第2話 訳あり騎士の訳あり事情


 カルロの不幸が始まるのは両親を盗賊の襲撃事件で亡くしてからだ。

 両親が領地への視察へ行く道中、盗賊に馬車を襲われて殺されてしまったとゲームで語られていた。

 その後、まだ幼かったカルロの後見人としてカルロの叔父が屋敷と領地を管理するようになった。

 叔父が後見人となってすぐにカルロは叔父に襲われかけたが、それは執事に庇われて難を逃れた。

 しかし、その執事もすぐに叔父に辞めさせられてしまった。

 執事が最後にできたのが、叔父に王都での大量の仕事を残して、カルロを王都から離れた領地に逃すことだったのだ。

 しかし、カルロの受難は続き、7歳の時に王都で開かれた夜会に参加した際に叔父に空き部屋に連れ込まれて無理矢理……その後も何度も関係を迫られ、ヒロインと結ばれなかったカルロのバッドエンドは叔父に監禁されるのだ。


 ゲームの内容を思い出すのも悍ましく、それがこの先の未来で本当に起こるのかと思うと吐き気さえも覚える。

 とにかく、私はこの悍ましい未来を回避するために魔法を習得し、まずはカルロの両親を守るつもりだ。

 ただ、問題なのが、カルロの両親がいつ襲われるのかがわからないことだ。

 ゲームではカルロは「幼い頃」としか言っていなかったので、数年単位で注意する必要があるだろう。

 しかも、私は王族の長男という立場、簡単に出歩けない。

 自分で調査できないのなら、自分の手足となって動いてくれる者が必要だ。

 私は魔法の習得と共に信頼できる部下となってくれる者を探した。危険なことに巻き込まれる可能性があるため、やはり候補は騎士だろう。


 3歳から私は剣術が学びたいと両親に頼み、王宮近衛騎士団の訓練場に出入りするようになった。

 王宮近衛騎士団は現王を身近で守るための存在であり、王宮騎士団の中でも優れた剣技と高い忠誠心を持つエリートのみがなることができた。

 まだ存在を公表されていない私は王都を守る全ての王宮騎士たちに姿を現すわけにはいかないので、王宮近衛騎士団たちにはしっかりと口止めした上で、私の訓練に付き合ってもらっている。

 魔法で光の剣を作ることはできたが、純粋に剣術を極めることも必要だと思ったし、あまり神童と持ち上げられるのも心苦しかったから私は真面目に剣の練習をした。


 王宮近衛騎士団の訓練場に出入りするようになった私は見慣れた顔があることに気がついた。

 ゲーム画面でいつもリヒトに付き従っていた騎士だ。

 名前も表示されないいわゆるモブキャラで、吊り目でいつも無表情、かなりしっかりした体躯で赤い髪、頬に傷があった。

 乙女ゲームのモブとしてはやけにはっきりした特徴のため、実は彼を攻略する裏ルートがあるのではないかという噂もあったが、彼を攻略したという話は聞いたことがなかった。

 強面なキャラクターではあったが、一部の女性には非常に人気が高く、『星鏡のレイラ』の同人誌の中にはモブ騎士×リヒトやリヒト×モブ騎士を題材にしているものが多数あった。

 リヒト本人になってみると勝手に私の想い人を想像されるばかりか、それを具現化した同人誌というものはあまり良い気分のするものではなかった。


「リヒト王子、どうされましたか?」


 王宮近衛騎士団の騎士団長に声をかけられて私は慌てた。

 前世のことを思い出していて、ついモブ騎士に見入ってしまっていたのだ。


「グレデン卿が気になりますか?」

「大きくて格好いいです」


 私は子供らしい笑顔と言葉で誤魔化した。

 こういう時、子供というのはとても便利だ。とりあえず笑っておけばいいのだ。

 彼はグレデンという家名のようだ……そこで私はあれ? と内心で首を傾げる。

 騎士団長がグレデン卿を視線だけで呼び、グレデン卿は体躯には似合わない静かな足音で私の目の前まで来て、そこに膝をついて頭を垂れた。


「この国を統べる耀く星にご挨拶申し上げます」

「顔を上げてください。グレデン卿は公爵家の者ですか?」


 凛々しい顔を上げたグレデン卿は私の問いに「はい」と短く答えた。

 公爵家の者が王宮騎士団の中にいるとは思わなかった。

 公爵家ならば領地に専属の騎士団を抱えていて、家門の者はそこに属すると思っていたからだ。

 しかし、彼は王宮近衛騎士団にいる……何か理由があるのだろうか?


