第2話


 あくる日の朝。


 窓の外がまだ暗いうちから目覚めた俺は、本当に【神の目】が使えるのかと思って自身を鑑定してみたら、ちゃんとできたのでホッとしたところだった。


 俺はハンターなんだ。遂に念願のハンターになれたんだ。まだ免許がないので正式なハンターではないが、この事実はカフェインなんかよりも強力に意識の覚醒を促進する。


 昨日のようなミニゲームは提示されなかったものの、心配はしていない。今後なんらかの形でまた表示されるはずだと感じていた。


 それに、今は新しい能力に期待するよりも、まずはこの能力を使いこなすのが肝要だろう。あるいは、それこそが新しいミニゲームを出すためのトリガーかもしれないんだからな。


「…………」


 全身が映る鏡台で自分の制服姿を見つめていると、かつていじめっ子に何度もへし折られた鼻の奥が疼いた。


 今日、久々に学校へ行くってこともあって、胸の高鳴りは相当なものがあった。気づけば足が震えてしまうほどだ。


 学生服には皺もなくて、アイロンが隅々までしっかりかけてあるのがわかる。


 あれから学校に行かなくなっても、ちゃんと用意してくれてたんだな。


 母親といっても、所詮は他人なのに。母さんも父さんも、こんな俺なんかのために毎日身を粉にして働いてくれている。


 俺はずっと引きこもってきたことで、どれだけのことを置き去りにしてきたんだろう。どれだけの人を傷つけてきたんだろう。何よりも、自分自身を。


 でも、今からでも遅くはない。取り返そう。奪われてきた大事なものを。


 大切なものを守り、邪魔なものをすべて排除するために、俺は今日から生まれ変わるんだ。


 ありがとう、みんな。俺はこれから家族以外の誰を傷つけることも厭わない。



 朝食を取り家を出た俺は、いつもの道を歩いて、バスに乗って学校へと向かう。


 金木犀の香り、バスの中から見る風景、何もかもがとても懐かしい。


 最寄りの駅まで着くと、その足で学校まで歩いていく。


 ……なんだ、拍子抜けするくらい簡単じゃないか。


 どうして今までこんなことができなかったのか、不思議になるくらいスムーズだった。


 すると、さっきまで感じていた緊張感が、スッと期待感へと変わっていく感覚がして俺は心地よかった。


 なのに足の震えが止まらなくて、なんでだろうと思ってたら、すぐにわかった。武者震いってやつだ。


 輝くような朝陽を浴びながら、俺はキラキラとした希望で胸を膨らませていた。まるで、小学生の頃に戻ったかのようだ。友達マイナス100人できるかな。


「やってやる、やってやるぞやってやる。やってやるぞ……俺はやってやるんだ……」


 いよいよ学校――悪の総本山が近づいてきたので、俺は軋むような高揚感を抑えられずにいた。嬉しすぎて胸のあたりに疼痛を感じるほどだ。


 修羅の門を潜ると、周りからの視線をひしひしと感じるとともに、ヒソヒソと声が聞こえてきた。


――ねえ見てよ、あいつ来てる。


――ああ、1-Cのやつ?


――そうそう、いじめられっ子の梶原道明君。


――へえ、まだ自殺してなかったんだ。


――とっくに死んだと思ってた。


――あーあ。これから地獄だぞ。


「…………」


 この通り、ネガティブな声がほとんだ。それも当然だろう。


 俺が受けてきたいじめは、いじめというものの範疇を遥かに超えるものだ。


 いや、いじめという言葉自体が、人でなしの犯罪行為を巧みに隠蔽しているものといえるだろう。


 今の時代のいじめはもっと複雑で陰湿で暴力的で、しかもハンターが絡んでいる。


 いじめの主犯格であるリュウジ――淵野竜士ふちのりゅうじは、ハンターではないものの、ハンターの親戚がいるんだ。


 学校内におけるハンターの存在自体、まだまだ珍しい昨今において、ハンターの親戚がいるっていうのはそれだけ強い影響力を誇れるってわけだ。


 もちろん、俺はまだハンターになったことを公表するつもりはないし、その義務もない。


 ハンターはその力を発揮すればすぐ周囲に気付かれるが、その中でも俺は稀といわれるユニーク系だ。


 だから俺はその存在を隠蔽しつつ、学校に巣食うウジ虫どもを逃さず、余すことなく駆逐することができるだろう……。





「「「「「ザワッ……」」」」」


「…………」


 1-Cの教室に入ると、俺は自分の机がどこにあるかすぐにわかった。


 手厚いことに、目印にと花瓶が置かれていたんだ。おそらく、葬式用の菊の花でも飾られていたものの、枯れてしまって腐敗臭がしたので片付けられたんだろう。


 机には『頼むから死んでくれ』だの『一刻も早く自殺してくれ』等、ありふれた文句が書かれていて、とても懐かしい気分に浸ることができた。


「お、ミチアキ。久々に学校来たのか――」


 席に座ると、真っ先に笑顔で声をかけてきたフレンドリーな生徒がいた。彼の名前はリュウジ。紛れもなく、凄惨ないじめの主犯格だ。


「おい、何ジロジロ見てんだよ、虫けらのミチアキ君――」


 俺に向かってありったけの文句を並べたあと、俺が黙ってるのが気に食わなかったのか、苛立った顔を近づけて凄んできた。


「…………」


 さあ、【神の目】の能力を試すときがきた。たった十秒見つめながら消失を祈るだけで、やつは死ぬ。


消えろ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ、消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えて消えてくれ頼む、消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えてくれ消えて――


「うっ……⁉」


 リュウジはカッと目を見開いたかと思うと、跡形もなく消えていった。まるで、神隠しにでも遭ったかのように。

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