第30話 開戦

「……よし、総員配置についたな」

 

 スキル『俯瞰』によって戦場を見渡す。

 夜間であったが、灯りがなくとも戦場の配置図が全て見渡せる。

 現在、我々は魔王軍の拠点となっている坑道のある地点に留まっていた。

 すでにカルラによって魔王討伐軍の来襲は知らされていた。

 そして、要塞において両軍はすでに対峙していたのだった。

 

「さて……キサラさん。これが俺のもう一つのスキル、『俯瞰』です。どうです。『念話』と合わせて便利でしょう」

「本当ですね……部隊指揮に携わる者ならこの二つのスキルは喉から手が出る程欲しいです」

 

 キサラにも持っているスキルを明かし、作戦についても承諾してもらえた。

 しかし念の為に最後のスキルは明かしていない。

 

「そして……やはり山道側にも兵を差し向けてきましたか」

「ええ。もはやこの搦手は周知の沙汰。来ないほうが不思議なのです」

 

『俯瞰』によって敵が迫ってくるのが見える。

 数はやはり五千。

 想定通りであった。

 しかし、想定外なこともある。

 

「……しかし……相手は第六騎士団か……」

「知っているのですか?」


 実は、『念話』でジョバンニより連絡があり、魔王討伐軍の山道方面の攻略に割り当てられたと知らされた。


「えぇ。あそこの団長には差別されていた時、よくしてもらえたんです」

「そうでしたか……それで、どうするつもりですか?」

 

 キサラとしては、気遣いのつもりだったのであろう。

 もし気後れするようであれば後方に下がっていても良いという。

 

「……いえ」

 

 しかし、笑みがこぼれてしまう。

 

「この状況を逆に使いましょうか」

 

 

 

「……本当に……足を止めた」

 

 渓谷を進む王国騎士団は足を止めた。

 その姿を見たキサラは思わず言葉を漏らす。

 既に日は落ち、このまま野営でもするのか、火を焚き始めていた。

 

「えぇ。じつは第六騎士団長とは『念話』で話す事が出来ます。そして、あの部隊には勇者がいる」

「ゆ、勇者が!? それでは我々には勝ち目が……」

 

 勇者がいると言うだけで幹部であるキサラでさえこうなる。

 士気に関わるので、言っていなかった。

 

「大丈夫。彼らについては俺がよく知っています。あそこで野営を始めたのも、『念話』でそうなるように仕向けたのです」

 

 実はジョバンニには、あの軍にいる勇者、真田護は戦場での経験もなく、戦そのものを甘く見ている節がある。

 そして、頑固であるから彼の言い分を飲み、最大限利用することを勧めた。

 

「第六騎士団長には俺が魔王軍の内情を伝えるので双方被害無く戦を終わらせましょうと伝えています。彼は俺の事を信頼している。こちらの言う通りに動きます。彼は戦に慣れていない。夜になれば夜営をしようと言い出すと思っていました」

「……あ、誰か来ましたね」

 

 騎士団の動きは『俯瞰』で手に取るように分かる。

 それにくわえて目の前でも夜営の灯りで敵はよく見えていた。

 

「……なにやら揉めてますね。あ、火を消してます。夜営をやめさせようとしてるみたいですね」

「どうやらそのようですね……そして、条件は揃いました」

 

 敵は細く長く行軍している。

 先頭が急に足を止め、夜営を始めているのを見て後続の者も夜営を始めようとしていた。

 しかし、ジョバンニによってそれは止められ、現場は混乱していた。

 そして、夜営の灯りは言い争いをしているジョバンニと勇者達の姿をよく映していた。

 

「フィアナ、弓を」

「はい」

 

 フィアナにこの軍で一番出来の良い弓を貰う。

 因みに、心配だったのかレナもついてきていた。

 そして、矢をつがえ狙いを定める。

 

「……こんな暗闇で射つのは初めてだが……それに、人を殺すのも……」

「……佐切様、大丈夫ですか?」

 

 フィアナが心配そうに見てくる。

 そして、レナも不安を紛らわそうとしているのか、抱きついてきた。

 

「……ありがとう、二人共」

 

 もし負ければ二人はどうなるだろうか。

 戦場での凌辱は世の常。

 それをどれだけ禁じていようと、末端の兵に至ればその効力は失われる。

 そして、スキルを持って居ないものは差別される世界。

 魔王軍が負ければフィアナやレナ、キサラがどうなるかは明白である。

 

「……大丈夫、弓の経験は充分積んできた……やれる」

 

 二人は側を離れる。

 息を大きく吸い、狙いを定める。

 元の世界で弓道の経験も充分積んできた。

 

「……南無八幡大菩薩……」

 

 かの那須与一程の覚悟ではないが、ここは願かけだ。

 矢を握る手に力が籠もる。

 

「……ふっ……」

 

 そして、離す。

 矢は真っ直ぐ勇者である真田護へと向かっていく。

 しかし、胸の中には不安が残っていた。

 

(……少し遠いか)


 そこが唯一の懸念点であった。

 この距離で矢を放ったことは無かったが、策のことを考えると、この距離が限界なのである。

 

「……やった!」

 

 矢の軌跡を見て、キサラがそう声を上げる。

 しかし、急に突風が吹き、矢は途中で勢いを無くし、護と言い争いをしていたジョバンニの足元に落ちる。

 

「くそっ! やっぱり遠すぎたか!」

「佐切殿! どうしますか!?」

「……第二案だ! 急げ!」

 

 やはり、現場は想定通りには行かないものだ。

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