「グレデン卿ならば家柄も申し分ないですし、腕も確かですから、リヒト王子の剣の先生になってもらうのもいいかもしれませんね」


 騎士団長の言葉に私はすぐに賛同した。

 ゲームでリヒトに付き従っていたのだからいつかは私専属の護衛になるのだろうが、自分の代わりに情報収集を行なってくれる者が欲しい私はできるだけ早く信用できる者をそばにおきたかった。

 ゲームでも王太子のリヒトのそばにいた彼ならば信用できる側近候補として充分だろう。


 それから私はグレデン卿から剣術を教わるようになった。

 午前は剣術の稽古、午後は魔法の修練を行った。

 本来、魔塔主は多忙を極めているはずなのだが、彼はほぼ毎日、午後にエトワール王国へやってきた。

 私に魔法を教える教師として来ているというよりは私を研究対象にした研究者としての雰囲気の方が強かった。

 私も疑問を持ったことをすぐに質問できたからウィンウィンな関係ではあったが、五分のウィンウィンかと言えばそうではないように思えた。

 七三といったところだろうか? もちろん、七が魔塔主で、三が私である。

 ちなみに、私が全属性を持っていることも、ほぼ全ての初期魔法を修得していることも魔塔主にはすぐにバレてしまった。

 私がそれらの事実を両親にも乳母にも秘密にしていることをすぐに察して、小声で確認してくれたのが救いだろう。




 グレデン卿から剣術を学ぶようになったが、グレデン卿は定期的に外出し、グレデン卿の代わりに騎士団長や他の騎士が稽古をつけてくれる日も多かった。


「グレデン卿は今日も他の用事ですか?」


 騎士団の仕事はやはり忙しいのだなとそれくらいの気持ちで言った言葉だったのだが、騎士団長は困ったように眉尻を下げた。


「本来はグレデン卿本人からお話しすべきことなのですが……」


「今日は少しお話ししましょう」と騎士団長は私を執務室に通してくれた。

 騎士団長の執務室があるのは訓練場の脇にある建物は騎士団のための建物だ。

 騎士たちのための食堂や休憩室、着替えを行える部屋、武具の保管庫などもある。その建物の中に騎士団長の執務室もあった。

 騎士団長の執務室に通されると騎士団長が手ずからお茶を用意してくれようとしたが、乳母が騎士団長の行動を止めた。


「お茶の用意はわたくしが行います」


 乳母は城の外に出る時は必ずメイドを一人か二人伴っている。

 そのメイドはバスケットを持ち、その中にはお茶の道具が一式入っているのだ。何とも用意のいいことである。

 ちなみにこのバスケットは実は魔導具で、数人分のカップや茶葉、そしてお湯も冷水も出せる魔導具のポット、敷物やブランケットまで入っているにも関わらず非常に軽く、メイドたちの負担が少ない優れものである。


 乳母は騎士団長の執務室にあるカップなどを使うことなく、持参したカップなどを使ってお茶を淹れた。

 これではまるで騎士団長が毒を入れることを警戒しているようで私は心苦しくなった。


「騎士団長、気分を害したなら私が謝ります」


 私の言葉に騎士団長は首を横に振った。


「王子のお立場であれば当然のことでしょう。むしろ私の配慮が足りませんでした」


 騎士団長が心の広い人でよかった。

 私が見てきた騎士団長はいつも優しく、誠実で、騎士道精神を体現したような人だった。

 お茶を淹れた後、メイドたちを下がらせて、乳母は私の後ろに立った。

 騎士団長は度々グレデン卿が私の稽古を他の者に任せて外出していることを詫びた。

 そして、その理由を教えてくれた。


「グレデン卿は5年前にいなくなってしまった弟を探しているのです。その調査のために度々出かけています」

「弟さんは当時いくつだったのですか?」

「6歳でした」

「6歳なら家出という可能性は低そうですね」


 公爵家という宝くじにでも当たったかのような家に生まれて家出をしたいと思う者はあまりいないだろう。

 いるとしたら、虐待などの問題を抱えていた場合だろうか。

 しかし、6歳という年齢の貴族が家出をするとなると食事を与えられないなど本当にひどい状況でなければなかなかないはずだ。

 特に、グレデン卿のような実直な兄が側にいたのなら、たとえ両親に疎まれていても、食事を与えられない、目に見えてひどい暴力を振るわれていたという可能性は低いように思える。


