僕は異端なスライム使い
めいふたば
第1話
「シン、今日の駄賃だ」
「ありがとうございます」
渡された小銭を大切そうに受け取りながら、使い古された革の鞄に仕舞い込む。
シンはここ、シーカーズギルドにおいて1番下っ端のポーターとしてその名前を覚えられていた。
「ぴき!」
「ピッキーもお疲れ様。今日の稼ぎで少しはマシなご飯を食べられるね」
「ぴきー!」
相棒のピッキーに話しかけられながら、シンは屋台で串肉を買った。
乱雑に切られた何の肉かはわからないそれを甘辛いタレに漬け込んだものである。
金の稼げないシン達にとってそれはご馳走の部類だった。
熱々の串を大切そうに平らげ、少しだけ肉を残してピッキーに串ごと渡す。
ピッキはーお腹の中で串ごと溶かしてしまった。
シュワシュワと泡立てながら消えていくその光景はシンを惚けさせるのに十分な魅力で。
「それじゃあご飯食べたら次の仕事行こうか?」
「ぴき」
いつまでもぼうっとしてられない。ピッキーを肩に乗せてシンは前を向く。
貧乏人に暇はないことをシンは幼いながらに理解していた。
「おばさん、お仕事ありますか?」
「シン、私のことはお姉さんと呼ぶようにと言ったでしょう?」
受付の女性は気分を害したとばかりに頬を膨らませた。
シンからしたら年上は皆おばさんなのだ。
「え、でも。僕のお母さんと同じ歳ならおばs……」
「それでもお姉さんと呼ぶのが礼儀よ」
「はい……」
笑顔の圧力に屈するシン。
「結構。それで、お仕事だったわね? 今日の体調はいかが?」
受付のシホはシンの体調を聴きながら何の仕事を割り振るかを考えあぐねた。
正直、やってもらいたい仕事はいくつもあった。
シンは能力こそ低いが、スライムを飼っている。
特にピッキーの消化能力はゴミを処理する能力に長けている。
重いゴミを運ぶのはそれなりに重労働だが、真がその仕事を引き受けてくれるならギルドは安く片付けられてラッキーだった。
これを他のハンターに割り振れば何かと高くつく。移動費やら人件費、さらには専用器具の代金なども込み込みで大きな出費を出さなければならない。
しかしシンとピッキーならば単独で赴くだけで終わる。
ただ一つ、問題があるとするならばそれは真の体力が一般家庭の子供より低いことくらいか。
ピッキーはシンがぐったりしてる時に仕事をしない。
あくまでも真の体調が良い時だけしかしないので割り当てすぎても中途半端な仕事になってしまうのだ。
故にシンの体調は1番気にするところであった。
「さっきご飯食べたので、2つくらいは受けられそうです」
「結構。ならばちょうど良いお仕事があるわ」
シホはうってつけの依頼書をバインダーから引き抜き、ハンコを押した。
シンは依頼を受け取りながらそれを鞄に仕舞い込んだ。
「行こう、ピッキー」
「ぴき」
ある意味で通い慣れた道。そして何度も受けた仕事だった。
「やぁ、シン。お前が引き受けてくれて助かるよ」
「今日はよろしくお願いします」
そこがギルドの解体場。ハンター達が持ち込んだモンスターの素材を剥ぎ取る場所だった。
そこでは魔石や食用の肉なんかをとった後のゴミが大量に積み上がっている。
モンスターの死体はとにかく燃料をバカ喰いするほど熱に耐性を持ち、ごみの焼却場では取り扱いNG扱いにされていた。
だからこそ、この仕事を引き受けるのは超火力を持つ異能の使い手か、スライムなどのモンスターをテイムしたテイマーぐらいしかいないのである。
テイマーをやっててわざわざスライムをテイムする輩は数えるしかいないので、シンはこの仕事にありつけていた。
「また今回のは大きいですねぇ」
解体場に吊り上げられていたのは、見上げるほどの巨体で。
肉や必要な部位を取り出された後にしたって1日じゃ終わらないほどの図体があった。
「オーガだって聞くぜ。Aランクハンターが持ってきたんだ」
「近くのダンジョンでAランクモンスターが?」
シンは妙だなと首を傾げる。
そんな物騒なモンスターが暴れる地域に住んでいる自覚はなかった。
ただでさえよわっちぃシンである。
遭遇したら命の保証はない。
ただでさえ、モンスターはしょっちゅうダンジョンから這い出てくるのだ。
想像して、身を震わせていると解体屋の親父、シゲルは手を横に振って否定した。
