第2話 逃走
夜間、教会の外で待つ憲兵たちのことは、光砂人形の性質もあってとうに察知している。
内部の異変に耳を尖らせ、向こうから扉を開けて暴きに来た。
「勇者様がたはどこだ!?
この砂の塊は? 貴様ぁ、勇者様になにをした!」
「素直にお聞きくださるなら、こちらも嬉しいのですが。
アートンたちはもういないんです」
「下賤な死霊術師の分際でッ!」
「これが先代勇者、シュットンの遺産だとしても?」
「おまけに黒子族だと、反帝主義者の裏切り者がッ!
誰が貴様のようなのの言葉を信じるか、殺せ!」
しかし、一部の憲兵は迷っている。
「しかし勇者様方の行方を訊きださなくてよろしいのですか」
あの砂の塊がそうだとは、容易に信じ難いのだろう。
「勇者ならば、あのような下賤のものにやられるはずはない!
帝国のためにあの男を始末する、それがお前たちの役割だろう!?」
(どのみち帝国を立たねばならないとは想ってたから、ある程度の暴走は放置していたけど)
「アートンのやつ、本当に要らん吹聴をしてくれる」
「やれ!
そいつは出来損ないの
「はっ!」
「――」
アートンは僕を徹底的に見下した。賤しい血筋だからとか、死霊術師というのはそれに一層の拍車をかけたわけだ。そもこの世界における死霊術は、魔法とはアプローチの異なる少数部族のシャーマニズムに起源をもつ。
「僕は師匠の最期の言いつけ通り、勇者を生かし続けただけですっての――聞いちゃいないな、無理もないか」
あんまり長く喋るのも疲れる、痛覚を一時は切っても、あとで痛みはぶり返すのだし。人形の分際のくせして、タルパのやつは俺を殺す勢いで殴ってきたけれど、ここまであいつら立ててやる必要、本当にあったかな?
師匠の言葉を思い返す。
『いまだけは、勇者たちをけして死なせない。たとえ原点の継承が途絶えた紛い物だったとしても、帝国の人々の希望は私やアートンたちにあったんだ。
民は不安がっている、勇者亡き世に、魔族らの再興を恐れている。
恐怖こそが、本当にそれらを呼び覚ましてしまうとも知らず――おまえは賢い子よ、パルビス……民の希望を護ることが、帝国ではあなたの命を保証する。
光砂魔法には制約が多い。結局は時間稼ぎにしかならないが、せめて十九代目、アートンの後釜にマシなのを、あなたが見つけるのよ』
(帝国で勇者は見つからなかった。……僕は師匠の言いつけさえ守れなかったわけだ)
「ちくしょう」「勇者殺しめ、死ね!」
死霊術師――降霊術により、一般には死体を操るものとされる。
死体とは、それが人であれば倫理や尊厳を容易く踏みにじれる代物だ。
だからそれを毀損しうる職種は、当たり前に忌み嫌われる。
ほかに生き方などなかったとしても、そんなことまで普通の人間は考えるでもない。
【
さっきまでアートン達だった白砂を、黒く染める。中からやや大きめな鴉が現れた。
「やつらの視界を塞ぐだけでいい!」
闖入してきた五人を、三羽が飛びかかって撹乱する。
その間にパルビスは教会の外へと駆け出した。
「――勇者殺しの裏切り者がァッ!!!」
背中から罵声を浴びせられるも、振り返ってはならない。今の僕に出来るのは、生き延びることだけだった。
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