「攫われたのでしょうか? それとも、事故ですか?」


 私の問いかけに騎士団長が驚いたように目を丸くして私を見てくる。


「なんですか?」


 私が首を傾げると、騎士団長は数度瞬きをして聞いてきた。


「リヒト様は本当に3歳なのでしょうか?」


 いえ、こう見えて実は52歳なんですよ。と正直に答えられたらどんなにいいだろう。


「もうすぐ4歳になります」


 子供らしい純粋無垢そうに見える笑顔を作ってそう答えると、「そういうことではないのですが」と騎士団長は苦笑した。


「グレデン卿の弟が攫われたのか、事故だったのか、はたまた自ら家を出たのか、そうしたことは全くわかっていないようです」


 わかっていないということは攫われた痕跡や事故の痕跡は残っていないということだろう。となると、自ら家を出たか、攫った者が内部犯だったか……


「まだ王子のお披露目ができないのが残念です」


 唐突な騎士団長の言葉に私は顔を上げて彼を見上げた。


「4歳のお誕生日ではまだご家族のみでのお祝いですよね」


 ああ、年齢の話がまだ続いてたのか。と私は納得して頷いた。

 正直、私にとっては誕生日は喜ばしいものではない。

 カルロはゲームの中で言っていた。

 自分が汚されたのは王太子のお披露目の夜だったと……それはつまり、私の7歳の誕生日だ。

 私がひとつ歳を重ねるたびに、カルロの悲劇の日が近づくのだ。

 そして、カルロの両親が襲撃されるタイムリミットも迫っているということだ。


「もっとゆっくりと月日が流れてくれればいいのに……」


 思わず漏れてしまった私の言葉に騎士団長はその目を見開いて再び私を凝視した。


「王子は時々、私よりも年上のようなことをおっしゃいますね」


 まぁ、中身が50過ぎなので、30代の騎士団長や現王である父上よりも私はだいぶ年上だ。

 私は再び純粋無垢そうに見えるはずの笑顔を作った。


「リヒト様に剣術を教える役目を与えれば仕事に集中して弟のことを忘れることができるかと思ったのですが、もしご不満があるようでしたら今からでも指南役を替えましょうか?」


 私はその騎士団長の言葉に驚いた。

 グレデン卿を私の指南役にすることでグレデン卿がいなくなってしまった弟のことを忘れる? そんなことがあるわけがないだろう? むしろなぜ騎士団長はもっとグレデン卿に協力してあげないのだろうか?


「私の剣術の稽古よりもグレデン卿の弟さんを探すことの方が大切です。調査資料はどこにありますか?」


 私としては早くその事件を解決して、グレデン卿には私の片腕として動いてもらいたい。

 そう思い、私も捜索に協力すべく調査資料の閲覧を希望した。

 しかし、騎士団長からは驚くべき答えが返ってきた。

 グレデン公爵からは失踪した子息の捜索依頼がなく、公爵家の子息が失踪した事件なのにも関わらず王宮騎士団では調査を行なっていないという。

 私はてっきり、失踪してから数年は調査をしていたが、進展がなくて現在は積極的な調査を行なっていない状態なのだと勝手に勘違いしていたのだが、そもそも調査を行っていないなんて……


「公爵家の騎士団が独自に調査を行なっているということでしょうか?」


 グレデン公爵領の中だけならばまだしも、王都や他の地域まで調査の手を伸ばすためには王宮騎士団に依頼する他ないとは思うが、何かの事情があり、公爵家だけで動いているのかと思い聞いてみたが、騎士団長はそのような動きもなかったと言う。

 グレデン卿が公爵家の騎士団には所属せずに王宮騎士団に入団した理由がわかった気がした。

 まだ確証はないが、グレデン卿の弟の失踪にはグレデン公爵が関わっている可能性があり、家の者が信用できないのだろう。


「騎士団長、申し訳ありませんが、今日の稽古は中止にしてもらえますか? 私は父上に会わなければいけなくなりました」


 本当は今すぐに騎士団長にグレデン卿の弟が失踪した事件の調査を命じたかった。

 けれど、私は所詮、ただの王子に過ぎないため、父親である王を飛び越えて騎士団に命令できる立場ではないのだ。

 だから、私は父上にお願いすることにしたのだ。一時的でいいので騎士団の指揮権がほしいと。

 きっと、まだ3歳の子供が何を言っているのかと却下されるだろう。もしくは、質問責めに合うかもしれない。

 それでも、なんとか説得して、グレデン卿の弟を探し出さなければいけない。

 そう覚悟を決めて、父上に会った。




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