ロリィタ極道、奈落淵白雪の究る道

タチバナ シズカ

プロローグ


 ロココ調の純白のドレスを華やかに膨らませヘッドドレスのフリルを風と遊ばせる。一歩を踏み出すごとにバニラの薫香くんこうを振りまき胸元のリボンを弾ませる。


「ほ、本日もお疲れさまでした、白雪様!」

「ま、また明日! 白雪様!」


 奈落淵ならくぶち白雪しらゆきが歩けばそれだけで耳目じもくを集める。

 全身をロリィタファッションで包み、歩き方の一つとっても徹底した風で、背筋を真っ直ぐに視線は前だけを射抜く。


「ええ、さようなら、皆様。また明日」


 浮世離れした風体に眉をひそめる誰彼は存在しない。

 何故ならば月花げっかも恥じらう程の美貌を持つ彼女は、実際にロリィタファッションを完全に着こなしていたし、美貌を引き立てるように派手で豪奢ごうしゃな服飾が相応しい。


 彼女を見る人々は挨拶をする。

 それに笑顔と共に言葉を返すと誰であれ頬を染め「これ程に完成された人物もいる物なのか」と存在そのものを疑いすらする。


 けれども彼女の存在は多くの人々に知られていたし、やはり一般的には奇抜とも呼べる独特なファッションからして注目の理由は推して知るところでもある。


 だがそれだけが注目の理由でもなかった。

 その浮世離れした風体に違わず、彼女は凡そ一般人と呼ばれるような立場の人間ではなかった。


「お疲れ様でした、お嬢様」

「ええ。お迎え有難うね、蜜月みづき


 首都マグノリア女学校。

 ミッション系で知られるこの女学校には全国各地より名の知れた令嬢が集うが、その内で最大の注目を浴びる少女がいる。


 彼女はロリィタファッションをこよなく愛し、文武両道を地でいき、正しくレディとは斯くありと思わせる程に全てが極まって見えた。


 けれども彼女の姓を聞くと誰もが驚愕の表情になる。焦燥すらも抱く。

 そして二度とふざけた真似や言葉を口にしてはならないと自戒すら抱く。


 校門の前に漆黒のファントムが停まり、傍に立つメイドを伴い、車両に乗り込めば彼女は普段の住まいでもある荘厳な空気を醸す御屋敷へと戻る。


 そうして大袈裟な門を潜れば、いつものように〈それら〉が頭を下げて出迎える。


「お嬢、お帰りなさいませ!」

「白雪お嬢様、お疲れさまでした!」

「毎日毎日学校に通うだなんて、お嬢はなんて出来た人間なんだぁ!」

「ああ、俺も感動しちまうよ! 流石はお嬢だぜ、なぁお前らよう!」


 白雪には見慣れた光景――見慣れ過ぎているにも程がある光景だった。


 居並ぶ男達の全身には彫物があり、顔に傷が走る人物もいる。片目を眼帯で塞ぐ強面もいれば全身血塗れになって地面に転がっている小僧もいる。


 白雪は自分の住まう環境を見て、更には己の生まれを毎度の如くに噛みしめると眉根まゆねを寄せ、深く、それはもう深く溜息を吐いた。


「大袈裟にも程があるわよ、あなた達……兎角、今帰ったのだわ、皆の衆」


 奈落淵一家なる極道組織がある。

 古い時代から武闘派として名は轟き、首都においてその名を知らぬ者はなし。

 一本独鈷いっぽんどっこを貫き枝の組織も持たず、親のみを立て若頭等のポストも設けず、幹部は全て横並びでその元に三下が続く。


 時代を完全に無視するその体制。

 だがそれが罷り通るだけの理由がある。

 それこそは最強を誇る超絶の武闘派であり、首都が今の時代も平和の只中にあるのも、もしかしたら奈落淵一家の存在が関係するかもしれない。


「大袈裟も何も、私達にとってお嬢様は正しくおひいさま。当然に蝶よ花よと愛でますよ」

「それが過剰だといっているのに何で分からないのかしらね……」

「過剰結構。何せあなた様こそは……いずれはこの一家を束ねる家長になられるのですから」


 そんな超絶の武闘派組織に生まれた白雪という一人の少女。

 彼女はいずれ奈落淵一家組長の座を頂くことを約束された、奈落淵家が嫡女だった。

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