転生勇者は再び世界を救う

九戸政景

第1話

「ん……」



 目蓋の裏で朝陽を感じ、俺は目を覚ます。目をゆっくりと開けて、体を起こしてから上にグーっと伸ばすと、睡眠中に縮こまっていた体がしっかりと伸びているという感触があり、とても気持ちよかった。



「んー……よく寝たな。さて、そろそろ起き出すか」


 軽く欠伸をしてからベッドから身体を出した俺の目の前に綺麗な金色の毛並みのリスに似た小動物が現れる。



「おはよう、勇矢ゆうや。その様子だとよく眠れたみたいだね」

「おはよう、リッド。まあ、俺が眠れなかった時なんて無いけどな」

「あははっ、たしかに。さてと、そろそろ朝ごはんを食べに行こ。さっき、ちょろっと見てきたけど、お母さんが準備をしてたみたいだからさ」

「そうだな。よし、それじゃあ行こうぜ、リッド」

「うん」



 にこりと笑うリッドを肩に乗せた後、俺はベッドから立ち上がり、そのままドアに向かって歩き始める。そして部屋を出て、階段をゆっくりと降りた後、リビングに入ってみると、そこには椅子に座りながら新聞を読む父さんと朝食が載った食器を並べる妹と母さんの姿があった。


「おはよう、父さん、勇香ゆうか

「お父さん、勇香ちゃん、おはよう」

「ん……ああ、おはよう、勇矢、リッド」

「お兄ちゃん、リッド君、おはよう。今朝の朝ごはんもすごく美味しそうだよ」

「どれどれ……おっ、ほんとだ!」



 勇香の言葉を聞いて俺が期待に胸を膨らませていると、それを見たリッドはやれやれといった様子で首を横に振った。



「“前世”からそうだけど、勇矢は本当に食べるのが好きだよね」

「当たり前だろ。食事は睡眠と同じくらい大事だし、いざという時に腹が減ってたら勝てる勝負も勝てなくなるからな」

「まあ、そうだね。ところで、お母さん。他に何か手伝う事はある?」

「ううん、勇香が手伝ってくれたからもう大丈夫よ」

「うん、わかった。それじゃあ僕達も座ってようか」

「そうだな」


 俺達がそれぞれ座り、並べ終えた母さんと勇香も座ってから俺達は揃って手を合わせた。



『いただきます』



 いつものように声を揃えて言った後、俺達はそれぞれのペースで朝食を食べ始める。


「……うん、今日も美味い!」

「それはよかったわ。リッド君も美味しい?」

「うん、とっても。向こうでも色々美味しい物は食べてたけど、お母さんの料理はそれに負けないくらい美味しいよ」

「ふふ、そう言ってもらえて嬉しいわ。でも、勇矢とリッド君が前に生きていた世界の料理も結構興味があるのよね……」

「たしかに……ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが前世で一番美味しいと思ったのは何?」



 それを聞いて、俺はその頃の事を思い出した。



「そうだな……色々美味い物はあったけど、気持ちとして一番美味いと感じたのは、パーティのみんなと一緒に野営してた時に食ってた物かな。

 

 もちろん、王国の晩餐会ばんさんかいに招かれた時に食った豪華な料理や美食の街で有名なところで食った料理の方が味は良いんだろうけど、只の干し肉や簡単なスープでもみんなと一緒に話をしながらだとすごく美味く思ったんだよな」

「あ、それすごくわかる。やっぱり、一番の調味料は仲の良い人達と一緒に食べる時間なんだなって思ったよ」

「あはは、そうだな。なんか普通に話をしながら食べてるだけなのに、いっそう絆も深まっていく感じもしたよな」

「うんうん。もちろん、たまには喧嘩もしたけど、すぐに笑って仲直りも出来てたし、僕達のパーティは最高のパーティなんだって感じたよ」

「ああ。最高のパーティだったから、どんなに辛い状況も乗り越えてこれたし、誰も欠ける事無く魔王城まで来れた。けど……」



 当時を思い出して俺が少し哀しみを感じていると、リッドは哀しそうな顔をしながら頷く。



「うん……魔王と相討ちになって、勝利の代償として僕と勇矢は命を引き取り、共にこの世界に転生した。ただビックリなのは、僕が前世と同じ“精霊獣エレメントアニマル”としてまた生まれた事かな。向こうと違って、この世界には魔法を使う文化も僕達が魔力を使うために必要な“魔素”が無いのに、僕は精霊獣として勇矢の中にいたし、勇矢は前世と変わらずに会得した魔法を使えるしね」

「だな。それで、俺が物心ついた頃くらいにリッドと再会してこれからの事について話してたら、そこに勇香が来ちゃって、リッドを見られた上に父さんと母さんにすぐ報告された結果、前世で俺が勇者だった事やリッドの事について話さないといけなくなったんだよな」

「そうだな。勇矢とリッドが話す事は俺達にとって突拍子も無かったけど、二人の目は嘘をついてる感じでも無かったし、大事な息子が不安に思いながらも話してくれた事だったからな。それを信じないわけないさ」

