第26話 腕相撲で勝負
ある日の体育の授業時間。
屋外で陸上競技の予定だったのだが、外は激しい雨が降っていて、男女ともに授業は中止、教室で自習となっていた。
課題も特に出ていないので、みんな友人同士で談笑したりして、適当に時間を潰している。
ふと見ると、机を挟んで腕相撲を始めた連中がいた。
腕相撲か。俺はあんまり腕力に自信ないし、やっても微妙な結果になるだけだよな。
傍観者に徹しておこう、なんて思っていると、川田の馬鹿が妙な事を言い出した。
「どうせなら、クラス全員でやろうぜ。男女混合でな!」
男子の一部が歓声を上げ、女子の一部がブーイングの声を上げる。
あとは面倒くさそうにしてるやつらと、周りの反応をうかがってキョロキョロしているやつらが半々ぐらいか。
俺は前者で、面倒でたまらないと言った顔をしていた。
すると川田が、野郎連中にだけ聞こえるように、やや声を潜めて言う。
「くくく、どうだ、この俺のナイスなアイディアは? 腕相撲なんざやっても面白くもなんともねえが、女子が混ざるとなると話は別だぜ! 合法的に女子の手を握れるチャンス!」
……それが目的か!
さすがは川田、こういうくだらない事を思い付くのにかけては、他者の追随を許さないな。
興味がなさそうにしていた連中まで、なんだかソワソワしてやがる。
まったく、どいつもこいつも困ったもんだぜ。女子の手なんか握っても別に楽しくなんか……。
「永瀬、あたしと勝負しよ」
「えっ?」
声を掛けてきたのは、金髪のヤンキー、田所だった。
俺の向かいに座り、机の上に肘をついて、右手を差し出してくる。
「いいけど……お手柔らかにな」
「ふっ、やるからには本気だからね。あたしが勝ったらジュース奢ってもらうよ」
「カツアゲじゃねえか!」
仕方なく、俺も肘をついて右手を差し出し、田所の手を握る。
予想していたよりも柔らかくて小さかったので、ちょっと驚いてしまった。
「あれ? 田所の手って、もっとゴツくて固いイメージだったのに……」
「あんた、あたしをなんだと思ってんのよ!? こう見えてもか弱い女の子だぞ!」
「か弱い女の子……?」
「て、てめえ、腕をへし折ってやる! 覚悟しろやあ!」
怒った田所が吠え、力を込めて俺の右腕を倒そうとしてくる。スタートの合図もなしにいきなりかよ。
だが、俺の腕は動かない。手を抜いているのかと思ったが、そうではないようで、田所は顔を真っ赤にして力んでいた。
「ぬぐぐぐ……! コ、コイツ意外と……つええ……!」
いや、違う。俺が強いんじゃない。田所が弱いんだ。
金髪だし、気が強そうな顔をしてるのに、力の方はマジでか弱い女の子なのか。ちょっとかわいいな。
しばらくしてから、少しずつ腕に力を込めていく。
田所は歯を食いしばってがんばっていたが、やがてこらえきれなくなり、机の上に腕をパタンと倒した。
「俺の勝ちだな」
「ううっ、悔しい……永瀬ぐらいになら勝てそうな気がしたのに」
ふっ、残念だったな。いくら腕力に自信がないとは言え、そうそう女子には負けないさ。
田所が席を立つと、入れ替わりに背の高い女子が向かいに座った。
それは赤毛の長い髪をした女、杉浦だった。机の上に肘をつき、右手を差し出してくる。
「勝負しよ、永瀬。あんたの腕をへし折ったらあー!」
「なんでみんな俺の腕を折ろうとするんだ!?」
断るわけにもいかず、仕方なく杉浦の右手を握り締める。
田所よりは大きな手だが、指が細くて華奢で、全体的に柔らかかった。
俺はなんだか照れ臭かったのだが、杉浦は随分とやる気になっている様子だった。
「私が勝ったら、一日家来になってもらうよー!」
「家来って……戦国武将かお前は」
「へし折ったらあー!」
「うるせえ!」
杉浦が右腕に力を込め、俺の腕を倒そうとしてくる。
身体が大きいだけあって、田所よりは力が強いが……残念ながら、俺を倒せるほどじゃないな。
「ぬぐぐぐ……へし、へし折って……」
「……ふっ」
顔を真っ赤にして歯を食いしばり、力を振り絞っている杉浦の様子を眺める。
相変わらず、胸のふくらみがすさまじい存在感を誇示している。
ずっと眺めていたいところだが、そうもいかない。腕に力を込め、ゆっくりと杉浦の右腕を倒していく。
「はひー、ダメだ、負けたあー」
「負けたヤツが勝ったヤツの家来になる約束だったっけ?」
「それは私が勝った場合だけだよー? さてはエッチな事をさせるつもりだったんでしょー」
俺が勝ってもなにもないのか。勝負する前に約束させておけばよかったな。
クラスの連中もみんな、男女で勝負をしているのかと思い、周りを見てみると。
男同士、女同士で勝負しているのがほとんどで、男女で組んでいるのは見当たらなかった。
