ウチの猫はニャーとは鳴かない

@JULIA_JULIA

第1話 ウチの猫

 中学からの帰り道、じきに自宅に到着しようかというタイミングで、目の前に一匹の黒猫が現れた。ターコイズブルーの瞳を持つ、短毛種。その猫は、ウチで飼っているダマシヤだ。念のために断っておくが、ダルメシアンではなく、ダマシヤである。ダマシヤというのが、ウチの飼い猫の名前なのだ。ちなみにオスである。


「なぁー・・・。なぁー・・・」


 ダマシヤが鳴いた。些か野太いながらも、それなりに甘い声で鳴いた。彼は、『ニャー』とは鳴かない。鳴くときは大抵『なぁー』だ。そんなダマシヤは俺へとすり寄ってきて、自身の体を俺の足に擦りつける。甘えたいのだろうか、それとも甘えさせてくれるのだろうか。とにかく愛嬌を振り撒いてくるダマシヤに対し、俺は言う。


「なんだよ、気持ち悪いな」


 なんとも辛辣な言葉。しかしながら、俺は猫がキライなワケではない。これには、ちょっとした理由があるのだ。いや、それなりの理由があるのだ。


 するとダマシヤは俺から離れ、自宅へと歩いていく。自分の存在を見せつけるように、のそのそと歩いていく。なんとも、ふてぶてしい歩き方。ダマシヤは偉そうな猫である。尻尾をピンッと立てているせいで、肛門が丸見えだというのに。更にいえば、立派な睾丸も丸見えである。裸の王様ですら、それらのモノを見せることはなかっただろうに。


 程なくして、自宅へと辿り着いた俺。玄関の鍵を開けると、家の中からドタドタとした足音が聞こえてきた。そして独りでに扉が開く。


「おかえり! た、大変よ、修治しゅうじ!」


 大層慌てているのは、俺の姉貴である。わざわざ玄関扉を開けてまでの出迎えをするとは、何事だろうか。


「ダマシヤが・・・、ダマシヤが・・・」


 どうやら姉貴はダマシヤを探しているようだ。彼なら、つい今しがた帰宅した筈である。猫用の入り口を使って帰宅した筈である。すれ違いになったのだろうか。


「アイツなら、さっき───」


「ダマシヤが、修治しゅうじのオヤツを───バウムクーヘンを食べちゃったみたいの!」


 ・・・アイツ、ぶち殺す。


 俺は通いたくもない中学校に日々通い、心身ともに疲れている。そんな疲れを癒すために、帰宅後のオヤツは欠かせない。それを奪ったというのなら、ソイツは万死に値する。たとえそれが、猫であったとしても。


 ましてやバウムクーヘンともなれば、尚更だ。それは俺の大好物の一つである。よってダマシヤは死刑である。そういえば、さっき俺に対してベタベタと接してきていたが、あれは許しをうための態度だったワケか。しかし、許すつもりなどないがな。


 急いで二階の自室へと入り、手早く着替える。最強のファッションである、スウェットに。そうして俺はダマシヤの捜索を開始する。どこに逃げようとも必ず捕まえる、絶対に逃がさない。俺は、ダマシヤを地の果てまでも追い詰める覚悟を決めているのだ。


 しかし、そんな覚悟は微塵も必要なかった。ダマシヤはリビングにいたのだから。座布団の上にて、呑気に腹を見せて寝転がっていたのだから。猫だけに、寝転がっ・・・、いや、なんでもない。


「コラ、テメェ! 俺のバウムクーヘンを勝手に食うんじゃねぇ!」


 俺の怒声を耳にしたダマシヤは、コロンと転がり、チョコンと座る。


「なぁー」


「そんな甘い声を出しても駄目だ! 許さねぇからな!」


「なぁー」


「全く! とんでもない奴だな!」


「なぁー、あんまり怒るなよ。カリカリしてると長生きできないぞ。あ、カリカリ食べたいなぁー。文香ふみか、カリカリ出してくれ」


 なんとも流暢に言葉を発したのは、ダマシヤである。彼は猫なのに、会話ができるのだ。ちなみに文香ふみかとは、姉貴のことである。そしてカリカリとは、猫用のドライフードのことである。


