第8話 予感

 そうだった。昨日夜通し歩いて、疲れ切って、そのまま路上で寝たんだった。


 僕はかすかに白み始めた東の空を見つめた。まだ頭にもやがかかっていて、全身の感覚が鈍い。空気の温度も、風の手触りも、よく分からない。ただただ気だるい、晩夏の朝。


 それでも僕はしばらく、東の方を見ていたのだろう。ぼんやりした白い光が、だんだんと、じわじわと、全身の感覚を研ぎ澄まさせていく。


 カラカラに乾いているようで、一方で生ぬるいお湯の中にいるような、ぼやけた世界。時おり、このよどんだ湿気と熱気の中を刺すように流れる、爽やかな冷気。遠くで大地が震えているみたいな、そんな音がずっと耳のあたりにまとわりついている。この音は、もしかしたら自分の心臓の音かもしれない。


 ビルとビルの間に見えるオレンジと赤の朝焼けは、何かの予感。僕の身体の前半分はぬくもりで、後ろ半分は夜。遠くに見えるあの朝日は、別に僕を突き刺して、強引にたたき起こすようなものではない。むしろ弱々しく、儚く見える。だけど、それを見ていると逆に自分の中から、何かが突き動かされるような予感が迫ってくる。膨らんでくる。僕を底から震わせる。


 まだ、朝日は差さない。朝は予感でしかない。まだ、始まっていない。どこからか音楽が聞こえる。軽やかで、でも翳りがある。短調が心地よい、控えめなピアノの調べ。これは前奏なのだ。


 もうすぐ始まる。そんな気がした。

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