第2話 ルーズハルト4歳

「おはようルー、エミー。今日もとってもいい朝よ。」


 いつものように母の手によりカーテンが開けられ、少しだけ緩く建付けの悪い木製の窓がカタカタと音を立てながら開け放たれる。

 外から差し込む暖かな日差しと、少しだけ肌寒いが春の到来を思わせるような清々しい風が、部屋全体に行き渡る。


 ルーとエリーはまだ覚めやらぬ眼を擦り、ゆっくりと意識を覚醒させていく。


「おはようママ。」


 先に意識を覚醒させたのはエミーだった。

 真一がルーズハルトとしてこの世界【イグニスタ】に生を受けてから、早くも4年の日々が過ぎようとしていた。

 彼女の名は【エミリア】。

 ルーズハルトとともに、この世界に生を受けた双子の妹だ。

 エミリアは幼いながらに成長を遂げ、美幼女と言っても過言ではない!!と父【ルーハス】は、拳に力を込め力説していた。

 そんな父を諫めるようにする母【オーフェリア】


 それがルーズハルトの日常であった。


「おはようママ。」


 ルーズハルトも意識を覚醒し、満面の笑みを浮かべるオーフェリアと挨拶を交わした。


「それじゃあ二人とも一緒に顔を洗いに行きましょうね。」


 二人はオーフェリアに手を引かれ、キシキシと足元で軋む木の床をトテトテと歩いていく。

 ルーズハルトとしては、やっと慣れてきた感覚であった。

 身体が小さくなったためか、当初は真一としての感覚とのギャップにかなり違和感を覚えていた。

 ただ、4年もの月日が経つに従って、その違和感は和らいできていた。


 流石にまだ扉の取っ手を回すことは叶わず、母によって開けられたが、その際エミリアの手を離すことになり、エミリアはどこか寂しそうにしていた。


 ルーズハルトの家は平屋作りで、お世辞にも広いとは言い難かった。

 2つの寝室とダイニングルーム。

 簡単なキッチンと浴室とトイレと洗面所。

 真新しいとは言えず、どれも使い込まれたものであった。

 ただ大事にしているのが伝わる程に手入れが行き届いており、きれいに輝いて見えた。


 オーフェリアに連れられ、二人は洗面所へとやってきた。

 そこには二人の背丈より高い位置に洗面台が据付られており、大人の二人が使うには丁度よいが、ルーズハルトたちにはやはり高すぎていた。


「じゃあ二人とも台を準備して。」

「「はーい!!」」


 二人は元気よく挨拶すると、近くに立てかけてあった木製の踏み台を取りに行く。

 流石に一人で持ち上げるには大きいが、二人で力を合わせればなんとかなる大きさだった。

 これも二人の日課で、息を合わせて持ち上げる。


「いくよるーくん。」

「うん、えみー。せ~の!!」


 うんしょうんしょと運ぶ二人の様子に、目を細めるオーフェリア。

 それもそのはずで、この踏み台は二人で持てるギリギリの重さに調整されていた。


「ふたりとも凄いわね!!」


 そんなこととはつゆ知らず、オーフェリアから褒められた二人は誇らしげに照れ笑いを浮かべていた。


「それじゃあ順番に顔を洗いましょう。先ずはエミーからね。」


 エミリアは、少し高めの台に頑張って登ってみせた。

 そうすると、先程までみあげる位置にあったの洗面台が、自分の使いやすい高さに変わって見えた。

 エミリアの正面には、青い宝石の付いた筒状の物が下に向かって折れ曲がっている。

 エミリアは戸惑うことなくその宝石に触れると、目を閉じ言葉を紡ぐ。


「みずよきたりてわがまえに。」


 するとどうだろうか、折れ曲がった筒から透明な液体が流れ出してきた。

 洗面台には既にオーフェリアによって桶がセットされていた。

 液体はその桶を満タンにする頃には徐々に勢いを失い、やがて止まったのだった。


「(どっからどう見ても水道の蛇口だよな?)」


 これがルーズハルトの感想であった。


「(あの時もそうだった……)」


 この魔道具を初めて見た時の驚きようといったらなかったのが記憶に新しいルーズハルト。

 あまりの驚きに思わず「あ、蛇口か……」と言葉にしてしまい、オーフェリアが不思議に思い首を傾げていた。

 慌てて誤魔化すようにルーズハルトは逃げ出してしまったのだ。

 だがその言葉を聞き逃さなかった人物がいた。

 エミリアだ。


 自室に戻って心を落ち着けついたルーズハルトに、エミリアが話しかけてきた。


「ねぇ、さっきの【じゃぐち】ってなぁ~に?」


 エミリアの質問に更に慌てふためくルーズハルト。

 どうやってこの場を乗り切ろうかと思考を巡らせていたときであった。


「せんをひねっておみずがでるもの……だよね?」


 ドキリと心臓が飛び跳ねるかの思いをしたルーズハルトは、エミリアの方をうまく振り向けなかった。


「ねぇ、あなたはいったいだれなの?」


 幼女とは思えない言葉遣いに、ルーズハルトは驚きを隠せなかった。

 何よりもエミリアが使っていたのは【日本語】だったからだ。


「エミーどうしてその言葉を?」


 ルーズハルトもそれに合わせて言葉をかわす。


 何年も聞いていなかった懐かしい言葉。

 そして唐突に答えに行き着いたのだった。

 とある駄女神の言葉を思い出して。


「もしかして……綾?」

「うん、そうだよ。君は……シンちゃん?伊織くん?」


 コテンと首を傾げるあざとい仕草をみて、確信したルーズハルト。

 間違いなく眼の前にいたのは綾本人だと。


「真一だよ……」


 絞り出した答えにエミリアは、満面の笑みを浮かべてルーズハルトに飛びついたのだった。


「シンちゃん!!よかったょ〜〜」

  

 そこには妹のエミリアではなく、幼馴染の綾の姿があった。


「(あ、これ……俺の初恋が終わったってことか……)」

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