「いやいや、これは近場のダンジョンから運ばれたもんじゃねぇよ」
「ではどこから?」
「近々生誕祭があるって話は聞かねぇか?」
「誰のです?」
「うちの地区のエース様さ」
神薙アスカ。うちの区域の一番の稼ぎ頭のことだ。
「ああ、確か好物なんでしたっけ?」
「ゲテモノ喰いって言われてるけどな」
モンスターの心臓を好んで食う。それを食べると何らかの能力を発動させやすいのだそうだ。シンはどこか納得いかない顔で、作業に臨んだ。
「ピッキー、行けるか?」
「ぴき!」
それでも、今は仕事に集中しよう。ピッキーに呼びかけ、得意の消化でゴミになったモンスターを溶かしていく。
オーガの死体を消化するのに丸々一日かけてしまった。
「助かったぜ。あのデカブツをやっつけちまえタノはでかい。今回は色をつけといた。また頼むぜ」
「ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるシン。
もらった金額はハンターと一緒に潜って荷物持ちをした時より多かった。
それでも食事を満足に食べるには程遠い。
「生活するのって大変だね、ピッキー」
「ぴー」
うるさくなる腹の虫を押さえつけながら、シンはすっかり帷のおりた夜の街で新しく謎肉の串焼きを買い足した。
翌日。
ピッキーの体色が明らかに真っ黒になっているのにシンは驚く。
「ピッキー、お前その体、どうしちゃったんだ?」
「ぴー?」
ピッキーそのものは特に何の変化もないとばかりにぽよんぽよん跳ねていた。
「何ともないのか?」
「ぴき!」
ならいいか。シンは見た目こそ違ってもそれがピッキーなら大丈夫だとどこか安堵して仕事に向かった。
しかしハンターズギルドでは、瞬く間に人に囲まれてしまって。
「シン君、これは一体どういうこと?」
「あの、むしろ皆さんなんでそんなに怒って?」
「そこにいるのはブラックスライム。Aランクモンスターに該当するスライムよ。そして一度もテイムできたという報告を聞かないわ。もし私たちに害をなすために持ち込んだというのなら、私たちはあなたを捕まえないといけなくなるの」
「この子はピッキーです」
「本当に? 嘘はついてないでしょうね?」
「そもそも僕がそんな高ランクダンジョンに単身で赴けるわけないじゃないですか」
「それは確かにそうね。あなたの弱さは私たちが何よりも知っているわ」
それはそれで悔しい思いをするシン。
別に好きで弱いわけじゃないのにと思いながら、ピッキーを取り上げられてしまうのだけは何とか阻止したかった。
「絶対に暴れさせたりしません! だからこの子を、ピッキーを危険視するのはやめてくれませんか?」
「すぐには信用できないけど、数日Aランクハンターと一緒に生活してもらいます」
「その間お仕事なんかは?」
「ご飯ぐらいは出すわよ」
食事をもらえるのはあり難い反面、その間仕事に空白期間が開くのはいただけなかった。それというのはピッキーの食欲の問題もあった。
青くてふわっとしている時よりも、明らかに食べそうな雰囲気を醸し出していたからだ。
その上でいつの間にか上がったハードルの高さに、シンは一人だけ置いてけぼりにされてしまったのでは? という錯覚に陥った。
「今日からお世話になるわ。その子が例のスライム? 確かに報告通りに真っ黒ね」
「シンです。この子はピッキー」
「ぴき」
「アスカよ」
「え!」
アスカといえばこの区域で一人しかいない。神薙アスカ、その人だろう。
「Aランクの人が来るって聞いてました」
「そうね、実は無理言ってねじ込んでもらったの」
「どうして?」
「あなたが面白そうだったから」
「僕が?」
「ええ、男の子の格好をして生活するあなたに興味が湧いたの」
「僕は男ですよ?」
身じろぎしながらシンは体を両手で覆い隠した。
どこでバレた? その表情にはそう書いてある。
「安心なさい。別にとって食べやしないわよ。こんな環境で女だって言い張って生きていく方が大変だものね」
あたしもそうだったわ、と付け足してアスカは席に着いた。
「はぁ……」
シンは黙りこくりながら、この人と一緒に生活して大丈夫だろうかと不安を覚えた。
翌日から、シンは今までと全く違う格好をさせられた。
「あの、アスカさん」
「これからはお姉ちゃんって呼びなさい」
圧迫面接さながらの威圧で、アスカはシンに呼びかける。
