十三 ホームズ先生
「今日というと、僕が学校に登校してから、青香に突き飛ばされて記憶を失うまでの間、ですか?」
「うん。まずそこしか考えられないだろうね」
「じゃあ、それでいろんなことが判明するっていうのは?」
「まあまあ戦場くん。順を追って説明しようじゃないか」
どんどん調子に乗り始めた先生は、今や口髭までつけかねん勢いで席を立ちあがる。口調もなんとなくシャーロック・ホームズだ。
「まず、七月六日の日曜日。祭りが終わった深夜、君は反さんと会って話をした」
先生がテーブルの横をぐるぐるしながら、得意げに指を振って語りを始める。申し訳ないけど、ちょっとだけイラッとした。
「それがどんな話かは知らないけど、君の性格も加味して推測すると、多分こう言ったんだと思う。
「明日、青香も交えてちゃんと説明する」ってね」
「……青香も?」
「そう。たぶん、その方が手っ取り早いと思ったんだろうね。君は反さんとの約束を後回しにして四季島さんといたわけだし、二人ともにしっかり話すべきだと考えたんだ」
「僕がそんなことしますかね……約束を無視したのに」
「食堂で反さんは、君に「説明を待ってる」と言っていた。普通、約束を無視されて、しかもその説明を先送りにされたら、納得するどころか怒るよね?
でも四季島さんも交えて説明するってなったら、反さんも一日ぐらいは待とうと思えたはずだ。深夜にいきなり呼び出すわけにもいかないしね」
先生は僕の肩に優しく手を置くと、再び机の周りをぐるぐるし始める。
「でも翌日、君は胃腸炎で学校を休んだ。可哀想なことに、反さんはおあずけを食らってしまったんだ。君の胃腸炎が治るまで、一週間も」
「………」
「あっ…ごめん」
「いや、いいんです。それで?」
「それで……反さんは、多分待ち切れなかったんじゃないかな。四季島さんと話をして、事情を彼女から聞き出してしまった」
「まあ、無理もないですね」
「そうだねえ。切ない話……」
「………」
「と、というのはいったん置いといて! 一方で君の話をしよう」
「僕の?」
「これは、
「まあ……確かに。仮に紫が青香から事情を聞いたとて、僕が逃げた理由にはなりませんね」
「そうでしょ? もし二人から同時に詰め寄られたって、君はハナから説明するつもりだったんだ。とっくに覚悟はできてたはずだ」
「いざ二人を前にして、怖気づいてしまったとか」
「もっと自分を信じなよ、戦場くん。君は硬派なやつだって言ったでしょ? さすがにそこまでの軟弱じゃないよ」
「じゃあなんで僕は……」
「記憶喪失だよ」
「……は?」
「記憶喪失したんだ。二回目の」
「二回……目?」
「そう。つまり、君が記憶を失ったのは計三回。 嵐くんが言ってたでしょ?「記憶喪失がクセになってんじゃねえかな」ってさ。あれ、結構いい線行ってると思ったんだよね。だって普通、軽く突き飛ばされたぐらいで記憶無くさないでしょ?」
「だとして、お腹を壊しただけで記憶がなくなりますかね? 衝撃で記憶喪失とかなら、まだわかるんですけど」
「記憶喪失はストレスでも起こるよ。一口に食あたりと言っても、胃腸炎はものすごく辛い病気だからね。腹痛、下痢、嘔吐、発熱。これが七日も続いたら、さすがにどんな人間でも相応のストレスを抱える」
「……じゃあ、僕は学校に来た時、また記憶がまっさらな状態だった?」
「そんな状況でいきなり二人の女の子に詰め寄られたら、誰だって逃げ出しちゃうよね。その後、逃げた君は陸上部の四季島さんに追いつかれて、屋上で三度目の記憶喪失をした。そして今に至る。
これで祭りから今日までの出来事は、全て説明がつくはずだ」
「……」
「まあ、そこがわかったから何だって話だけどね。結局、君がなんで反さんの約束を無視したのかとか、大事なことはわからないままだし……」
「いえ、十分です」
僕は腕を組みながら唸る先生を片手で制止し、廊下の方を見る。
「あとは、彼女に聞きます」
そこには、いつの間にか青香が立っていた。僕たちの方を何とも言えない表情で見つめて、何かを言おうとじっと待っているようだった。
「外に行こうか、青香」
「……うん」
おそらく、これで全てがわかるはずだ。
そんな確信と共に、僕は席を立ちあがった。
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