《僕と顔を知らない彼女 》

 ネットゲーム。通称ネトゲには数多くのユーザーが居て日々出会いや別れがある世界。僕がネトゲを始めたのは今から1年半ほど前の中学卒業間近の頃、志望校に合格した時お祝いにパソコンを買ってもらった。

 最初はネットで動画を見るくらいだったがある日公告にネトゲのことが載っていてそれをたまたま見たことが始まりだった。

 その日以来、僕はいくつかのネトゲを渡るようになり現在は人気ネトゲランキング上位のネクストステージオンライン通称NSOにハマっている。

 サービス開始からずっとやっており、始めてからかれこれ1年は経つだろう。

 高校2年生の夏。いつものように高難易度のステージをクリアして中央にある広場へ戻ると少女のアバターがやってきた。


「あの、ちょっといいですか?」


 装備からして新人だろう。古参である僕はレベルも上限まで行ってしまったためアップデートまで暇な時は新人の手伝いをやっている。


「なに?」

「この武器を強化したいんですけど素材持っていますか?」


 少女のアバターの腰には小さなダガーが装備されていた。この武器を強化するために必要アイテムはすぐに手に入る物だ。と言ってもレベルをある程度上げると行けるエリアでしかドロップしない為新人にとっては貴重なものだ。

 しかし僕はそのアイテムを嫌と言うほど持っている。


「それに必要な素材ならいっぱいあるからあげるよ」

「良いんですか!?」

「僕はこのアイテムあまり使わない系統の武器だから余っているんだよ」

「ではお言葉に甘えて」


 僕は少女のアバターにアイテムを送った。


「ありがとうございます。よかったら友達になってもらえませんか? 今日始めたばかりなので」

「良いよ。それじゃパートナーカード送るよ」


 僕は少女にパートナーカードと言う友達の証であるものを送った。

 これをお互い持っていると離れた場所でのチャットやログイン状況などが見える。


「よろしくお願いします」

「よろしく。あっ、敬語は使わなくていいから」

「それじゃ、改めてこれからもよろしくね」

「おぅ、よろしく」

「あっ、名前まだ聞いてなかった」

「名前ならアバターにカーソル当てれば出るよ」

「あ、本当だ。えっと……ユーキだね」


 因みにネームの由来は本名が祐樹ゆうきという安直な理由だ。

 少女のアバターにカーソルを合わせると名前が表示された。


「君の名前は鈴音すずねって言うんだね。僕も漢字の名前にすればよかった」


 このゲームではひらがな、カタカナ、英語、漢字、記号が使えるためいろんな名前のアバターが居る。もちろん同じ名前のアバターを作ることは出来ず早い者勝ちだ。


「私、そろそろログアウトしないと。あ、ユーキは明日もいる?」

「夜にはいるよ」

「分かった。それじゃまたね」


 そう言うと鈴音はログアウトした。

 翌日、僕は学校で昨日出会った鈴音のことを同級生でネトゲ仲間の博斗ひろとに話した。ネトゲ仲間と言っても博人は僕とは違うネトゲをやっているためNSOで会うことは無い。


「それって本当に女か? 最近は男なのに女演じるやつがいるからな。そいつも男かもしれないぞ」


 先日博人は女性を演じる男性、通称ネカマの被害にあったのだ。何やらそこそこレアなアイテムを貸したら逃げられたとか。


「警告どうも。気を付けるよ」


 その晩も僕はNOSにログインした。昨日の場所に行くとそこにはすでに鈴音が待って居た。装備している武器は昨日とは見た目が違う。僕が来る前に強化したのだろう。防具自体は変わりないようだ。


