002 鉄翼
巨大な鋼鉄の巨人が放つ威圧に、誰一人として抵抗できなかった。
ホール全体の空気が凝固したように重く、地面に伏せる人々の上にのしかかる。
ごく稀に、必死に嚙み殺した嗚咽が聞こえるだけだった。
ダイアナは父の傍らに伏せ、その横顔を盗み見た。
父の表情は硬く、口筋は一直線に結ばれ、顔の筋肉は強張り、眉間に刻まれた皺は峡谷のようだった。
ダイアナは再び視線をガラスの壁の外へ向けた。
あの黒いAHが、巨大な黒い銃口をホールに向け、漆黒のマズルは死の気配を放っている。
しかし、陽光はますます明るく、空はより一層青く澄んでいく。それらが、この黒いAHをいっそう場違いな存在に見せていた。
あの男が前方へ進み出て、片膝をつく姿勢で両手を高く掲げ、AHに対峙した。
「お前は誰だ? どの部隊に所属している!」
「何をしているのか、分かっているのか!」
AHのパイロットは沈黙した。その沈黙が、現場の全員に窒息めいた重圧を与える。
ダイアナは目を細め、空港の端で風に激しく揺さぶられる木々を見つめ、心中の恐怖を紛らわせようとした。
◇
その息詰まる氛囲気の中、ダイアナは父のスーツのポケットから、携帯電話の振動音がするのを聞きつけた。
ホール内のあちこちからも、同様の音が続々と聞こえてくる。
ガラスの壁の外から、AHによる巨大な電子音声が響いた。
「メッセージを受信した者は携帯電話を取り出せ。片手のみ使用を許可する。そのまま伏せていろ!」
「全員、受信したこの口座へ送金しろ。一人頭三千万だ。」
ダイアナは、父がゆっくりと右手をスーツのポケットに滑り込み、携帯電話を取り出すのを見ていた。
父が端末を開くと、画面には送金画面が表示されている。あとはパスワードを入力するだけだった。
父はその画面から抜け出そうとしたが、端末が制御不能になっていることに気づく。
約5秒が経過した。
ダイアナは、父の親指が最後の一桁のパスワードアイコンの上で、押下をためらっているのを見つめていた。
「あと9人だ!」
AHが脅すと同時に、小銃を前方に移動させ、銃口がガラス壁にほぼ接触しそうになる。
コクピット内。ヘルメットの黒いバイザーがパイロットの表情を隠しているが、操縦桿を握る手は抑えきれずに震えていた。
その時、通信機からしわがれた電子音声が聞こえてきた。
男の怒号だ。声には怒りと焦りの感情が込められている。
「何をしている! 馬鹿者!」
「貴様の任務は迅速に連中を始末することだ! 報酬が足りないというのか!」
「貴様がくれた金では、借金を返すのがやっとだ」
「それに、俺だけがこんなことをしているんじゃないのは分かっている。お前の目当てのものが、連中の手にあるかもしれないだろうが」
「それは関係ない! 確実に、迅速に遂行しろと言ったはずだ!」
「黙れ! この金があれば、こんな生活に別れを告げられるんだ!」
「てめえが何を考えようと知ったことか。俺はここにいる全員を確実に始末できることだけを要求している」
「でなければ、来た時のように楽には帰れないと思え」
「俺なしでは、国境さえ越えられないぞ!」
「黙れ! 分かっている!」
通信を切り、パイロットは深く息を吐き、震える手を落ち着けようとした。
人差し指をそっと操縦桿のボタンに置く。まだ抑えきれない微かな震えが残っている。
「あと一人か… このまま撃ってしまえ」
しかし、人差し指は押し下げられなかった。
あと一人で、さらに三千万円だ。
「何をしているんだ、ダイアナ? 気は確かか!」
ダイアナの父は可能な限り声を押し殺し、ダイアナを見つめる目には理解不能な思いと、押さえきれない恐慌が満ちていた。
彼が最後の一桁を入力しようとしたまさにその時、ダイアナが携帯電話を奪い取ったのだ。
