第5話 トゥヤット

「私はここに、少しの間だけ留まろうと思っただけだよ。もうすぐ出て行くさ」


「でも、なんでこんな村に?」


僕が問うと、彼はサングラスをちょっと触って、

「この村は、分岐点だから」

と言った。


「分岐点?」


「そうだ」


「どういうことですか?」


「流れているからね。私には帰るべき場所があるけど、そこにいたって苦しいだけ。私は、終わりも始まりもない川を流れているんだ。ある時からね。

 それでも、ずっと流れ続けるのも、やっぱりしんどいんだよね。だからこの『トゥヤット』に来て、流れをリセットしているんだ」


彼はそう言って、にやりと笑って、僕を見た。


「君もそうだろうね? この村に来るような人は皆、流れて、その流れにうんざりしている」


「僕は違います」


何となく、彼の視線が嫌だった。見返そうとして目を合わせたら、僕を吸い込んでしまうんじゃないだろうか。


彼はハッ、と笑って、「そうは思えないがね」と言って、また前を向いた。


一面の綿花畑が、真っ赤に熟した夕日を浴びて、鮮やかに燃えている。


しばらくして、彼は独り言のように口を開いた。


「私がここに来た時にこの村にいた人たちは、すでに旅立った。君を除いてね。もう文化も、言語も、習慣も、全て変わってしまった。私にも旅立つときが来たようだ」


「……この村は、結局何なのですか?」


僕もぼんやりと言うと、彼は冗談ぽく肩をすくめた。


「『トゥヤット』という名前も、はるか昔に一度話題になった時に広まったもので、今のこの村にとっては何の意味も持たない」


そう言って彼は立ち上がる。ゆっくりと、深呼吸をする。そして最後に、思い切り伸びをする。伸びをしながら彼は、


「この村に、意味を求めてはいけない」


と言った。


ぽきぽきと背骨が鳴る音。彼の行動も言葉も、ああこれが、これが自由そのものだ、と思った。


「私はもう行くよ。君には、帰る場所があるのかい? もし無いのなら、早くここを出て流れに身を任せるべきだね。さもなければ、ここが君の帰るべき場所になる。でも、この場所は


「だとしても僕には、それが心地よいのです」


「そうかね、そういうこともあるかね」


彼の背を見送って、その後もぼんやりと突っ立っていた。気づくと日は落ちていて、世界は夜に包まれていた。



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