第4話 守られていた


 グレデン卿の弟であるゲーツ・グレデンの記録を探すとともに私は法律の勉強を始めた。

 本当に、子供を物のようにやり取りをすることが許されているのか、子供を守る法律がないのか、私は法律書を隅から隅まで読んだ。

 そして、驚くべきことに気がついた。

 この国、エトワール王国の法律では、異性間の強制わいせつはきつく禁じているにも関わらず、同性間のそうした行為や子供を守る法律がないのだ。

 異性間の場合には刑罰も軽いもので鞭打ち、重いもので極刑である。極刑より多少軽い刑で男性にとって大切な物の除去と定められている。

 異性間に関してはそれほどまでに厳しく定めているにも関わらず、同性や子供たちに関する記述は一切なかった。


「乳母は、前王から私を守ってくれていたのだな?」


 勉強をしている間も私の側に控えている乳母に聞いた。

 おそらく男の護衛ではなく、乳母が私の側に常にいた理由はこの法律のためだ。

 万が一、前王が私に手を出そうとした際には、乳母が代わりに手を出されたという態で悲鳴をあげれば、王族でさえも法律に抗うことができないのだ。


「それがわたくしの勤めですので」


 自らが汚されたと汚名を被る覚悟で私の側にいてくれたのだ。


「ありがとう」


 私は心から乳母や両親に感謝した。

 城はとても広いのに私と両親の寝室は隣り合わせで、私の勉強部屋は両親の執務室に挟まるように作られていたのだ。

 私の勉強部屋が後宮にあるのはわかるが、王と王妃という立場の両親の執務室が本宮ではなく後宮にあるのはおかしいと思っていたし、これが前例のない部屋の配置だとは聞かされていたのだが、私は両親が親バカなだけだと思っていた。

 それらは全て、前王が私に近づかないようにするための対策だったのだ。

 そして、表向きは乳母には私の世話をすること以外の仕事は与えられず、乳母が私から離れることはなかった。

 過保護すぎでは? と思っていたが、それは乳母が私の護衛もかねていたからなのだ。


 そうした警戒のおかげで、私はこれまで一度も祖父に会ったことがなかった。

 普通ならば同じ敷地内に住んでいる祖父に生まれてから一度も会ったことがないというのは不思議に思う点だったのだろうが、私にとってはこの世界はゲームの世界であり、常識が違う異世界で、さらには王族になんて生まれたものだから、両親以外に世話をしてくれる人が乳母を筆頭に沢山いるし、7歳になるまでは他の貴族にはお披露目しないということも両親が決めていて……まぁ、要するに祖父に会っていないのもこの世界では、もしくは王室では、そういうものなのだろうと思っていたのだ。


 しかし、実際の理由は祖父が変態だったからということで、中身52歳のおじさんも流石に驚いた。

 両親が良識ある人物で本当に良かった。




「父上、母上、おはようございます」


 私の両親はどんなに忙しくても朝食だけは私と一緒に摂ってくれる。


「リヒト、変わりはないか?」

「はい。今日も元気です」


 毎朝一言一句変わらない質問をする父に私は毎朝同じ返答を返す。


「リヒトは今日は何をする予定なのですか?」


 母上も大抵毎朝同じような内容を聞いてくる。


「今日は午前中に剣術の稽古、午後は歴史の勉強です」


 私の回答も毎日大体同じだ。

 しかし、これは表向きの予定で、本当はゲーツ・グレデンの記録を今日も探すつもりだ。

 午後は勉強部屋に移動しないと怪しまれるので、勉強部屋で法律の勉強をする。


 なぜこの善良な両親に自分のやっていることを隠すような報告をするのかというと、執務室や寝室とは違い、食堂にはメイドやボーイなど様々な人間が出入りするからである。

 一国の中で王室ほど人々の注目を集めるところはないだろう。

 だから、私は元気がなくても元気だと言うように、いつもとは違うことをする予定でもいつもと何ら変化がないと報告するように母や乳母に教育されてきた。

 そして、実際の私の状況や予定は乳母から信用のおける母の補佐役へ、そして補佐役から母へ伝えられる。父へも似たような流れだ。

 私の様子が気になった両親が私の勉強部屋を直接訪れることもあるが、父も母も多忙のため滅多に来ることはない。

 父からも母からも自分たちの執務室に気軽に顔を見せるように言われているが、見た目は3歳でも中身は50代のため、両親に甘えたい気持ちはなく、用事がなければ私の方から出向くこともない。

 そのため、この朝食の時間は本当に貴重な親子団欒の時間なのだ。


 そんな貴重な時間を他愛もない談笑で終えて、私は乳母と私の護衛騎士となったグレデン卿を連れて様々な記録を保管している部屋へと向かう。

 王室には国内の貴族や商人からの献上品だけでなく、他国から送られてくる品々もある。

 逆に、こちらから送る品々もあり、そうしたものを全て書き留めている記録は何冊にもなる。

 それにも関わらず、背表紙や表紙にはいつのものかという記載がなく、献上品の目録なのか、事件の記録なのか、あらゆる裁判の記録なのか、法案の記録なのか、政務の記録なのか、出来事の記録なのか、収穫量の記録なのかということも中を見るまで分からず、5年前の記録を見つけることだけに無駄に時間を浪費していた。


