第30話 魔導具はお高い


「其方、早朝に転移魔法を使ったであろう?」


 朝食の席でオーロ皇帝にそう言われた。

 まさか、オーロ皇帝にまで知られているとは。


「護衛をしていた魔法使いに聞いたのでしょうか?」

「いや。魔塔の者はそんなことをわざわざ報告に来たりはしない。それに、其方に気に入られたい者が私にそのようなことを教えてくれるわけがなかろう」


 告げ口されたのであれば今後はやはり魔法使いの護衛はやめてエトワール王国から連れてこようかと考えたのだが違ったようだ。


「どうして私が魔法を使ったことがわかったのですか?」

「暗殺者の侵入を防ぐために転移魔法や攻撃魔法など特定の魔法が使われた際にはわかるようになっているのだ」

「その仕組みについて詳しく知りたいです」


 純粋無垢な笑顔を振りまいてみたが、オーロ皇帝の眉間にシワが刻まれた。


「其方が私の立場ならばそのようなこと、ベラベラと他国の者に話すか?」


 やはりセキュリティについては口がかたい。

 当然のことだが、エトワール王国の城のセキュリティの参考にしたかったのだが諦めよう。

 ……魔塔主ならば何か知っているかもしれない。 

 城壁の結界のように魔塔主が描いた魔法陣によるものかもしれないし、魔導具だったとしても魔塔主がその仕組みを知っている可能性はある。


「リヒト、魔塔主に聞こうと考えているだろう?」


 オーロ皇帝の鋭い言葉に私は再び下手な作り笑いをしてしまう。


「魔塔に協力してもらっている結界もあるが、宮廷魔導士も実力者揃いだぞ」

「宮廷魔導士……」


 ルシエンテ帝国は人材が豊富なようで羨ましい。


「エトワール王国には確か、魔法が使える騎士がいたな」


 オーロ皇帝はチラリと私の後ろに立つグレデン卿に視線を向けたが、私はそれには気づかなったふりをした。


「そうですね。ですがそれほど多くはありませんし、魔法のみを職務とする役職はありません」

「出生率はどこの国よりも高いのに、エトワール王国は人材を活かすことができていないな」


 子供達を物のようにやり取りするために作っているので出生率は高いが、小さな頃に亡くなる子供も多いし、献上品として都合よく扱うためにまともな教育を受けさせない親も多い。

 売られた先でも愛玩用として扱われ、教育は受けられない。


 そして、主人の好みの年齢を過ぎれば家から出され、そうした子供たちは下町の中でもさらに貧しい地域に集まる。

 私が資金援助するようになってからは下町の子供たちも基礎教育を受けられるようにはなったけれど、魔法の教育までは行なっていない。

 魔法適性があっても、適切な場所で訓練しなければ危ないからだ。


「帝国法が適用されれば、多くの貴族たちや豪商たちは屋敷にいる子供たちを捨てるぞ。その受け皿はどうするのだ?」

「下町に受け皿となるところは作っておりますが、まだ小さな子ではそこに辿り着くのも大変かもしれませんので、誘導する者が必要ですね」


 特に、地方で捨てられた子供が王都まで来るのはかなり難しいだろう。

 保護する者を用意しておく必要がありそうだ。


「やはり、貧民街の改革は其方の仕業だったか?」


 私は思わず、パンを一口大にちぎった手の動きを一瞬止めてしまった。

 どうやら、私は余計なことを言ってしまったようだ。


 下町が改革されていることは知られても問題はないが、そこを管理している情報ギルドの存在と情報ギルド長のゲーツ・グレデンのことは知られないほうがいい。


「貧民街が変わり始めた頃、其方は3歳だったな」


 そもそも、どうしてエトワール王国を嫌っているオーロ皇帝がそのようなことを知っているのだ?


「オーロ皇帝、私は視察で下町が改革されていることを知っただけです。3歳の幼い子供がそのようなことできるわけがないではありませんか?」

「7歳になってやっとその存在を公表する予定の其方が視察?」


 これはやばい。

 喋れば喋るほどボロが出そうだ。

 しかし、沈黙は肯定と捉えられてしまうだろう。


「市井の様子を知りたくてお忍びで視察に行ったのです」

「3歳で国民たちのことを気にするとはさすがだな。其方は幼い頃から聡明だったようだ」

「いえ。そのようなことはございません」

「まぁ、王族であれば秘密の一つや二つあっても当然だろう。むしろ、そのような存在がないものの方が統治者としては不安がある。これからも頑張って隠すといい。そのためには嘘が下手なところは改善の余地があるな。この1年でなんとかせよ」


 これは、完全にバレてるけど黙っててやるという意味か。

 そして、私にとっての情報ギルドのような情報収集を専門とする存在がオーロ皇帝にもいるということだ。


「このような場でそのように手札を明かしてくださってもよろしかったのでしょうか?」


 今は朝食の時間で、我々は食堂にいる。

 エトワール王国の食堂と言えば、多くの使用人が出入りするためにこうした話はできない場所だと認識されている。

 しかし、オーロ皇帝はそうしたことを気にせずに話していたから、それは豪胆な性格のためかと考えていたが、豪胆な性格だったとしても秘密の組織の存在を仄めかすようなことは言わないだろう。


