悪役王子に転生したので破滅回避は諦めて短い余生を快適に暮らしたい。

ナガワ ヒイロ

第1話 悪役王子、前世を思い出す






「――ンス様。エインス様、起きてください」


「え?」


「もう朝ですよ。起きてください」



 誰かに身体を揺すられて、俺は目を覚ます。


 すると、表情をピクリとも動かさない少女と真っ先に目が合った。

 肩まで伸ばした銀色の髪が綺麗な、空色の瞳の美少女である。



「……どこかで会ったことある?」



 別にナンパではない。


 ただ目の前の少女をどこかで見たような気がして思わず訊ねてしまったのだ。


 少女は訝しそうに俺を見つめ、首を傾げる。



「どこでも何も、私はエインス様の専属メイドです。常にお側におりますので、毎日顔をあわせておりますが」



 専属メイド。


 とても素晴らしい言葉の響きだが、そこは今重要ではない。



「エインス……?」


「……まさかもうボケて……?」


「いや、違うから。ねぇ、なんか君ちょっと辛辣じゃない?」


「日頃の行いのせいですよ。貴方はエインス・フォン・ディストア。わがままばかり言って国王陛下や王太子殿下を困らせる第三王子です」


「エインス、第三王子……ああ、なるほど」



 エインス。


 改めてその名を聞いた瞬間、混濁していた記憶がカチッとパズルのピースのようにハマった。


 そうだった。俺の名前はエインス。


 エインス・フォン・ディストア。ディストア王国の第三王子である。


 しかし、それだけではない。


 ついさっき、もう一人別の人間の記憶を思い出した。

 それは日本という国で育った、ゲームと薄い本が大好きな青年の記憶。


 その名前までは思い出せないが、たしかに俺の中にある記憶だ。

 

 これが俗に言う前世の記憶だろうか。


 まるで自分の中に急にもう一人の自分が生えてきたような、奇妙な感覚だな。


 って、ちょっと待て!!



「お、俺の名前、エインスって言ったか!?」


「鏡でもご覧になりますか?」


「ご覧になります!!」



 俺は銀髪メイドから手鏡を受け取って、自分の容姿を確かめた。


 鏡に映っていた俺は――



「あらやだ、イケメンじゃない」



 赤みがかった黒髪と琥珀色の瞳の美少年だった。


 成長したらきっと目鼻立ちのくっきりした美丈夫になるだろう。


 モブ顔だった前世の俺とは大違いだ。



「いや、違う!! そうじゃない!!」


「……先程から一人で何をやっておられるのです?」



 銀髪メイドの鋭い視線が突き刺さるが、今は気にしている余裕がなかった。


 間違いない。たしかにエインスだ。


 俺は転生した自分、エインスという少年をよく知っている。


 何故ならエインスとは、俺がハマっていた『ロイヤルクエスト』に登場する悪役王子の名前だからだ。


 わがままで人の話を聞かないクソガキ。


 それだけならまあ、甘やかされて育った生意気な子供で済ませられるのだが……。


 エインスは色々やらかすからな。


 ラスボスの魔王に操られて国王と王太子を殺害し、国を乗っ取る割とガチの悪役なのだ。


 まあ、後でどうにか落ち延びた主人公改め第二王子の活躍によって魔王は討伐され、その後は身内の情で辺境に幽閉されるがな。


 髪や瞳の色も一致しているし、面影もあるので間違いない。


 つまり、これはただの転生ではないのだ。


 どうやら俺は『ロイヤルクエスト』の悪役王子であるエインスに転生してしまったらしい。



「えぇ、まじか。よりによってエインスか……」



 『ロイヤルクエスト』には幾つか分岐ルートがあるが、エインスはどのルートを辿っても最終的には辺境に幽閉されてしまう。


 魔王に操られていたとは言え、父と兄を殺すわけだからな。


 最終的には辺境で病にかかって急逝する。


 正直、まだイマイチ状況を呑み込めていないが、死にたくはないのは確かだ。

 ならばすぐにでも破滅回避のために行動せねばなるまい。


 そこまで考えて、俺はハッとする。



「あ、無理だわ」



 何故ならエインスが魔王に肉体を乗っ取られてしまうシーンがゲーム内で明確に描写されていないからだ。


 つまり、いつどのタイミングで俺の身体を乗っ取ってくるか分からない。


 もしかしたら明日、それどころか今すぐにでも魔王が姿を現して操られてしまう可能性が少なからずあるのだ。


 仕方ない。


 こうなってしまった以上、前世で培ってきた秘技を使うしかないようだ。


 秘技――



「何事も諦めが肝心だよな、うんうん」



 俺は鼻くそをほじりながら悟りを開く。


 前世で高校デビューに失敗した時、俺はこの技を習得することで三年間を生き延びることができた。


 別に身体を乗っ取られたっていいじゃないか。


 元々一度は死んでいる身、二度も死んだって大して変わらんよ。



「エインス様。先程から独り言が多いようですが、本当に大丈夫ですか?」


「へーきへーき。破滅回避を諦めただけだからさ」


「……破滅回避?」


「残りの人生を気楽に生きようかなって話」


「エインス様はまだ十歳ですよ? 残りの人生が何十年あると?」



 首を傾げながらも、冷静にツッコミを入れてくる銀髪メイド。


 可愛い。いや、可愛くて当然か。


 何故ならこの美少女は『ロイヤルクエスト』に登場するヒロインの一人だからな。


 彼女は元々エインスの専属メイドだった。


 しかし、エインスが魔王に操られていることをいち早く察知して、主人公と共にディストア王国を脱出するのだ。


 名前は確か――



「アイラ」


「はい、何でしょう?」


「改めて、これからよろしくお願いします」


「……今日のエインス様は様子がおかしいですね。昨日までのクソガキっぷりが嘘のようです」


「ねぇ、ちょっと流石に辛辣すぎない? 俺、王子だよ? 王族なんだよ?」



 魔王に操られるのがいつかは分からないが、それまでは第二の人生を楽しもう。


 ここは『ロイヤルクエスト』の世界。


 好きなキャラクターやヒロインがいるだろうし、魔法やスキル、レベルだって存在している。

 ハマっていたゲームを肌で感じて楽しめると思えば気楽なものだ。


 さあ、全力で楽しむぞ!!











 この時の俺は、本気でそう思っていた。


 しかし、冷静に考えたら不可能だと誰でも分かることだった。


 この『ロイヤルクエスト』は中世ヨーロッパ風のファンタジー世界が舞台だ。

 魔法等があると言ってもその文明レベルはたかが知れている。


 俺がまず最初に絶望したのは、トイレでウンチをした時だった。


 無論、ウォシュレットなどこの世界にはない。


 それどころかトイレットペーパーも存在せず、布で尻を拭くのだ。


 それ以外にも不便なことは山ほどあって……。


 夢のようなファンタジー世界の現実を見て、俺はこの世に神などいないということを理解するのであった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

アイラの年齢は十五歳。どことは言わないが、メイド服で分かりにくいだけで大きい。



「美少女専属メイドに起こされたい」「悟り開くな笑」「あとがき重要な情報で草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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2024年12月3日 07:08 毎日 07:08

悪役王子に転生したので破滅回避は諦めて短い余生を快適に暮らしたい。 ナガワ ヒイロ @igana0510

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