「もう来て居たのか」

「うん、早く帰ってこれたからね」

「もしかして鈴音って学」「あ、いや、ごめん」

「何が?」

「ネトゲでリアルのことを聞くのは失礼だったな」

「別に気にしないよ。ちなみに私は今高校2年生だよ」

「マジで!? 僕も高2なんだよ」

「同級生だったんだね。」「――あっ」

「どうした?」

「いや、急に雨が降ってきたから」

「えっ、僕の所も今雨が降ってきたところだよ」

「もしかして同じ地域に住んでいたりして」

「そうだったらすごいよな」

「そろそろ行かない? 欲しいアイテムあるんだけど」

「いいよ。それじゃそれゲットしに行くか」

「うんっ」


 僕は鈴音と一緒にそのアイテムが出るステージへ向かった。このステージは楽すぎる。今使ってる武器ならほとんどの敵を一撃で倒せる。

 そして次々来る敵を倒して行きあっという間にステージボスも倒した。


「ユーキって強いんだね」

「けっこうやってるからな」


 鈴音は後ろからほとんど見ていただけだ。経験値はあまりはいらないがいい武器は手に入ったはずだ。

 僕と鈴音は再びいつもの広場に戻った。


「そう言えばユーキって戦闘中は喋らないんだね」


 因みにネトゲで喋るというのはチャットのことだ。

 もちろん戦闘中もチャットは出来るには出来るが―――。


「対戦中にチャットは厳しいからな。通話しながらなら結構楽しいって聞くけど」

「通話楽しそう。マイク持ってるからやりたい」

「ライプって通話アプリ持ってる?」

「聞いたことあるけど持ってない」

「それあると便利だからオススメ。無料だし」

「分かった。入れておくね」「そろそろログアウトしないと」

「今日は早いんだな」

「ちょっとこの後用事があるから」

「分かった。それじゃお休み」

「おやすみ~」


 鈴音はNSOからログアウトした。独りになった僕は寝るまで最近お気に入りの配信者RINのライブ配信を観ながら高難易度のステージをやり続けた。

 RINとは数ヶ月前から人気沸騰中の配信者だ。その動画では女の子が歌ってみたや時には漫画やアニメの話をするだけだったりいろいろある。

 翌日、僕は学校の教室で昨日の出来事を博人に言った。


「今日鈴音と通話するんだけど」

「えっ!? マジかよ」

「僕も驚いたよ。てっきり通話しないものだと思っていたんだけど。てかマイク持ってたわ」

「もしこれで男だったらお前どうするつもりなんだ?」

「その時はその時だよ。まぁ男でもこのまま一緒にプレイするかもしれない」

「本当お前って御人好しだな」


 昔から僕は何かあっても人を許してしまう。と言うか怒るということがあまり好きではない。

 家に帰ると僕はパソコンを点けNSOにログインした。

 いつもの場所に行くが鈴音の姿はなかった。今日はNSOのアップデートがあったからいつもよりログインしている人が多い。僕は動画サイトでRINの配信を見ながらNSOのホームページで更新した情報やSNSでアップデート情報を観た。

 動画を見終わりしばらくすると鈴音がログインしてきた。


「こんにちは」

「おぉやっと来たか。今日は遅かったな」

「ごめんね。ちょっとやることあったから」

「それじゃ今から通話でもするか。準備は良い?」

「マイクとかアプリはOKだよ。それでどうすればいい?」

「ライプのIDを教えてくれればこっちから掛けるよ」

「分かった。それじゃID教えるね」

「ちょっと待って!」

「なに?」

「周りの奴らに聞かれたら大変だからちょっと来てくれ」


 僕はゲーム内のとある建物に鈴音と一緒に向かった。

 そこは中心地から離れた場所で周りにはちらほらアバター入るが広場ほど多くはない。

 そして僕はある建物についた。そこは他の建物より大きい建物だ。

 

「ここってユーザーハウス? もしかして……」

「えっと、ここは僕の家だよ。扉クリックで入れるから」

「わかった」


 僕と鈴音は家に入った。


「うわぁー、すごく広いね」

「最近は家を改築することくらいしかなくてね。ここなら誰も来ないからID教えれるよ」

「それじゃ教えるね」


 鈴音が教えてくれたライプのIDを検索するとすぐに鈴音がヒットした。

 ライプ名も鈴音だから分かりやすい。


「それじゃ掛けるよ」

「うん、こっちも準備OKだよ」


 僕はライプで通話を開始した。

 もし男だとしても覚悟は出来ている。しかしいざとなるとちょっと怖い。

 ドキドキしていると鈴音が通話状態になった。


「もしもーし。聞こえる?」

 

