春は遠くて、待ち遠しい アドベントカレンダー2024

霜月かつろう

12月の1日目

「どうもしないってっ!」

 思ったよりも大きな声が出て河野春こうのはるは驚いて続きの言葉が出なくなっていしまう。その間にもボードゲームカフェ『セカンドダイス』の店内にはなにごとかと振り向いているお客さんたちの視線が春へと集まり続けていく。

「あっ。ごめんなさいぃ」

 小さく謝りながら両掌を合わせて軽く頭を下げると、ほとんどの人が視線をテーブルへと戻す。

 当然ボードゲームカフェなのだからボードゲームで遊んでいる。だから、男女の痴話げんかみたいな光景に頭のリソースを割いている暇もないわけで。その行動はあたりまえ。反対にそのボードゲームカフェで男女の痴話げんかみたいなセリフを叫んでしまったことに春は大きく後悔して、ボードゲームカフェらしからぬ大きなカウンターに突っ伏す。

「春さん……」

 そんな春にどうしていいのわからない様子でこのカフェの店員であるとしくんが立ち呆けている。

「あっちいってよ。仕事しなきゃでしょ」

 ちょうどお客さんが入り口のドアを開けて、店の看板であるペンギンのペンちゃんを揺らしたところだ。都合がいい。これ以上としくんと話をしていたら、もっとイライラしてしまいそうだ。もっとも、春が自分からここにきてとしくんに八つ当たりしているのだから質が悪いというのもわかっている。わかっているからこそ、顔を上げてとしくんの困った顔をまっすぐに見れない。

 ほっんとめんどくさい。自分でもそう思う。でもどうしようもない。それくらいには自分で自分をコントロールできていない。

 やんなるなぁ。

 店長が淹れてくれたコーヒーもすっかり冷めてしまっている。ちゃんとしたカフェにしたいんだよね。そう言って店内を改造してしまった変わり者の店長の腕前はメキメキと成長し、コーヒーの味もダントツに美味しくなっていった。

 そう偉そうなことを言ってはいるもののコーヒーに味の違いがあると知ったのはつい最近のことだ。ずっと苦いだけの飲み物だと思っていたのに。店長が淹れるものはそのたびに味が違うのだ。最初は豆を変えているのだと思ったのだけれど。聞けばずっと一緒だと言う。

 冬の寒さであっという間に冷たくなってしまったコーヒーを突っ伏したまま顔のそばに持っていく。とりあえず香りだけでも嗅げば落ち着くかなと思ったのだけれど。そんなことはなかった。

 大学四年生の12月。

 就職先も決まらずにうだうだとしている春に向かって心配して声をかけてくれたのはとしくんだったのに。

 不安と焦りのあまり思わず大きな声を出してしまって。しまいにはお店にも迷惑をかけた。ちらりと店長の横顔を見る。いつもどおりニコニコしながら接客をしている。多分春が、大きな声をだしたことのフォローをしながらお客さんたちを楽しませようとしているのだ。

 まったくもって情けなくなるよ。

 ほんと何をやってるんだろ。上体を起こすとカップを手に取ると半分以上は残っているコーヒーを一気に流し込んだ。

 見栄を張って砂糖もミルクも入っておらず、真っ黒のまは冷たくなったその味はおいしいかそうでないかの判断もできない。ただ。ただ。苦いだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る