第40話 盗まれた青い花 05
私は再びオーロ皇帝の執務室に呼ばれることになった。
「リヒト、一体、どこまでが其方の計算のうちだったのだ?」
「そのような言い方をされてはまるで私が毒を撒くように誘導したようではありませんか」
さすがの私もあらぬ嫌疑をかけられて眉を寄せる。
誰が自分の大切にしている人の領地に毒を撒くように仕向けるというのか?
私はそんな鬼畜ではない。
「公国との国境に捕縛のための魔法陣を用意しておいて違うというのか?」
「あれはこれ以上被害を出さないための守りの魔法陣です。公国が大人しくオーロ皇帝が送った騎士団の調査を受けていれば起動しなかった魔法陣ですよ」
「それにしても用意が良すぎないか? 捕縛した者たちはどこに行ったのだ?」
「エトワール王国の監獄ですが?」
オーロ皇帝は少しばかり安堵したように息を吐いた。
「てっきり、魔塔主の実験室にでも送られたのかと……」
それは鬼畜すぎるだろう。
想像しただけでひくりと唇の端が引き攣ってしまった。
「その者たちはこちらで裁くので引き渡してくれ」
「ご冗談ですよね? エトワール王国はまだルシエンテ帝国の傘下には入っておりませんので帝国法に従う必要はありません」
「村人たちを捕らえた瞬間に魔塔主にティニ公国の公爵をこの城の地下牢に転移させたであろう? 公爵の裁きをこちらに任せたのなら村人もこちらに引き渡せば良いではないか?」
「村人が毒を持って侵入した時点で宣戦布告だからエトワール王国で公爵の首を切り落として勝利宣言をすればいいと魔塔主には言われたのですが、流石にそれはやりすぎだと思ったのでこの城の地下牢に送りました」
「それと同じように村人もこちらで裁くから寄越せ」
「彼らの引き渡しについては断固拒否します」
「なぜだ?」
盗人とはいえ帝国内の人間を帝国外で裁かれるのが気に入らないのか、オーロ皇帝は厳しい眼差しをこちらに向けた。
「彼らは他国に侵入して戦争の火種となる行動をした捕虜です」
敵国に捕えられた捕虜が何の交渉も利点もなしに解放されるわけがない。
そんなことはオーロ皇帝もわかっているはずだ。
それに、あの捕虜の中には私が求める人材がいるはずなのだ。
その者を帝国に引き渡すことはできない。
「どうにも、それだけではないというような気がするのだが?」
「だとしても、現時点では味方ではないオーロ皇帝に引き渡すわけにはいきません」
「これだけ世話をしてやっているのに味方ではないと?」
「まだエトワール王国は帝国の傘下には入っておりませんし、公国は帝国の一部ですから。皇帝としては公国の肩を持つのが道理でしょう」
「其方が私をそのような愚かな皇帝だと考えているとは実に残念だ」
皇帝が帝国傘下の国を庇うのは別におかしなことではない。
それに対して私がオーロ皇帝に文句を言うつもりはない。
むしろ、帝国と争うつもりはないというポーズとして、公爵をこの城の地下牢に送ったわけだし。
それなのに、オーロ皇帝は自分が公国の肩を持つことを愚かだと評した。
私はオーロ皇帝の言葉の意味を計りかねて「どういうことでしょうか?」と聞き返した。
「其方も言っていたではないか。公国の頭をすげかえろと」
「まぁ、そう言いはしましたが……」
言ってはみたものの、まだ帝国の傘下にもない小国の王子が言うことなど戯言と流されることはわかっている。
「あのような無能は私もいらぬのだ」
それなのに、皇帝は公爵を無能と評した。
自分が無能と評した者を守る者はいないだろう。
つまり、オーロ皇帝は公爵を見限ったということだろうか?