「乳母……ここは整理の仕方を見直した方がいいのではないでしょうか?」

「この部屋に入れるのは王と王が入室を認めた者だけですが、間者が入り込まないとも言い切れません。そうした者が入った際に簡単に目的の情報を見つけられても困るのです」

「なるほど……」


 この整理できない人間がやらかしたように見える記録室にもそのような理に適った理由があったとは驚きであり納得である。


「しかし、これでは必要な人間にも探し出すことができないのですが……」


 ちなみに、許可を得た者だけが記録書に触ることができるため、私の付き添いでついてきた乳母もグレデン卿も記録書に触ることはできず、目的の記録書を探す手助けはしてもらえない。


「王の第一補佐官にお尋ねしたらよろしいかと存じます」


 乳母が言うには記録室を管理しているのが第一補佐官であり、第一補佐官のみが記録室を正確に把握できるように前第一補佐官に教育されているそうだ。

 私が考えていた以上によく考えられた記録室だった。


 乳母に助言をもらった私は王の第一補佐官に助力を求めるべく、父上の執務室を訪れた。

 扉の前を守っていた護衛が執務室の中に私の来訪を知らせてくれる。

 中から扉が開き、執事長が迎えてくれた。

 父上の執務机の前に宰相が立っていた。

 宰相の執務室は本宮にあるのだが、後宮にある父上の執務室までが遠いため、忙しい時にはほとんどこちらにいるらしい。


「お忙しいところ申し訳ございません。父上、宰相」

「王子は相変わらず礼儀正しいですね」


 仕事を円滑にこなすためには相手への尊重が大切だ。

 私の挨拶は要するに「忙しい中申し訳ないけど、ちょっと時間ちょうだいね」という断り文句でもある。

 ちなみに、宰相も父上と同い年なので、中身52歳の私から見たら若い若い。


「リヒト、お茶でも飲んでいくか?」


 父上はいつもお茶に誘ってくれるのだが、私は忙しい。

 そして、王である父はもっと忙しいはずだ。


「いえ、父上のお時間を無駄にするわけにはまいりませんので、要件が済んだらすぐに退出いたします」

「そ、そうか……」


 見るからにがっかりしているが、私は本当に忙しい。


「では、第一補佐官を貸すので、必要な記録が見つかったら、休憩に少しお茶でもしないか?」

「私の要件がおわかりなのですか?」


 そう聞いてから、私に記録室へ入る許可を与えてくれたのは父王なのだから、当然、私が記録室の中でぶつかる問題点にも気づいていたはずだと思い当たる。


「父上、私が困ることを知りながら第一補佐官をつけてくださらなかったのですか?」


 最初から記録室の鍵だけでなく、第一補佐官も一緒に貸してくれれば時間を無駄にせずに済んだのに……私は思わず不満げな声を漏らしてしまった。

 そんな私の様子に王は肩を落とし、宰相は笑った。


「リヒト様、許してあげてください。王はリヒト様に甘えてもらえないことを寂しく感じていたのです。それで、リヒト様が頼ってくれるようにわざと記録室の難解さを伏せておいたのですよ」


 つまり、一種のマッチポンプということか。


「それでは、必要な記録を見つけてからもう一度参ります。第一補佐官をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 王は素早く第一補佐官に視線を向けると命じた。


「10分で戻ってこい!」


 それは無理な話である。

 城は広く、本宮と後宮の間くらいに位置する記録室に行くだけで10分はかかるのだから。


 しかし、第一補佐官は記録室の管理人だけあって本当に一瞬で私が見たかった5年前の献上品の目録と報奨の目録を取り出した。

 扉のすぐ横、私の目の高さにある書物が目的の目録だったとは思いもしなかった。


「5年前のものなのでもっと奥の棚を探していました」


 私がそう言うと第一補佐官は笑った。


「王子は賢いのでそうだと思いましたが、王がこちらに置くようにとおっしゃいましたので」

「どういうことですか?」


 第一補佐官曰く、王は私が騎士団の指揮権を求めた日に乳母から事情を聞き、この目録を確認するだろうからと第一補佐官に用意しておくように言ったそうだ。

 そして、一番手に取りやすいところに置くようにとも命じたそうだ。


「王子は賢いだろうから年代を考えておそらく扉から入ってすぐの棚は探さないだろうが、それでも手に取りやすいところに置いておきなさいと……すぐに見つけてくれればそれでいいし、見つけられなくて助力を求めに来てくれるならそれはそれで嬉しいと王は話しておりました」

「そうですか……」


 私は父王の心配りに少しくすぐったい気持ちになりながら二冊の目録に視線を落とした。

 そして、その場ですぐに表紙を開いた。


「では、今すぐに確認しましょう!」



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