 俺は不覚にも〝パートナーが性転換!〟を引いてしまったのだが、そんな奇想天外が起こるはずもない。

 いや、しかし……、


「……ってか、ハル、そもそもここどこだと思う?」


 この状況は結構、奇想天外なのでは? と思ったりもする。


「異世界ステージってことじゃね?」


 ハルは割と軽いノリで言う。


「…………そ、そうなるのか……」


 この状況に陥る直前……、変なメッセージが頭を流れた。


【ユナイト異世界ステージβベータ版への参加権を得ました】


 いや、マジか……そんなこと有り得るのか……?


 と思ったその時であった。


 突然、空中にメニューのようなものが出現する。


【改めまして、おめでとうございます!】

【ユナイト異世界ステージへようこそ!】


「うわ……なんか来たよ……」


 ハルにも同じように、メニューが出現していた。


【皆様、無事に異世界ステージに到着できましたでしょうか?】

【今回、特別に叡智えいち高校のユナイトプレイヤーの皆様をこの異世界ステージにご招待しております】

【それではβベータ版テストプレイのルールを説明いたします】


 ============================

βベータ版テストプレイのルール】

 パートナーとタッグを組んでのサバイバルゲームです。


 ■報酬

 ①ゲーム参加者を一人、キルするごとに10万円プレゼントします。

 ②最後まで残ったペアには願い事を何でも一つ叶えます。


 ■注意事項

 この世界でキルされると現実に戻ります。

 その際、特別ボーナス特典は消滅します。

 ただし、自殺は禁止。自殺すると本当に死にます。


 以上。

 ============================



【それではゲームスタートです】



 え……? マジ……?


 極めて唐突にゲームが開始される。


 と……、同時であった。


 どさっという音と共に何かが倒れる音がする。


「え……? ハル……!?」


「っっ……兄貴……なんか……熱い……苦しい……」


「え……?」


 ハルは胸の辺りを抑えて、苦しんでいる。


「っ……」


 は、早くなんとかしないと……。


 だが……、


「はろーーー!」


「っっ……!?」


 突然、後ろからそんな声が聞こえてくる。


 俺は振り返る。


「どうもー。いてよかったわ、糞兄弟」


「…………土具どぐ


 そこにいたのはサッカー部の土具どぐであった。


「お、土具どぐ、こいつがお前がぶち殺したいって言ってた兄弟か?」


 どうやら土具どぐのパートナーも一緒のようだ。


「あぁ、そうそう。それにしてもラッキーだったわ。ルーレットで〝ぶっ殺したい奴のところに飛べる〟に当たってよう」


 土具どぐはニヤニヤとしている。

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