 通話にはかわいい声の女の子が出てきた。


「うん、聞こえるよ」

「ユーキの声結構いいね」

「そうかな?」

「私そう言う声好きだよ」


 僕は見た目も声も普通だからあまり自信を持ったことはない。まして人からいい声だねと言われたのも始めてだ。


「鈴音もいい声してるよ」

「えへへ、ありがとう」

「それじゃ通話したまま一回ステージ行ってみよう」

「わかった」


 僕と鈴音は少し強い敵が出てくるステージに行った。いつもは僕が後方からチャットで指示をしていたが今回は通話なのですぐに指示が出来てあっさりクリアすることができた。

 ステージクリアしたあといつもの広場に戻った。


「ふぃ~、通話しながらって結構楽しいね」

「だろ。それじゃ次どこ行くか」

「ねぇ……ちょっと聞きたいんだけど」

「なに?」

「ユーキは将来の夢決まってる?」

「唐突だな。そうだな……動画製作とかそう言う仕事やりたいかな? あと歌作ったり」

「動画や歌作れるの!?」

「全然素人だよ。それに僕なんてあの人に比べればね」

「あの人って?」

「今動画サイトで人気急上昇のRINって人知ってる?」

「知ってるけど観たことないかな」

「オススメだよ。いろいろ演奏したりする人なんだ。顔は一切見せないけどどんな人なんだろう」

「気になる?」

「そりゃぁね。いつかあの人に作った歌を歌って貰いたいな。絶対歌手になるって。もう夢が決まってるなんてすごいよな」

「決まっているようで決まってないかもしれないよ……?」

「そんなことないだろ。あんなに歌上手いんだから」

「そんなことない!」


 鈴音はいつもより強めの口調で答えた。何か不安を抱えているかのような感じだ。


「どうした?」

「ごめん……今日はもう寝るね」

「うん、わかった」

「それじゃ……」


 元気のない返事をした鈴音はゲームをログアウトしてさらに通話を切った。

 それから鈴音はあまりゲームにログインしなくなった。きっと忙しいのだろう。僕はそう決め込んだ。でも本当は何かから逃げているかのような気がする。

 そんなある日の夜。部屋でゲームをやっていると鈴音から着信があった。


「もしもし、最近居ないから心配したよ」

「ごめんね。進路のことでいろいろあって」

「お互いそろそろ高3だからな。鈴音は大学に進学するのか?」

「親も大学に行きなさいって言ってるから……」

「もしかして何かやりたいことあるのか?」

「え? なんで?」

「いや、なんかそんな気がしてさ。自分のやりたいことやった方がいいよ。同い年の僕が言うのもあれだけど。どうせ大学行ってもいい会社に入らないとだろ? でも僕たちはまだ学生だからやりたいことを今のうちにたくさんやっておくべきだと思う」

「ユーキってたまにはいいこと言うよね」

「たまにはは余計だ」

「ありがとう。……ねぇ、ユーキって彼女いる?」

「なんだよいきなり」

「居ないなら私と付き合って」

「ちょっと、冗談は――」

「私本気だよ」


 声だけでもこれが冗談とは思えなくなった。

 鈴音の本気さが伝わってきた。


「でもなんで僕なんだ? ゲームで知り合っただけなのに」

「私のことを真面目に聞いてくれたから」

「それだけ?」

「私の両親は学力優先で私の夢なんて聞いてくれないの。先生も勉強すれば将来安定して暮らせるって言うし。何度も両親や先生にやりたいこと言うのに全部聞いてくれなくてね。でもユーキは私の話をしっかり聞いてくれた。ただそれだけなの」

「えーっと……こんな何の取り柄のない僕で良ければよろしく」

「よろしくねっ」


 この日から僕と鈴音は付き合うことになった。

 いつもより話す時間が多くなりお互い今日あった出来事などを話すようになっていった。もちろんゲームの話ではなく現実の世界であったことなど。そして驚くことに僕たちは同じ町に住んでいることが分かった。

