届けを出すべきか
「……あ、でもアタシ、まだ入部届出してない……ていうか、書いてないです」
そういえばそうだったなぁと思ったことを、そのまま口に出した。
というか入部届という存在のことを、今思い出した。
それがないと、文芸部に入れない。
するとここねさんは、めちゃくちゃ驚いた顔をする。
「そんな子を、ここまで連れて来たのかい!?」
「そうだが?」
まったく悪びれていない真顔で、花蓮先輩はそう言った。真顔というか……もしかして、このタイミングからどの本がいいか選んでる? なんて精神の持ち主なんだろう。尊敬どころではない。
「あーもう……今からでも遅くないから、美術部に行くといいよ。あそこの明日香ちゃんはまともだから」
「あー……はは」
絵はマジで描けないし興味もないんだけどなぁと思い、苦笑いをしてしまう。
それに、この先輩と比べてまともなのか、ものすごくまともなのかも分からない。
「まるで私がまともじゃないとても言いたげだな」
「年上にそんな口調で喋る人間がまともなわけないだろうに」
「は、それもそうか」
そう言いながら、先輩は自らの鞄の中を漁っている。
あれ? 本を選んでいたんじゃなかったんだ。何かを取り出すつもりなんだろうか?
「届けなら、ここにある」
先輩は一枚の紙を、ファイルから取り出した。
「……もしかして、持ち歩いてるの?」
「もちろん。そうでもしないと、部員が増えないからな」
「暴れて部を崩壊に追いやった人間が言うことじゃないだろうに」
そんな会話を横目に、アタシは届けを受け取った。
薄くて軽い、何の変哲もない紙だ。けれど今のアタシには、すごく重いように感じられた。
これで、運命が変わる、的な?
ただでさえ先輩の声に恋をして運命が大きく狂い始めているっていうのに、これ以上狂っていいんだろうか。
「覚悟があるのなら、今ここで書け」
「え?」
「それはいくらなんでも……」
ここねさんの言葉を遮るように、先輩はもう片方の手を前にやった。
「私は周りがなんと言おうと、部が崩壊しようと、覚悟がない人間を文芸部に入れるつもりはない」
その目は真剣だった。言葉も本気なんだろう。だからこそ、文芸部は先輩しかいなくなってしまった。
心配そうなここねさんの目。期待していると言っていた、顧問の先生の目は……どんなものだったっけ。ああ、さっき見たばかりなのにもう覚えていられない。
だって、それだけ先輩が魅力的だから。
「書きます」
「そうか。いいだろう。ここね、ペンと場所を」
まったくと言いながらも心配そうな表情を崩さないここねさんに笑いかける。
「アタシ、頑張ってこの先輩の面倒見ますんで」
「ほう、そんな口がきけるなら必要十分だ」
「……面倒みきれなくなっても、誰も責めないから安心しなよ」
言葉は歯切れの悪いままだったが、ここねさんはエプロンに刺さっていたペンと会計前のスペースを貸してくれた。そこでアタシは学年と名前を書いて……。
「……これ、どちらにせよ一回家に帰って親に許可貰わないといけないやつじゃないですか」
そこには、保護者の承認欄があった。
いや、そうか。そのくらいあるよな。うん。学校の書類で子の意思だけで決められるものなんて少ないに決まっているっていうか、うん。
「当たり前だろう。部活動を甘く見るな」
「誰が言ってるんだか……」
呆れてため息すら出なくなったここねさんが、掠れた声でそういう。
「だがまぁ、ここで覚悟を決めた人間なら親に説得を仰ぐのも容易だろう。まったくムダなことをしたとは思っていない」
「物は言いようだねぇ……」
「……」
閉口してしまうけど、先輩の魅力は変わらない。なんて人なんだろう、本当に。
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