「ダメです! 父上」
「そこの男女、何を話している! 黙れ!」
「あと一人だ。皆を道連れにしたいのか?」
「残り5秒だ」
ダイアナと父は、AHが自分たちのことを指していると悟り、口を閉ざすしかなかった。
「5」
父はダイアナを睨みつけ、ダイアナはただ唇を結び、微かに首を振るだけだった。
両手で携帯電話をしっかりと握りしめて。
「4」
ケネス・テイラーは、我が娘がこれほどまでに陌生しく感じられたことはなかった。
ケネスは娘を見つめた。相手は恐怖で全身が止まらずに震えているのに、両手はなおも携帯電話をしっかりと握りしめている。
「3」
驚きと疑惑がケネスの脳裏を渦巻いたが、もう構っていられない。携帯電話を取り戻さなければならない。
「2」
◇
――N.C.0068 9.6 14:07
カービンは装備を整え、小走りに整備プラットフォームへと向かった。
頭上灯光が灯り、闇の中に静かに佇んでいた一台の軍緑色のAHを照らし出す。
ボディには金属構造が描く流麗で鋭いラインがある。
装甲は胴体と四肢の関節部に集中しており、このAHを分厚いというよりは、非常に軽量に見せていた。
**鉄鳥**。これがこのAHの型式だ。
ポート共和国においてこれまで最多の生産数を誇るAHである。
多種多様な武器の携行と組み合わせが可能で、動力の持続性に優れ、操作も簡便。
そして軽量設計と特別に設計された背部の翼状装甲は、空中戦に非常に適している。
開発初期の頃から、その高機動性を活かし、空中任務と対地攻撃任務で戦果を挙げ、名を馳せていた。
かの大戦以前、**鉄鳥**はポート共和国の輝きと栄光を象徴する存在だった。
そしてその後、空はもはや鳥の飛翔を許さなくなった。
カービンは無益な感傷を振り切り、整備員からヘルメットを受け取った。
「ヘルメットのバイザーはアップグレードしておいた。今回の任務で試してみてくれ」
「ただデータを採取したがっているだけだろう」
カービンは白目を向くと、素早くヘルメットを被った。
「今は違いが分からないかもしれないが、真価を発揮するのはコクピットに座り、システムと接続してからだ」
**鉄鳥**の胸部装甲がゆっくりとせり出し、両側に展開してコクピットを露わにする。
カービンは上方プラットフォームの整備員に合図を送り、準備完了を伝えると、慣れた様子でコクピットへと入った。
**鉄鳥**の胸部装甲が再び閉じると、頭部は微かに持ち上がり、面部装甲は両側から中央へと鷹のように合わさり、細長い琥珀色の眼部が橙黄色の光を放った。
周囲のプラットフォームが両側へと移動し、基部のプラットフォームは**鉄鳥**を載せてゆっくりと前方へ移動し、巨大な衝突音と共にカタパルト軌道に接続する。
軌道の両側から数本の巨大なマニピュレータアームが伸び、軍緑色の巨大なシールドを**鉄鳥**の左肩に装着させる。そして**鉄鳥**は手を伸ばし、マニピュレータアームから差し出されるG28型マークスマンライフルを受け取り、左手では短銃身のサブマシンガンを受け取った。
装備が完了すると、**鉄鳥**背部に畳まれていた翼状装甲が少しだけ展開し、両脚を軽く曲げ、準備姿勢を整えた。
カービンは、ヘルメットのバイザーが自身の視線を検知できることに気づいた。しかし、他の機能を探る間もなく、通信機にメッセージが届く。
『カービン!巡回任務は中止。直ちにK2空港へ急行せよ』
『何事だ?何が起こった?』
『緊急任務だ。敵が空港を制圧した』
『了解した』
カービンはそう言うと、両手で操縦桿を握りしめ、眼差しを鋭く研ぎ澄ませた。
「カービン・ルイス!出撃!」
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