第2話 逃走

 夜間、教会の外で待つ憲兵たちのことは、光砂人形の性質もあってとうに察知している。

 内部の異変に耳を尖らせ、向こうから扉を開けて暴きに来た。


「勇者様がたはどこだ!?

 この砂の塊は? 貴様ぁ、勇者様になにをした!」

「素直にお聞きくださるなら、こちらも嬉しいのですが。

 アートンたちはもういないんです」

「下賤な死霊術師の分際でッ!」

「これが先代勇者、シュットンの遺産だとしても?」

「おまけに黒子族だと、反帝主義者の裏切り者がッ!

 誰が貴様のようなのの言葉を信じるか、殺せ!」


 しかし、一部の憲兵は迷っている。


「しかし勇者様方の行方を訊きださなくてよろしいのですか」


 あの砂の塊がそうだとは、容易に信じ難いのだろう。


「勇者ならば、あのような下賤のものにやられるはずはない!

 帝国のためにあの男を始末する、それがお前たちの役割だろう!?」


(どのみち帝国を立たねばならないとは想ってたから、ある程度の暴走は放置していたけど)


「アートンのやつ、本当に要らん吹聴をしてくれる」

「やれ!

 そいつは出来損ないの死霊術師ネクロマンサーだ!」

「はっ!」

「――」


 アートンは僕を徹底的に見下した。賤しい血筋だからとか、死霊術師というのはそれに一層の拍車をかけたわけだ。そもこの世界における死霊術は、魔法とはアプローチの異なる少数部族のシャーマニズムに起源をもつ。

 パルビスと呼ばれる彼は、旧くから暗殺や処刑を生業とした黒子くろこ族の生き残りであり、帝国人の殆どは美しい金髪碧眼だが、彼は東洋の血を引くヘストラのように……とはいえ、髪質は及ぶべくもないくせっ毛の黒髪。勇者パーティーでもなければ、悪目立ちが過ぎた。


「僕は師匠の最期の言いつけ通り、勇者を生かし続けただけですっての――聞いちゃいないな、無理もないか」


 あんまり長く喋るのも疲れる、痛覚を一時は切っても、あとで痛みはぶり返すのだし。人形の分際のくせして、タルパのやつは俺を殺す勢いで殴ってきたけれど、ここまであいつら立ててやる必要、本当にあったかな?


 師匠の言葉を思い返す。


『いまだけは、勇者たちをけして死なせない。たとえ原点の継承が途絶えただったとしても、帝国の人々の希望は私やアートンたちにあったんだ。

 民は不安がっている、勇者亡き世に、魔族らの再興を恐れている。

 恐怖こそが、本当にそれらを呼び覚ましてしまうとも知らず――おまえは賢い子よ、パルビス……民の希望を護ることが、帝国ではあなたの命を保証する。

 光砂魔法には制約が多い。結局は時間稼ぎにしかならないが、せめて十九代目、アートンの後釜にマシなのを、あなたが見つけるのよ』


(帝国で勇者は見つからなかった。……僕は師匠の言いつけさえ守れなかったわけだ)


「ちくしょう」「勇者殺しめ、死ね!」


 死霊術師――降霊術により、一般には死体を操るものとされる。

 死体とは、それが人であれば倫理や尊厳を容易く踏みにじれる代物だ。

 だからそれを毀損しうる職種は、当たり前に忌み嫌われる。

 ほかに生き方などなかったとしても、そんなことまで普通の人間は考えるでもない。


再構成リビルド死霊鴉ネクロレーヴン


 さっきまでアートン達だった白砂を、黒く染める。中からやや大きめな鴉が現れた。


「やつらの視界を塞ぐだけでいい!」


 闖入してきた五人を、三羽が飛びかかって撹乱する。

 その間にパルビスは教会の外へと駆け出した。


「――勇者殺しの裏切り者がァッ!!!」


 背中から罵声を浴びせられるも、振り返ってはならない。今の僕に出来るのは、生き延びることだけだった。

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