「俺のバウムクーヘンを食っといて、カリカリまで食うのか!? どんだけ食べるんだよ!」


「うるせぇなぁー、オイラの体は燃費が悪いんだよ」


「オマエは一日中、なんにもしてないだろうが! 燃費もクソもねぇだろうが!」


「はぁ? パトロールをしてるだろ? この近辺で可笑おかしなことがないか、見回ってるだろ?」


「この辺で可笑おかしいのはオマエだよ! オマエの存在だよ!」


 ダマシヤは猫であるが、猫ではない。まるでトンチのようなことを言ってしまっているが、そうなのだから仕方がない。彼はいうなれば、宇宙猫である。宇宙人ならぬ、宇宙猫である。


 三年前のある日のこと。ダマシヤは突然ウチにやって来た。いや、そのときにはダマシヤという名前ではなかった。いやいや、名前というモノを持ち合わせてはいなかった。なんやかんやあって、俺がダマシヤという名前を付けたのだ。


「とにかく、俺のオヤツを食ったことは許さねぇ! 今日という今日は、ぶっ殺す」


 オヤツの恨み、晴らすまじ! いや、マジ晴らす!


「なぁー。そんなモン、また買ってくればイイだけだろ?」


「じゃあオマエが買ってこいよ!」


「別にイイけど。・・・ホントにイイのかなぁー?」


「良くねぇよ! そんなことしたら、大パニックになるだろうが!」


 そう。喋る猫が現れたとなると、それはもう大変な騒ぎになること間違いナシだ。その上、買い物までするとなると大パニックを免れない。


「オマエが言い出したクセにキレるなよなぁー。逆ギレか?」


「とにかく俺のオヤツを食うんじゃねぇ! 分かったか!」


「チッ! みみっちい奴だなぁー」


「みみっちくて結構! 意地汚いよりはマシだ!」


 そうして俺はバウムクーヘンを買うために、自室へと戻って財布を手に取り、すぐに外出した。ダマシヤをぶち殺すと思ってはいたものの、実際にそんなことをするつもりは、さらさらない。ただ思っただけだ。そうだ、思っただけなのだ。


 ここで一句。殺したい、あぁ殺したい、殺したい。


 ・・・本当にぶち殺したい。あぁ、ぶち殺したい。






 自転車を飛ばして二分弱、スーパーへと到着。店内に入ると早足に切り替え、お菓子コーナーへと直行。するとその道中、見知った顔に出くわす。近所のお婆さんだ。


「あらあら。こんにちは、しゅうちゃん。ダルメシアンは元気にしてる?」


 お婆さん、ウチにいるのはダマシヤですよ。ダルメシアンは犬の種類です。


 どういうワケか、お婆さんはダマシヤのことをダルメシアンと呼んでいる。まぁ、ダルメシアンという単語を早口で言えば、ダマシヤに聞こえなくもない。いや、そうでもないか。


 お婆さんと二言、三言、軽い会話をしてから、再びお菓子コーナーを目指す。しかしそこに、バウムクーヘンはなかった。いくら探そうとも見当たらなかった。売り切れてしまったのだろうか。


 クソォッ、ダマシヤのヤツ! やっぱり、ぶち殺す!


 しかし俺は、すぐに思い直す。そしてパン売り場へと足を運ぶ。すると程なくして、バウムクーヘンを発見。そうして俺は、念願のオヤツを手に入れた。






 帰宅してリビングに行くと、ダマシヤがガリガリを食っていた。カリカリではなく、ガリガリだ。ガリガリとは、アイスキャンデーの種類のことである。その棒をなんとも器用に左手で握り、食っていた。いや、左の前足と言うべきか。ちなみにダマシヤは今、これまた器用に後ろ足だけで立っている。流石は宇宙猫。


「おい、カリカリを食うんじゃなかったのか?」


「それはもう食べたなぁー。これは、デザートだなぁー」


 だったらその前に食った俺のオヤツは、なんなんだよ? 食前酒ならぬ、食前菓子か? 全く、いい加減な奴だ。


 というか、姉貴はダマシヤのことを甘やかし過ぎではないだろうか。彼の言うままに食べ物を与えていたら、ウチの家計が破綻するのではないだろうか。


 しかし、そんな心配は無用の長物である。なぜなら・・・。


「あー、そうだ、文香ふみか。今月分の生活費、オマエの口座に振り込んどいたからなぁー」


「あら、ありがとう。今月もご苦労様です」


 なんとなんとダマシヤは、我が家で一番の稼ぎがしらなのだ。


 ありがとうございます!



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