あれ、なんでだ? 男女混合で勝負するって話だったんじゃ……。
「女子のほとんどは嫌がってるみたい。普通は男子に勝てるわけないしね。男子達も自分から女子に勝負を挑むのは恥ずかしいっていうのが大半みたいだよー」
「なんだそりゃ。完全に企画倒れだな」
発案者の川田は「俺と勝負しない?」と女子に声を掛けて回っていたが、断られていた。
確かに、女子連中は嫌がるだろうな。勝つ見込みがない上に、男に手を握られるなんて、デメリットしかないし。
「一人だけ、誰の挑戦でも受けるっていうのがいるんだけど……」
「へえ。誰だ?」
杉浦が差した方を見てみると、教室の前の方に人だかりができていた。
そこでは、男女による腕相撲の真剣勝負が行われていた。
「……うりゃっ!」
「ぐはあ!」
「ああっ、ラグビー部の山本に続いて、レスリング部の木村までやられたぞ! 誰か、勝てるヤツはいないのか!?」
「無理だ! ヤツは強すぎる……!」
力自慢の体育会系部活連中を次々と薙ぎ倒しているのは、クラスで一番、ちっこい女子だった。
剣崎真由。握力二〇〇キロ、パンチ力二トンというモンスターパワーの持ち主。
あの小さな身体のどこにそんなパワーが隠されているのかサッパリ分からないが、腕相撲でも無双状態のようだな。
男女で腕相撲なんて、遊び半分の企画だったんだろうに、あのあたりだけガチの勝負をしているようだ。
「あの馬鹿、はりきりやがって。また暴力の化身とか言われるぞ」
「それはよくないよね。じゃあさ、永瀬が助けてあげなよ。幼なじみとしてさ」
「えっ?」
杉浦に手を引かれ、俺は教室の前の方へと連行された。
そこでは、剣崎に負けた連中が腕を押さえてうなだれていた。
勝者である剣崎はタオルで手を拭き、余裕の笑みを浮かべていた。
「はい、次はクラス委員の永瀬君が挑戦するそうでーす!」
「!?」
杉浦が叫び、俺を剣崎の前に押しやる。
周りにいる連中がざわめき、俺に注目してくる。
「ラグビー部やレスリング部が勝てないのに、永瀬じゃ勝負になんないだろ」
「いや、あいつならあるいは……剣崎の幼なじみらしいからな」
「剣崎の弱点を知っているかもしれないわけか。こいつはひょっとするとひょっとするぞ……!」
机を挟み、剣崎の席の向かいに用意された椅子に腰を下ろす。
剣崎はというと、どこか拗ねたような顔で俺をにらんでいた。
「竜子や美里と楽しそうに腕相撲してただろ。このムッツリ」
「見てたのかよ。いや、あれは勝負しようって言われて仕方なく……」
「いいからやるぞ。男子の代表として私を倒してみろ」
「無茶言うなあ……」
剣崎が右手を差し出してきたので、仕方なく俺も右手を出して、剣崎の手を握った。
びっくりするほど小さく、柔らかい。こんな華奢な手で、体育会系の野郎どもを叩き伏せたのか。めちゃくちゃだな。
「さあ、来い、秋洋! あんたの力を見せてみろ!」
「お、おう!」
とりあえず力を込めて、剣崎の手をギュッと握ってみる。
途端に剣崎が頬を染め、腕の力が緩んだような気がした。
だが、コイツのこの腕……すげえ細いのに、ビクともしない。
骨格や筋組織が常人のそれとは分子レベルで違うとしか思えない。
まるで巨木か鋼鉄製のアームを相手に力比べを仕掛けたみたいだ。こんなの、俺の力じゃどうしようも……。
「くっ、さすがだな、秋洋……もう限界だ……!」
「えっ?」
不意に剣崎が妙な事を言い出し、右腕を外側に向けて徐々に倒していった。
俺は全然力を込めてなんかいない。剣崎が自分で自分の腕を倒しているんだ。
やがて剣崎は完全に腕を倒し、俺が勝ったような形を作ってしまった。
「あー、負けちゃったー! やっぱりぃ、私ってば非力でか弱い女の子だからぁ、男子には勝てないなあ。てへっ」
『……』
剣崎が手を抜いたのは、誰の目にも明らかだったので、なんとも微妙な空気になってしまった。
これじゃまるで俺が剣崎と組んでイカサマをやってるみたいじゃないか。
「お、おい、剣崎。わざと負けたりして一体どういう……」
「いや、私は全力でやったぞ? 秋洋が力一杯手を握ってきたりするから力が抜けて……ともかくお前の勝ちだ!」
「えー……」
「つーわけで、男女混合腕相撲大会の優勝者はクラス委員の秋洋だ! ほらみんな、拍手して!」
『……』
「拍手しろよ。全員の腕を折るぞ?」
『!?』
剣崎に脅され、皆は渋々と拍手していた。
こうして俺は、暫定的にクラス内の腕相撲チャンプに認定されてしまった。
いや、なんでそうなるんだよ。またHRの議題にされそうだな……。
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