 僕が話すと鈴音はいつも楽しそうに聞いてくれた。

 

「もう3月か。僕たち知り合ってから半年以上経ったんだな」

「あっという間だったね」

「来月には高3かぁ」

「そう……だね……」


 なんだか急に鈴音が静かになった気がした。すると突然鈴音は静寂を切り裂くかのように話題を振ってきた。


「私、ユーキに言わないといけないことがあるの!」

「なに?」

「実はユーキがいつも話すネットアイドルのRINって私のことなの。ずっと黙っていたけど……」

「え……そ、そんなまさか~。エイプリルフールは早いって」

「本当だよ。それじゃ証拠に昨日撮影した動画を今から1本のアップするね」


 僕はすぐに登録してあるRINのページを開くと最新の動画情報で数十秒前に更新した動画があった。そこにはいつもの演奏した動画があった。その演奏している曲は僕はよく知っている音楽だ。


「これって……」

「NSOのユーキの家で流れている音楽。ユーキこれ好きだもんね」

「確かにこれは俺が好きでずっとかけてるBGMだでもそれだけじゃ」


 疑うわけではないが他に証明するものがない。頭の中がモヤモヤする。


「あのさ、今から会えないかな? この神社来て」


 そう言うと鈴音はライプで地図を送ってきた。その神社は町内にある小さな神社だ。寒空の下、僕はすぐにその場所に向かった。すぐ近くには駅やマンションがあるのに神社の敷地以内だけまるで別の空間のように静かだった。

 薄暗い神社の中にある大きな神木の下に一人の少女が居た。背が低く長い髪が風で揺らいでいた。正直言ってめちゃくちゃ可愛い。

 もしかしてと思い僕は声をかけようとした。すると少女は声をかける前に僕に気が付いた。


「もしかしてユーキ? 急に呼び出してごめんね」


 その声はまさに鈴音だった。そしてよく聞くとRINの声でもあった。RINは顔を出したことがないため僕はRINこと鈴音の素顔を始めて見た。


「やっぱり鈴音はRINなのか?」

「そう言ったじゃん」

「疑って悪かったな」


 僕が笑っていると鈴音は急に深刻な顔で言いだした。


「私ね、来年高校卒業したら動画投稿辞める予定なの。大学に行こうと思って」

「急にどうしたんだよ。あんなに動画人気なのに」

「でも私の動画は毎回いいねやコメントが来るだけ。そんな動画たくさんあるし……」

「……あのさ、僕がなんで動画作りやり始めたか教えるよ」

「え?」

「昔たまたま動画サイトでRINの動画を観たんだ。最初は暇つぶしてみていたんだが毎回見ていくうちに動画を作ると見えてない画面の向こう側にいる人をこんなに笑顔にしてくれるのかって思ったんだ。辛い時も楽しい時もRINの動画を観て乗り越えてきた。だから俺はRINの動画のおかげで今の夢を目指すことが出来たんだ。だからさ、今後も動画投稿して欲しいんだ」

「……うん。もう少し頑張ってみるね」


 鈴音は小さくうなずいた。その瞳には涙が輝いていた。


「だからさこれからも彼氏として、そして一人のファンとしてよろしく」

「こちらこそ」


 鈴音はいつもの以上の笑顔で微笑んだ。

 それから1年以上が経った。僕は映像制作系の大学に進み鈴音は今は芸能人となっていた。

 実はあの後、RINこと鈴音は素顔を公開した。その可愛さからすぐに有名事務所からスカウトされついにはテレビデビューを果たした。

 今ではあの有名な音楽番組にも出るようになり歌は月間ランキングTOP3入り、さらには映画の主題歌も担当した。


「さて、今日のゲストは人気急上昇のネットアイドルRINさんです。今回歌っていただくのはあの人気映画の主題歌です。それでは早速歌って貰いましょう曲は―――」

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