「ふふ、そうね。前世で勇者だったとしても、私達にとっては大切な子供な事に変わりはないもの」

「……うん、ありがとう。正直、得体のしれない奴みたいに見られる覚悟もしてたから、みんなが俺とリッドの事を受け入れてくれたのは本当に嬉しかったよ」

「そうだね。勇矢はまだしも、僕はこの世界には存在しない生き物だからね。あの時は不安で押し潰されそうだったよ」

「……そうだろうな」

「でも、結果として僕も家族の一員として受け入れてもらえた。もう感謝してもしきれないくらいだよ」

「そうだな。リッド、この感謝を忘れずにこれからも生きていこうな」

「うん、もちろんだよ!」



 軽く握った拳をコツンとぶつけ合うと、それを見ていた勇香は羨ましそうな顔をした。



「良いなあ……無理だとはわかってるけど、私もリッド君みたいな精霊獣の相棒が欲しいよ」

「うーん……そのお願いを叶えてあげたいけど、精霊獣自体数が少ないし、そもそもその人の魔力と精霊獣の魔力が共鳴しないと僕達みたいな関係にはなれないからね」

「そうだな。今の俺みたいに体内に魔力を構成する器官があれば良いんだけど、勇香には無いみたいだからなぁ」

「うん……それに、その器官はお兄ちゃんとリッド君にしか感じ取れないし、見る事も出来ないみたいだからね。やっぱり、魔法を使う事も精霊獣の相棒を作る事も諦めた方が良いかな」

「残念だけどそうなるな。でも、約束した通り、魔法ならいつでも見せてやるよ。もちろん、ちょっとこの世界で使うには危険な上級魔法や古代魔法以外にはなるけどな」

「うん、それでも良いよ。物語の中にしか無いはずの魔法を見られるだけでもラッキーだからね」

「はは、そうだな」



 勇香の言葉に対して笑いながら答えていた時、母さんはチラッと時計を見てから俺達に声をかけてきた。



「さあ、そろそろ食べ終えちゃいなさい。早くしないと二人が来ちゃうわよ」

「あ、もうそんな時間か」

「それじゃあ早く食べちゃわないとだね」

「そうだね。二人を待たせちゃうのも悪いし」

「だな」



 頷き合った後、俺達は喉につまらせたりしないように気をつけながら急いで食べ終えた。そして、しっかりとごちそうさまを言い、俺とリッドは部屋に戻った。



「ふう……今日も美味かったなぁ。これで今日の学校も頑張れそうだ」

「そうだね。それじゃあ僕は勇矢の中に戻ってるね」

「ああ。もし、授業中に寝そうになったら頼むな」

「はいはい」



 俺の言葉にクスリと笑いながら答えた後、リッドは俺の中に戻っていった。リッド達精霊獣は、身体が魔力で構成されているため、身体を分解する事で、魔力を共鳴させた相手限定でその相手の魔力と融合ゆうごうする事が出来る。


 こうする事で今のように姿を消したり、俺達が使う魔法の威力を底上げしたりもしてくれる。そして、魔力を通じて会話も出来るため、俺は授業中にうっかり寝そうになった時にリッドに起こしてもらうように頼んでいるのだ。



「さて、そろそろ学校へ行く準備するか」



 俺は着替えや今日の授業に使う物の準備を始めた。数分かけてそれを終え、鞄を手に持とうとしたその時、ピンポーンとインターホンが鳴った。



「ん、来たか」

『そうみたいだね。それじゃあ早く鞄持って行こっか』

「だな」



 鞄を持って部屋を出て、母さんから弁当を受け取った後、玄関へ向けて歩き出した。玄関を開けると、そこには二人の人物の姿があった。



「おはよう、真王まお恋香れんか

「ああ、おはよう」

「おはよ、勇矢。あれ、勇香ちゃんはまだ?」

「ああ、みたいだな。でも、すぐにあいつもく──」



 その時、後ろから走ってくる足音が聞こえ、俺は苦笑しながら振り返る。すると、そこには息を切らす制服姿の勇香の姿があった。



「はあ……はあ……お、おまたせ……」

「おはよう、勇香」

「勇香ちゃん、おはよう」

「あ……真王君、恋香ちゃん、おはよう……」

「おいおい……結構息切らしてるけど、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……」

「それなら良いけど……まあ、勇香も来たし、そろそろ行くか」



 その言葉に三人が頷いた後、俺と勇香は家の中にいる母さん達に行ってきますと声をかけてから外に出て、真王達と一緒に話をしながら学校に向けて歩き出した。


 王前真王おうまえまお広井恋香ひろいれんかは幼稚園の頃からの幼馴染みで、真王はその端整たんせいな顔立ちと柔らかな物腰、さらさらとした銀色の髪が物語に出てくる王子のようだという事で学校中の女子からの人気を集め、恋香は誰にでも分け隔てなく接する性格や抜群の運動神経、可愛らしい容姿で男女関係なく好かれるという自慢の幼馴染み達だ。ほんとうに俺にはもったいないくらいだ。


 そんな事を考えながら歩いていた時、真王はふと俺の顔を見ると、クスリと笑った。



「ん、どうした?」

「なに、お前からそう思われている俺達は幸せ者だと思っただけだ」

「……もしかして、また顔に出てたか?」

「少しな。だが、お前も勇香も俺達にとっては自慢の幼馴染みだ。それだけは忘れるなよ?」

「……ああ」



 それなら、これからもその言葉に恥じないような生き方をしていかないといけない。真王の言葉を聞いてそう思った後、俺はみんなを見回しながらニッと笑った。



「よし、それじゃあ今日も頑張っていこうぜ」

「ああ」

「うん」

「うんっ!」



 みんなが揃って返事をした後、俺達は色々な話をしながら学校へ向かって晴れ渡る空の下を歩いていった。

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