中編

 まずシンシアが考えたのは、ジャスミンの弱味を握ることであった。次に考えたのは、ジャスミンに「聖女辞めます!」と言わせることであった。


 しかし今現在は、顔見知りていどの薄い関係性であるシンシアとジャスミン。シンシアは当然、ジャスミンの弱味などわかろうはずもない。弱味をつかむための人脈もない。シンシアは怠け者なのだ。そのような自在にできるツテを構築するなどというめんどうくさいことは、今まで一度もしたことがなかった。


 と、なればシンシア自らの足で、目でジャスミンの弱味をつかむしかない。


「ジャスミン様のお役に立ちたくて……」


 シンシアはまず華々しく教会入りを果たしたジャスミンに、先輩聖女として接触することにした。


 シンシアからすれば意にそまぬ世代交代。ゆえにジャスミンに積極的にかかわろうとするシンシアの態度は難色を示されるかと思いきや、ここでこれまでの猫被りが効いた。


 みな、シンシアの「ジャスミンの力になりたい」という訴えには感銘を受けた様子だった。みな、「さすがはシンシア様!」と誉めそやしてきたので、シンシアは当初の目的を忘れかけるていどには舞い上がったし、ちょっと照れた。


 しかしすぐに己が果たさんとしていた野望を思い出す。シンシアはジャスミンを立派な聖女にしたいのではない。「聖女辞めます!」とジャスミンの口から言わせるために彼女に会うのだ。


「シンシア様自らご指導くださるなんて……!」


 ジャスミンもシンシアを警戒しなかった。シンシアのこれまでの猫被りによって形成されてきた、そして「聖女」という語に宿るパブリックイメージがジャスミンに警戒心を抱かせなかったのかもしれないし、あるいは彼女がとんでもなくお人好しである可能性もあったが、シンシアにはどうでもよかった。


 周囲やジャスミン自身に、疑念を抱かせる余地がなかったという事実に、シンシアはしめしめとほくそ笑む。ここからジャスミンの懐に入るも、あるいは嫌がらせをするも自由自在。


 ただシンシアは怠け者だったので、手っ取り早くジャスミンに嫌がらせをするという選択肢を取った。先輩聖女に虐げられれば、「聖女辞めます!」と言いたくなるだろう。


 シンシアは己がされて嫌だったことを思い出す。


 そうしてシンシアはジャスミンにべったりと、暇さえあれば四六時中張りついた。そして口うるさく「ああせい、こうせい」と「指導」と称してジャスミンに事細かに指示を出した。ジャスミンの、その出自ゆえに洗練されていない所作を見て、いちいちそれを直して回った。それはもう小さなことを大きく見せる勢いで、シンシアはジャスミンの「指導」を行った。


 どれもこれも、シンシアが実家にいたころ、家族や家庭教師にされて嫌だったことだ。シンシアは怠け者だったし、先んじて「ああせい、こうせい」などとやかましく言われると、やる気をなくして不機嫌になるタイプだった。


 だからシンシアからそんな攻勢を受けたジャスミンも、すぐに音を上げて「こんなにやることがいっぱいでめんどうくさいことばかりの聖女なんて辞めます!」と言うと思ったのだ。


 なのに――


「シンシア様はとても素晴らしいお方です! 学のないわたしに手取り足取り、一から一〇まで優しく教えてくださって……ご自分の時間を犠牲にしてまでわたしにつきっきりでご指導くださるのです!」


 ジャスミンはぜんぜん、こたえていなかった。


 シンシアはおかしい、と思った。こんな風に口うるさく言われれば、だれだってやる気をなくして「聖女辞めます!」と高らかに宣言するものだとシンシアは思っていた。


 だがジャスミンは音を上げるどころか、シンシアの嫌がらせにまったくこたえていない様子。おまけに周囲に「いかにシンシアが素晴らしい人間であるか」と喧伝して回っているのだ。


 そしてその話を聞かされた人間もまた、「さすがシンシア様!」などと同調し、シンシアを誉めそやしてくる。シンシアとしては褒められるのは素直にうれしいものの、今回はそれを意図した言動ではなかったため、さしもの彼女も居心地の悪さを覚えた。


 そしてぎこちない、曖昧な笑みを浮かべるシンシアを見て、ジャスミンは「シンシア様はとても謙虚な方なのですね!」とさらに感銘を受けた様子であった。


 シンシアはそんな調子のジャスミンに衝撃を受けると共に、己の計画が上手く行っていないことを早々に悟った。


 ジャスミン当人に対する嫌がらせが効いていないのであれば、手法を切り替えて外堀から埋めて行くしかない――。


 ジャスミンにとって不利なイメージを周囲に植えつけ、ジャスミン当人に「聖女辞めます!」と言わせるのではなく、その周囲から「ジャスミンは聖女にふさわしくない!」と言わせる作戦だ。


 それはシンシアの脳みそがフル回転して生み出した急造の作戦だったが、案外と上手く行きそうだとシンシアはほくそ笑む。


 なにしろシンシアには、彼女に一貫して好意的な立場の王族――第二王子エリオスという強力な後ろ盾がある。


「ジャスミン……あんたが悪いのよっ!」


 シンシアは急ぎエリオスと会うべく、使者を送り出した。

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