「お姉ちゃ。これ、恥ずかしいよぉ」
「良いじゃない。似合ってるわよ?」
「でもぉ」
シンはスカートを履かされていた。
薄汚れたオーバーオールから一転、純白のワンピースに真っ白なポーチ。
ポーチの中から真っ黒なピッキーが外の世界をのぞいていた。
「アスカさん、そちらのお子さんは?」
受付のシホは見慣れぬ少女を前に同行者に尋ねた。
「シンよ。似合うでしょ?」
「お姉さん、助けて」
「それはそれは何とも……ごめんなさい、シン君私の力では助けられそうもないわ」
「うぅ……ぐすっ」
「泣かないで、シン」
泣かしたのはお前だろがよ。シホはアスカを呆れたように見つめながら内心でぼやいた。
少女趣味があるとは聞いていたが、少年を女装させるだなんて思いもしなかった。
シホは内心でドン引きしていた。
そしてちょびっとだけ、シンを可愛いと評価していた。
「シンはいつもどんなご飯を食べてるの?」
「串肉を買って食べてるよ」
「じゃあ、今日からそれは無しね?」
じゃあ何で聞いたのか。シンは納得いかない様に無言で訴える。
案内されたのは高級そうなレストラン。
そこで今日こんな格好をさせられたのかとシンは初めて納得した。
そこの客達は皆きらびやかな格好をしており、もしも普段着で連れてこられていたら悪目立ちしていたのはシンの方であったろう。
「いつものお願いね」
「お連れ様もでございますか?」
「大丈夫よね?」
シンは何が何だかわからず頷いた。
出てきたのは旨味の強そうな匂いを放つ肉の塊だった。
食欲をそそるソースが何とも空腹を誘う。
「いただきましょう」
アスカは促すが、シンは食事に手をつけない。
理由を察したアスカは、自分で食べて、それとなく食べ方を教えた。
今まで串焼きしか食べたことのなかったシンは、カトラリーの扱い方も当然わからない。アスカが気を利かせてくれたおかげで、恥をかかずに食事を始められた。
「うわっ」
そこで味わった味覚は一生忘れられないほどに濃密で、死ぬまで忘れないものになった。
「どう、美味しいでしょ? これはどこの部位かわかるかしら?」
アスカの意地悪な質問に、シンは首を横に振るばかり。
今まで食べてきた串焼きの部位だってわかりやしないのに、どこがどこの部位なんて答えようがなかった。
だが、アスカが好んで食す部位だけは知っている。
ゲテモノ喰いの代表格。心臓だ。
それもモンスターの血の滴る心臓を。
しかし出てきたのは想像よりもまともで、これが噂の部位だとはシンも理解できずにいた。
「心臓、ですか?」
「正解! どうしてわかったの?」
「お姉ちゃんの噂は有名ですから」
「敬語になってるわよー? あたしには敬語使わなくて良いって言ったでしょ?」
「でも……」
「これはね、命令なの。わかった?」
「はい」
「そこはわかった、と言ってちょうだい」
「わかった」
「ヨシ!」
どこに地雷が埋まっているのかわからない。そんな会話をやり過ごせば、再び静かな食事が始まった。
今のシンにとって、目の前の料理はゲテモノとは程遠い美味しすぎる料理にしか見えなかった。
行儀が悪くても良いなら、ソースの一片まで舐め尽くしたいほどにその料理は美味だった。
「美味しかったー」
「ふふ、満足いただけてよかったわ」
血の様に真っ赤なドリンクを流し込むアスカ。
芳醇な葡萄の香りに混ざってどこか血生臭が漂う。
気のせいじゃなければモンスターの血を使っているのは嗅覚の鋭くないシンでもわかるものだ。
だが嫌な顔はしない。
もしかしたら美味しいかもしれないからだ。
先ほどまでの料理のどれもが美味しかった。
だから香りに雑味を感じても、それはアクセントだと思う様にした。
「シン、この飲み物が気になる?」
「お姉ちゃんが好きで飲んでるもの、僕が嫌うはずないじゃない」
「私の前では私と名乗る様になさいねー」
「僕のままじゃダだめぇ?」
一人称まで指定されるのは納得できない。
まるで過去の自分を全否定されるみたいでシンは納得できずにいた。
「ま、まぁ今日のところはいいでしょう」
アスカは何度も咳を切り、顔を赤くしながらグラスを傾けた。
なぜ見逃されたのか、シンはよくわからないままグラスに注がれたジュースを口に運ぶ。
そこには微かな血の生臭さに混ざって、野菜と果物のフルーティさが加わった複雑な味がした。