「ん? ああ。其方は知らなかったのだな。この部屋では特定の人物にしか会話が聞こえないように魔導具が発動しているのだ。常にそのような状態のため、使用人たちは我々の声が聞こえなくても気にはしない」

「つまり、特定の人物を特定させる方法があり、さらに読唇術への対応もしているということですよね」

「嘘をつくのは下手だが、そういう点は本当に優秀だな。普通はそこに考えが行く前に、会話が外に漏れない魔導具があることに驚くところだぞ?」


 それは前世のSNSで知り合ったBL好き仲間の一人が趣味で小説を書いており、そこにそのような魔導具が出てきたことがあったため、こちらに転生してからそうした魔導具が実際にあったら便利だなと考えていたからだ。

 初めて聞く魔導具だったら驚いただろうが、そうではなかったため他の点が気になったのだが、まさか前世の知識があったため驚かなかったとは言えない。

 私はにこりと微笑んで誤魔化した。


 魔導具といえば、私は個人的に欲しい魔導具があったのだ。


「オーロ皇帝、手紙を転移させる魔導具はいくらくらいですか? 両親との手紙のやり取りのために個人的に持っておきたいのですが」


 手紙を送る魔導具は元々は我が国にはなかったものだが、我が国とやり取りするためにオーロ皇帝が魔塔主に持たせて我が国に貸し出されたものだ。


「あれは便利だが、ものすごく高いぞ。離宮を建てられるくらいの値段だから、帝国でも持っているのは私と傘下にある王国の王くらいなものだな。彼らには私からの連絡がすぐに届くようにすこしまけてやったのだ」

「え、我が国にはいくらでお貸しくださっているのですか?」

「ほんの短期間のやり取りになるだろうと思っていたので、今のところは無料だが、リヒトが個人的に使いたいというのであれば、其方の親から金を取るとするか」


 ニヤリと笑ったオーロ皇帝に私は「それならば結構です!」と慌てて断った。

 高い金額で貸し出されるならば、転移魔法で話に行った方が安上がりだ。


「我が国が帝国の傘下に入った際には購入せねばならないということですよね? エトワール王国は小さな国で、さらにほぼ鎖国状態で経済発展もしていませんから、あまり高額だと買えません。可能でしたら、私の出世払いにしていただければ……」


 私が帝国の傘下に入ることを押し進めたのに、そのために父王に高額な買い物をさせるのは申し訳ない。


「其方、親を甘やかしすぎではないか?」


 オーロ皇帝の目に呆れが浮かぶ。


「其方ならば転移すればいいだけのことではあるが、まぁ、しかし、其方が転移するたびに知らせがきても厄介だ。しかし、まだ帝国の傘下に入っていない国の者に高額な魔導具をまけてやるというのも……」


 オーロ皇帝はしばしわざとらしく悩むふりをしていた。

 おそらく、すでに交換条件は決まっているのだろう。


「私の孫娘の婚約者になるというのなら、身内価格としてまけてやろう」

「お断りします」


 エトワール王国の王子としては受けるべき提案かもしれないが、カルロの保護者としては受けるわけにはいかない。

 ナタリアにはカルロのことを幸せにしてもらうつもりなのだから。


「其方、頑なだな。そんなに私の孫娘が気に入らないのか?」

「そういうことではございません! ナタリア様には私よりももっと相応しい者がいますので」

「まるで、その相応しい者を知っているかのような口ぶりだな。まだ国内で公表もされていない王子が他国の王子と面識があるとも思えんが、心当たりがあるのであれば申してみよ」


 オーロ皇帝としてはナタリアの婚約者には最低でも王族の立場を考えているようだ。

 前回、私がカルロを推薦したことは食事の席での冗談だと思われているのだろう。


 ナタリアは帝国のお姫様なのでそれは当然のことなのかもしれないし、ゲームでカルロとナタリアのルートがあれほど難しかったのも、もしかしたら身分差が関係していたのかもしれない。


 しかし、ヒロインのナタリアには絶対にカルロを幸せにしてもらわなければいけないのだ!


「婚約者に相応しい条件は身分ではなく、ナタリア様を想う気持ちではないでしょうか?」

「つまり、やはり、其方にはその気はないということだな?」

「オーロ皇帝、私はナタリア様と一度しかお会いしたことがございません。そのような状況で淡い気持ちを抱くのは難しいことだということはご理解いただけるかと思います」


 その点、カルロとナタリアであれば、前回、デザートを二人を食べて談笑しただろうから、恋心が生まれていも不思議ではない!


 そんな二人のことなど想像もできないらしいオーロ皇帝が思わぬことを提案した。


「それでは、其方が帝国法や経済を学ぶ際にはナタリアも同席させよう」





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