第3話 どぉ〜〜〜ッセイ!!

「で、勇んで着いたものの……、これはかなりやばいな。」


 本陣より駆けつけたルーズハルトの第一印象は最悪であった。

 統制も取れておらず、各小隊がバラバラに動いていた。

 小隊長指揮のもと、ぐちゃぐちゃな指令を行き当たりばったりにこなしている。

 そんな状況であった。


「取り敢えず指揮官のところへ挨拶だな……行きたくねぇ〜」


 現在の状況を鑑みて、どう考えても機嫌が良い訳はないと考えていた。

 そしてルーズハルトには会いたくない理由も存在していた。


「フェンガー……か。絶対絡んてくるんだろうな。しゃーない、行くか……」


 ルーズハルトは独りごちると、重い足取りで指揮官フェンガーの元へと向かった。

 これだけの混乱だからなかなか見つからないと思っていた。

 しかしその予想は簡単に覆された。

 ルーズハルトの前方から、何やら騒がしい一団が向かってきた。

 その一段の戦闘を歩く男が声を荒げ、何かを騒いでいた。


「あの声は……いたよフェンガー……」


 とても嫌そうな表情を浮かべたルーズハルトに気がついたフェンガーだったが、その正体に気がつくことはなかった。


「おいそこの貴様!!何をほおけている!!すぐに前線へ向かえ!!」


 苛立ちを隠そうともせずにルーズハルトとすれ違い、更に後方へと向かったフェンガー。

 そんな彼を横目にしながらため息をつくルーズハルト。

 なんとも言い難い再会であった。


「まぁ、気付かれたら気付かれたで面倒だから、ある意味助かったのか?」



 まあいいかと気を取り直したルーズハルトは、そのまま前線に向かった。

 前線では怒号と悲鳴が交錯し、戦況の把握は著しく困難を極めた。

 この中から前線の指揮官を探さなくてはならず、既に面倒臭すぎて、今すぐ帰りたい気分でいっぱいだった。


 徐々に後退を続ける部隊に違和感を覚えたルーズハルト。

 そして陣の最前列に到着したときにその理由を理解した。


「あのバカ、負傷兵を肉壁にしやがった!!」


 ルーズハルトに湧き上がる怒気に、周囲にいた兵士たちが一斉に硬直した。

 その兵士たちもきれいな鎧を身にまとい、明らかに戦闘をした形跡が見られなかった。


 ルーズハルトは、その騎士たちを蔑むように睨みつける。

 一瞬ビクリとした騎士たちだったが、口々に「命令だから仕方ない」と繰り返していた。

 悪態をつきそうになるも既のところで堪えたルーズハルトは、その騎士たちからなんとか指揮官の居場所を聞き出した。

 その方向はまさに前線。

 劣化龍種レッサードラゴンどの戦闘区域であった。


「最悪だ!!フェンガーのくそったれ!!後で絶対締める!!」


 ルーズハルトはあまり時間がないと考えて、その場で魔法を発動させる。


魔導装甲マジックアーマー!!」


 ルーズハルトの叫びに応えるように、手甲の宝石が輝き出す。

 その光がルーズハルトの全身を覆うと、すぐにその光を失った。


魔導武装マジックウェポンズ!!」


 またも手甲の宝石が輝くと、今度は手甲そのものを包み込みその形を変えていった。

 両手の手甲から光の剣が伸びていた。


「ほんじゃ、いっちょぶちかましますか!!」


 ルーズハルトは一つ吠えると、一気に前線へ向けて駆け出した。

 そばで見ていた騎士はその光景に驚きを隠せなかった。

 ルーズハルトが駆け出した瞬間に、その姿を見失ったのだ。

 あとに残された土埃と風圧が、つい先程までルーズハルトがそこにいたことを教えていた。


——————


「前衛は無理をするな!!防ぐだけでいい!!魔導士は無理にダメージを与えなくていい!!牽制に注力しろ!!弓兵!!有るだけ矢を放て!!符術士はエンチャントを忘れるな!!」

「ラインバッハ様、回復ポーションとマナポーションが底をつきそうです!!」


 ラインバッハは、今まさに戦場の真っ只中にいた。

 前方には強力な魔物である劣化龍種レッサードラゴンの姿があった。

 劣化龍種レッサードラゴンの攻撃は苛烈を極めるモノの、龍種特有のブレス攻撃が出来ないという欠点を抱えていた。

 しかし、その体高5mを超える巨体を生かした体当たりや、上空からの急降下攻撃によって苦戦を強いられていた。

 今はなんとか抑えて入るものの、それもギリギリになりつつあった。

 フェンガーが指示した撤退戦のために、後方へ向かう騎士たち。

 その際、撤退戦の移動用にと、なけなしの物資を持ち出していったのだ。

 おかげでラインハルトの部隊には、どうにかこうにかギリギリ確保できた物資しかたかったのだ。

 それでもなんとか劣化龍種レッサードラゴンを抑え込み、物資の節約に努めてきた。

 だが頼みの綱の物資も枯渇寸前状態。

 あとは死を待つだけの状況に陥っていた。

 普通であればあとはバラバラに逃げ惑うか、死を覚悟して諦めるかの二択である。

 しかしこの隊はそれでもギリギリのところで士気を保っていた。

 ひとえにラインバッハの人徳がなせる技である。


「ラインバッハ様……物資枯渇しました……。ご決断を……」


 部下からもたらされた終焉の鐘。

 ラインバッハといえども、物資がなければどうにも出来はしない。


「そうか……ならばお前たち、一刻も早くこの場を離れなさい。守れる者たちを全力で避難させるのだ。これは命令だ!!」


 誰にも何も言わせない迫力で、ラインバッハは部下に迫る。

 部下たちも死を覚悟していたのか、お供しますと言いたげであった。

 だがラインバッハの気迫がそれを許さなかった。


 部下たちは涙ながらにラインバッハに別れを告げ、小隊を再編成。

 動けるものは皆散り散りに逃げることとなった。

 少しでも生存率を上げるために。


「すまなんだな。お前たちは逃してやれそうもない。不甲斐ない指揮官と笑ってくれ。」


 移動も敵わない負傷兵たちは己の死期を悟った。

 だがそこには俯いた人間など一人もいなかった。


「副隊長、どうせこの身体では逃げることはできません。ならば最後まで騎士として戦い、あいつらの逃げる時間くらい稼いでやりましょう!!」


 そうだそうだと上がる声に、ラインバッハは目頭が熱くなった。

 だが部下の手前涙を見せるわけにもいかず、精一杯の虚勢を張る。


「お前たち……ならば共に参ろうぞ!!第3騎士団第3大隊第5中隊、副隊長!!ラインバッハ!!いざ尋常に推して参る!!」


 ラインバッハは愛馬に活を入れ戦場に躍り出る。

 その手に長年連れ添った愛剣を携えて。


「どぉ〜〜〜ッセイ!!」


 そんなラインバッハの決意などものともしない、なんとも間抜けな掛け声が戦場に木霊した。

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