第3話 望郷の願い

 「(なんてことがあったよぁ~)」


 と、ルーズハルトが感慨深げに考え込んでいると、エミリアは洗顔を終えて台から降りていた。


「次はルー君ね。今度は大丈夫かな?」

「へいきだよ!!」


 オーフェリアが心配そうにしているのも無理はなかった。

 ルーズハルトは、この魔道具をうまく扱えなかったからだ。

 起動することは起動する。

 しかし、安定した出力にすることが困難だったのだ。

 初めて使用したときはあまりにも魔力を込め過ぎてしまい、オーフェリアが慌てて緊急停止させたほどだった。

 次の日に挑戦するも、今度はチョロチョロと垂れてくるだけで、必要分が一向にたまる気配はなかった。

 そういうことが何度も続くと、さすがのオーフェリアも心配になってしまう。

 それもそのはず、今ルーズフェルトとエミリアが使用しているのは、通称〝生活魔法〟に分類される、初期も初期の魔法なのだ。

 この世界では誰しもが当たり前に使える魔法で、魔道具を用いることによって少ない魔力で魔法を発動させ、生活を豊かにしてきた。

 つまり、生活魔法をうまく使えないということは、日常生活が極めて不便になることを示していた。


「ママ、みててよ!!」


 そう言うとルーズハルトは勢いよく台に上ると、青の宝石に手をかける。


「ちょっと待ってルー君!!その魔力量だと!!」

「みずよきたりてわがまえに。」


 ルーズハルトはオーフェリアの静止を待たずに魔法を発動させた。

 結果は一目瞭然。

 溢れんばかりに大量の水が、魔導具から吹き出てきたのだ。

 あたり一面水浸しとなり、ルーズハルトはもちろんのこと、後ろにいたエミリアもまたずぶぬれになってしまった。

 春めく陽気になってきていた為、少し薄着となっていたのが災いし、素肌にぴったりとくっついた衣服は、エミリアの羞恥心をかき乱すのに十分であった。


「るーくんのエッチ!!」


 パチンと乾いた音が響き渡る。

 そのあとに聞こえるどたどたと走り去る音。

 洗面所には左頬に真っ赤な手の跡をつけたルーズハルトと、慌てて緊急停止させていたオーフェリアの姿が残っているだけだった。


「あとできちんとごめんなさいをすること、いいわね?」

「はい……」


 ルーズハルトは桶に溜まった水で顔を洗い、洗面所の片づけの邪魔になるからと、部屋へと戻るように言われた。

 本当は手伝おうと考えていたルーズハルトだったが、何分身体は4歳児。

 出来ることなどほとんどなかったのだ。




「あの子の魔力量は普通じゃないわね。早めに対策しないと大変なことになりそうだわ……」


 ルーズハルトが去った洗面所で一人後片付けをしていたオーフェリア。

 今後のルーズハルトについて心配が募っていた。


「それにしても……コントロールの下手さ加減はあの人に似たみたいね。昔のルーハスを思い出すわ。」


 ルーズハルトを昔のルーハスに重ねたオーフェリア。

 なぜか笑みがこぼれてしまった。


「やっぱり神父様に相談かしらね……」


 百面相とでも言いたげに、オーフェリアの表情はころころと変わっていったのだった。




コンコンコン


「エミー、はいるね?」

「どうぞ……」


 ルーズハルトがエミリアの部屋を訪れると、とても不機嫌ですとアピールするような棘のある返答が返ってきた。

 中に入ると、すでに着替え終わったエミリアの姿があった。

 だがいまだその長く美しい髪の毛は乾いておらず、幼いながらに一生懸命タオルで水分を取り除いていた。


「ねぇ、るーくん。みてないでてつだってよ。うまくふけないの。」


 子供らしく、うんしょうんしょと髪の毛を乾かしていたエミリアだったが、いかんせん身体が小さく届かない場所が存在していた。

 そこでちょうど来たルーズハルトに手伝いを頼んだのだ。

 ルーズハルトとしても断ることなどできるはずもなく、受け取ったタオルでエミリアの髪の毛を拭いていく。


「ねぇ、これ、なんとなくなつかしいね……」


 エミリアの表情はルーズハルトには見えていなかった。

 だがもし見えていたとしたら、おそらく舞い上がっていたかもしれない。

 頬を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに照れているエミリアの表情は、破壊力抜群であった。


「そうだね。ちいさいころよくかわかしてたっけ。」


 ルーズハルトが答えのは真一の記憶の中の話だ。

 幼馴染である綾の家に何度も泊まりに行った時の記憶だ。

 その手にしたタオルを一生懸命動かし、エミリアの髪を乾かしていく。

 その行為が昔の記憶を鮮明によみがえらせていったのだった。


「パパやママ……どうしてるかな……」


 ふいに漏れる綾としての記憶から来る、望郷の念。

 それは敵わぬことと知りつつも、願わずにはいられない思い。


「エミー……」


 ルーズハルトはついエミリアをそう呼んでしまった。

 特に他意はなく、つい漏れ出た言葉だった。


「ルーくん、桜木 綾はもういないんだよね……」

「そうだな。葛本 真一ももういないんだ。俺たちはこの世界で生きていくほかないんだから。」


 言葉にして実感する転生したという事実。

 いくら時間が経とうとも、いくらこの世界の父母を本当の親だと知りつつも、心のどこかで思わずにはいられなかったのだ。

 〝帰りたい〟と……

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