「どうするおつもりなのですか?」
「私が答えたら其方も答えてくれるか?」
質問に質問で返したオーロ皇帝に私は思わず渋い顔をしてしまった。
「……やめておきましょう。幼き我が身が大帝国の皇帝に叶うはずもありません」
「怯むことなく私と話をしてきた者が今更何を言う? それに、其方、絶対に6歳じゃないだろう?」
やばい。中身がおじさんだとバレてしまう。
「嫌だな。どう見ても6歳じゃないですか?」
ここで私お得意の子供の笑顔をすれば嘘だとバレそうなので、渋い顔はそのままに返す。
「たとえば、エトワール王が魔法で幼い姿になっている可能性だってある」
エトワール王国の我が父はピッチピッチの三十代前半だ。
「一国の王がこんな長い間、王国を空けているわけがありませんが、そのような魔法があるのですか?」
そのような魔法があるのならお忍びで街を歩くのがもっとラクになるだろう。
「魔塔の研究者たちは新しい魔法の研究を行っているし、気に入った人間には容易く情報開示するのが彼らの悪い癖だからな」
オーロ皇帝は見透かすようにその鋭い目を細めて私を見つめる。
「彼らのお気に入りの其方にならどのような魔法も快く使うだろう」
静寂の中にオーロ皇帝の声だけが響く。
「公爵には我が帝国の顔に泥を塗ったことを命を持って償ってもらう」
その言葉に私は緊張した。
その判決が不当に重いものだとは思わない。
公国はエトワール王国に毒という武器を持って侵入したのだ。
たとえ、毒を撒く目的が花を枯らすためだったとしても武器を持って侵入した時点で宣戦布告であり、無用な戦争を引き起こそうとした責任として公爵が罰せられるのは当然だろう。
それでも、前世が平和そのものの国で生きてきた私にはあまりにも重い結果に感じられた。
「公爵を公開処刑した上で、しばらくの間は公国の領土は私が管理する。そして、エトワール王国が帝国の傘下に収まった後にエトワール王に公国の領土の管理を任せる予定だ」
「……今、なんと?」
思わぬオーロ皇帝の言葉に私は聞き返した。
「公国の領土は迷惑をかけた詫びの意味も込めて、エトワール王国にやる」
先ほどのようにオブラートに包むことなく、オーロ皇帝は非常に直接的な言い方をした。
「あの、私も父王も領土を拡大したいなどと思ったことはないのですが?」
「内部のバカそうな家臣たちは一掃しておいてやるから安心しろ」
「いえ、そうではなくてですね。お詫びは必要ないので、公国の領土も必要ありません」
「さて、私は話したぞ。其方も捕虜について話せ」
どうやら、公国の領土についてはどうしてもこちらに押し付けるつもりのようだ。
「随分と強引ですね」
「そうでなければ帝国などできなかっただろうな」
公国がエトワール王国の領土になるのであれば、貴重な人材を再び公国に奪われることはないだろう。
それならばオーロ皇帝に村人を帝国に渡さない理由を教えても問題ないかと、私は先ほどのオーロ皇帝の質問に答えた。
「捕虜の中にはヴェアトブラウを研究していた植物学者がいるのです」
「そのような者が毒を撒こうとしていたのか?」
「おそらく公爵の命令で仕方なく従ったのだと思いますが、彼はどうやら水属性の魔法も多少使えるようで、毒と一緒に浄化の魔法の魔法陣を書き記したメモも持っていました。今調査中ですが、おそらく、毒を撒かれたヴェアトブラウを浄化するつもりだったのではないかと考えられます」
「その捕虜をどうするつもりなのだ?」
「危険人物でなければ今後もヴェアトブラウを研究してもらうつもりです」
「なるほど。公国の人間として扱われて私に取り上げられることが心配であのように駄々をこねたわけか」
「捕虜の身柄を易々と引き渡すことがないのは当然のことですので、単なる駄々だと思われるとは心外です」
オーロ皇帝は先ほどまであった厳しさを引っ込めて、クックックッと喉の奥で笑った。
「宣戦布告と受け取られても仕方のない国境侵犯を犯した者を一瞬にして吹き飛ばすことも可能だったのにも関わらず捕虜としてわざわざ捕えた理由はわかった」
トカゲの尻尾のように容易く切られるような立場の村人たちを捕らえたのがオーロ皇帝には不思議だったのかもしれないが、それにしても随分と物騒なことを言う。
オーロ皇帝からすればさしたる情報も持っていない者たちを無駄に捕えたと考えていたのかもしれない……そんな彼らをオーロ皇帝に引き渡した場合、さしたる害はないとして村に返したのだろうか?
それとも、公爵を無能と評したように、そんな無能な公爵に従順に従っていた村人も無能と判断して処罰したのだろうか?
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