BLUE in the ガールズバンド

第17話 名探偵咲ちゃん その5

「ごめんよ春ちゃぁぁぁん」

咲ちゃんが子供みたいに大泣きしながら謝ってきた。

場所は阪神電車『元町駅』のすぐ近くの歩道。通りすがりの通行人がみんな私たちを見てくる。

「いやいや全然気にしなくていいから！」

私は何とか咲ちゃんを落ち着けようと頑張ったけど、なかなか泣き止んでくれない。

夕日が神戸の街だけじゃなく、涙と鼻水で濡れた顔まで真っ赤に染めている。

遡ること約10分前。

私と咲ちゃんはJR元町駅で降り、阪神電車の元町駅に向かった。

私が知らなかっただけで、この2つの駅は同じ駅舎の地上階と地下階にあったのだ。

どちらも『南京町』と呼ばれる神戸の有名な中華街の最寄り駅ということになる。

6年もこの町に住んでいてちっとも知らなかった。

「うっそー。私さ、毎日通学でこの駅使ってるのに…この地下に阪神電車の駅があったんだ」

「だって春ちゃんが毎日使ってる出入口って山側でしょ？」

「あ、うん」

「地下に降りる階段は反対の海側。南口のすぐそばなんよ……あった、春ちゃんこっち」

咲ちゃんは帰宅ラッシュで混雑を始めた阪神電車の入口に向かう。

私は人混みではぐれないよう、その背中を真剣に追った。

これで駅中にレコードショップがあれば…蘭子さんが降りたという駅はここで確定だ。

10分後。

地上に出てきた時にはもう咲ちゃんは泣いていた。

それはもうグズグズの大号泣。

私は咲ちゃんを通行の邪魔にならないよう駅前の海側の歩道にある休憩スペースに連れてゆき、空いているベンチに座らせた。

「ホンマごめんなさい！」

咲ちゃんが泣きながら顔の前で両手を合わせる。

休憩スペースでベンチに座っている周りの人達が何事だという様子でこっちを見つめてくる。

私は視線を痛いほど感じてあたふたしながら、必死で咲ちゃんをなだめた。

号泣の原因はもちろん、推理を大きく空振りさせたことだ。

構内にはレコードショップやそれらしいお店を見つけられなかったし、ホームも蘭子さんの証言とは完全に異なっていたのだ。

蘭子さんは寝ていて行き過ぎたと思い、反対方向に戻るため階段で向かいのホームに移動した。

けど、この駅はひとつの狭いホームを上り線と下り線の2本の線路が挟んでいるタイプだった。

「期待させてすみませんでしたぁ！」

咲ちゃんがまた人目もはばからず大きな声で謝ってくる。

「謝らないでよ。だって私のために一生懸命考えてくれたんだもん」

「でっ…でもぉ春ちゃん…駅がぁ」

「私ぜんぜん気にしてないからさ、だから咲ちゃんも気にしないで」

そう言うと咲ちゃんは思いっきりはなを吸い上げて、手の甲でごしごしと涙を拭いてから、

「恩に着ます。この名探偵咲ちゃん、一生の不覚」

私は苦笑しながらその咲ちゃんを抱きしめた。黙って背中を撫でてあげる。

もう今さら人目を気にしても仕方ない。

周りの人間全員が私たちをきょとんとした顔で不思議そうに眺めている。

「うあーん」

「よしよし。ありがとうね咲ちゃん」

咲ちゃんは何も悪くない。

ただ、これですべて最初に戻ってしまった。

やっぱり蘭子さんがわざと誰も信じないような非現実的な嘘をついているんじゃ…？

いやちがう。

私にはその可能性が1番ありえなかった。

蘭子さんはそんなひとじゃない。

そう思った時、ポケットの中でLINEの着信音が鳴った。

「誰だろ…」

片手で咲ちゃんの背中を撫でながら、右手でLINEを開く。メッセージは凛子さんからだ。

その瞬間、私は何か見えない手に肩を叩かれたような気がした。

「どうしたの春ちゃん？」

ようやく泣き止んだ咲ちゃんが、まだ濡れた声で尋ねてくる。

私は冷静に深呼吸してから答えた。

「凛子さんが手に入れたって」

「え？ 何を？」

「蘭子さんが手に入れたっていう幻のレコード。ブルーノートが封印した幻の『1553番』をいま持ってるって…」

さらにメッセージが続けて届く。

スマホを持つ手が勝手に震える。

『明日の夕方6時、私のマンションに来てくれ』

『春ちゃんにも聴いてもらいたい』