「あ、うん。そういうことか」
血の味は確かに雑味ではあった。
しかし一口、二口と飲み進めれば野菜の青臭さ、果実の渋みをうまく中和してくれる第三の味覚となって顔を出した。
最初こそ生臭さが気になったが、今ではすっかりこの味がお気に入りになっていた。
複雑な味を知らないシンであったが、またここにきたら苦手意識を持たずに飲み進めることができる感覚を掴んでいた。
それを見るアスカの表情は何かを測るように鋭利であることにシンは気づかなかった。
「体調はどう?」
「特には」
食後、レストランを出るなりそんなことを聞かれた。
意味がわからないシンは、まさかそのまま最寄りのダンジョンに赴くだなんて思いもせずに躊躇する。
「あの、お姉ちゃん。これは?」
「何って、ダンジョンよ。食後は絶対に潜るって決めてるの」
だったら一人で潜って欲しい。
シンはただでさえ無防備な格好をしている自分を思い浮かべ、不安を過らせた。
「大丈夫よ、今のあなたとピッキーは一心同体になっているから」
「え、それってどういうこと?」
「この姿は、他人にあまり見せたくなかったんだけどね。特別にシンにだけ見せてあげるわ」
一人話を進めていくアスカ。
話についていけないシンは立ち尽くし、目の前で起こっている現象を見守ることしかできなかった。
「チャリオット、レディ」
腰から短剣を引き抜く。
否、それは短剣ではない。
銀の短剣がどろりと溶け落ち、それは肥大化した。
アスカの体が真っ黒のボディスーツに覆われる。
その上から銀色のアーマーがスーツを覆った。
その銀色の形状は先ほどの短剣のような鋭利さを併せ持っていた。
「と、まぁこれがあたしのバトルスーツよ」
ヒュカッ。
腕を振るうだけでブレードが空を割いた。
そのブレードはスライムなのだろう、自在に形を変えては全く別の武器となった。
アーマーも軽装から重鎧まで千差万別である。
「あの、これを僕に見せた理由は?」
「シン、ピッキーはレア個体よ。今回あたしが派遣されてきた理由は、それの扱い方をあなたに教えるためだったの」
「ピッキーが?」
実感が湧かない。先ほどのアーマーと同じようなことがピッキーにもできる?
「実はあたしの異能も、最初はテイマーと断じられたのよ。そのせいでえらい遠回りをさせられたわ」
でも実際は違った。
特殊個体のスライムと一緒に強くなる、バトルライダー。
それが正式なジョブ名であると名乗る。
「僕も、お姉ちゃんと同じ力を?」
「ええ、でもそれを扱うにはそれなりに厳しい修練が必要なの。誰でも簡単になれるものではないわ」
「ですよね……」
そんな上手い話があるわけがない。
シンは自分に秘められた能力があるとわかっただけでも前向きになれていた。
「でもその試験を見事パスして見せた。シン、あなたは伸びるわ」
「え?」
そんな試験、いつしたのか?
何だったらレストランでおいしい食事をしたぐらいしか思い出せない。
「あ!」
「気付いたわね? そう、修練とはモンスターの血肉を食せるかどうかなのよ。あなたはあの料理を食べてどう思った?」
「説明を切った時は気持ち悪かったですけど」
「食べてみたら案外美味しかったんじゃない?」
「はい!」
「本当はね、この素質に開花する子は珍しくないの」
「そうなんだ」
しゅんとするシン。
自分だけが恵まれた環境にいるわけではないと聞いてがっかりした。
自分はその中でも落ちこぼれなんだ、と自己評価はどんどん下がっていく。
「でも、この修練をパスできる人ってとても少ないの」
「じゃあ、僕は?」
「合格よ。もし不合格だったらここには連れてこなかったもの」
「僕は、ハンターになれるんですか?」
「すぐに強くなれるわけではないわ。道は険しく厳しいものよ。それでもやりたい?」
「はい!」
自分だけならいい。けどピッキーにもっと美味しいものを食べさせてあげたいと願ったシンは、その質問に声高々に返事をした。
「ぴー!」
シンクロするようにピッキーも答える。
その駆け出しコンビを見て、チャリオットと名付けられたスライムもやる気を見せていた。
僕は異端なスライム使い めいふたば @mei-futaba
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