十一 最ッ低!
「いったん、事実だけを整理してみようか」
紫がいなくなり、自分が注目を浴びていることにやっと気づいた僕は、逃げるようにして食堂から保健室へと帰って行った。保健室に先生はいなかったが、メールを送って事情を説明すると、彼は数秒も経たないうちに飛んで戻ってきた。この時ほど、先生の存在をありがたく思ったことはない。
「まずは、半月前のテスト終わり。ここで起きたのは、君が反さんからイタズラで告白をされたことだ。君はそれを、理由はわからないながらも受け入れた。次に車が来て、君は反さんを庇って撥ねられた。そこで記憶喪失一回目」
「……ここだけだと、僕も中々にいい人なんですけどね」
「まあまあ、そう気を落とさないで。とにかく、君はその後に反さんと祭りで会う約束をした。どんな約束かはわからないけど、どうやら待ち合わせだったみたいだね」
「………」
「そして次の日曜日。ここがゴチャゴチャしててわかりにくいけど、君は最初、嵐くんと二人で祭りに行った。その後、四季島さんから呼び出しを受けて……付き合うことになった。多分、四季島さんに告白されたんだろうね」
「僕は、なぜかそれを受け入れた」
「そうだね。反さんと会う約束をしてるのに、だ。それに加えてさらに、君はなぜか反さんの待ち合わせに最後まで来なかった」
「さっきスマホを確認したんですけど、その時紫から連絡が来てたみたいです」
「どんな内容だった?」
「「まだー」とか、「いつ来るのー」とか」
「うわぁ、切ない……」
「……それで、僕が「スマホの充電が切れてた」って送って、紫と会う約束をしたみたいです」
「まあ、さすがに忘れてましたとは言えないか。しかし、よくまた会おうとしてくれたよね、反さん。しかもそんな真夜中に」
「……そうですね」
あんな裏切られ方しても、やっぱりまだ好きなものは好きみたい。
紫の言葉が、僕の頭の中で反響した。
「その時の僕は、いろいろ気づいて説明しようとしたんだと思います」
「でも、記憶喪失だってことは言わなかったようだね。文面を見るに」
「多分、さっきと同じこと考えてたんでしょうね。どうせ信じてもらえないって」
「なるほど……」
僕のスマホを見ながら、先生がふと、不思議そうに首を傾げる。
「あれ……? なんか、許してもらってない?」
「そうなんですよ。しかも、「来られなくて本当にごめん」とか、午後七時の神社で待ち合わせだったとか、約束の内容もちゃんと話せてるんです」
「嵐くんいわく、君が四季島さんに呼び出されたのは六時半。待ち合わせには十分時間があるね。ということは、君はその時点でも反さんとの約束を覚えていた、ってことになるけど……」
「やっぱり僕は、紫との約束を忘れたんじゃなくて、知ってる上で無視したんでしょうか」
「うーん……戦場くんが、そんなことする子とは思えないけどなあ。告白されたら何でもオッケーしちゃうのは問題だけど」
「それも反省してます」
「撥ねられた後の君は反さんからの告白を忘れてるから、待ち合わせをなんでもない約束だと思って、後回しにしちゃったのかな……」
「それがあり得そうで怖いんですよ。例えば青香から告白されて、その時に舞い上がったせいで、普通に紫との約束を忘れたとか……」
「そうなると本気で最低だね。仮に記憶喪失だったとてドン引きだよ、戦場くん」
「………」
「あ、ごめん。先生、色恋が混ざるとつい熱くなっちゃうから……」
「いいんです。事実なので」
さっきの出来事もあってだいぶ心にきていた僕は、グサグサと突き刺さる先生の言葉に思いっきり落ち込んでしまう。
「ま、まあ……ほら、他の話しよう戦場くん! 先生、この間にいろいろ調べてたんだ」
「僕が紫の心を、踏みにじってる間にですか……?」
「やめなってば! 本当に先生が悪かった。本当は君が一番傷ついていたのに……」
「一番傷ついていたのは、紫ですよ……」
「ごめん! 本当にごめん戦場くん! とにかく一旦聞いて! 新事実だから!」
この押し問答は、僕が先生の淹れてくれたお茶を飲むまでしばらく続いた。
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