少年が図書館で不思議なお姉さんに会って魚を生き返らせたり無重力になったりする話

古澄舎

第1話 その図書館、街中にあり

 朝、目が覚める。

 僕は時計に目をやる。6時55分。昨日と同じ時刻だ。5分後には目覚まし時計が鳴るはずだ。

 僕は天井に目線を移し、布団の中でじっとしていた。


ピピピ、ピピピ


 7時になった。起きる時刻だ。僕は布団を剥ぎ取り、制服に着替えて鞄を取る。


 昨日と寸分違わぬ行動。昨日だけじゃない。一昨日も、先週も、先月も同じ時刻に同じ行動をとっている。

 この家に来てから、ずっと時が止まったような気持ちだ。同じ時刻に朝ご飯を食べ、同じ時刻に学校に行き、同じ時刻に帰る。


 僕は、訳あって3か月前にこの町に引っ越してきた。地方を跨ぐレベルの引っ越しで、父さんはもといた町に単身で留まった。だから今は母さんとの二人暮らしだ。

 僕は新しい学校に転入した。クラスのみんなは優しかった。けれど、僕は誰とも親しくなる気が起きなかった。その結果、三か月経っても友達と言えるような人は誰もいない状況だ。


 僕も好んで孤独でいたい訳ではない。けれど、もといた町で起きた出来事を僕は忘れられなかった。親友を失う――仲違いとかではなく、文字どおりの喪失――という体験は、僕の中で深いトラウマになっていた。


 友達を作っても、また失うのではないか......そう思うと、とても誰かと親しくする気が起きなかった。失うくらいなら、最初からない方がましだと思った。

 そういう訳で、最近は学校と家を行き来するだけの生活になっていた。放課後になったらすぐに家に帰る。学校から家までは徒歩で15分ちょっとの距離だ。

 学校の近くにはちょっとした商店街がある。そこを通るのが家への近道なので、通り抜けて通学していた。とはいえ寄り道をする気も起きず、いつもまっすぐ家に帰っていた。


 家に帰ると、母さんが作り置きしていた晩ご飯が置かれている。父さんの仕送りだけでは家計が厳しいので、母さんはパートを始めていた。もといた町では、母さんと二人で晩ご飯を食べていた。そして父さんが少し遅く帰ってくる。

 これが日常だった。僕のせいでこの日常は永遠に失われてしまった。そのことへの申し訳なさも、居心地の悪さを生み出す原因になっていた。


 今日も矢のように時間が過ぎる。あっという間に放課後になった。僕はすぐに荷物をまとめる。僕に声をかけるクラスメイトはもはやいない。

 足早に校門をくぐり、帰路を急ぐ。そしていつものように商店街を通り抜ける。平日の夕方前の人通りはまばらで、人だかりができているのは昔からやっている八百屋ぐらいなものだ。僕はそれを横目に道を歩いていた。


 僕はなにげなく商店街の路地に目をやった。そこにはツタの生えた古い建物があった。廃墟と見まがうばかりの建物で、その異様さに僕は足を止めた。まるでそこだけ時が止まっているかのようだ。

 僕は不思議と、その建物の方に足を向けていた。商店街から路地に抜けてその建物に近づく。路地には店の裏口がいくつかと小さな居酒屋が数件あるのみで、その先は住宅街になっていた。その中にあって、建物は異彩を放っていた。

 古風なレンガ積みの壁。レトロな装飾が施された窓。ツタは窓を覆い、中を見えづらくしている。覗こうとするが、暗くてよく分からない。


 これは一体どんな建物なんだろう。レトロ趣味のカフェかスナックかと思ったが、看板らしきものは見当たらない。ただの廃墟だろうか。窓は割れていない。ツタこそ生えているが、どこか人の気配を感じる。


 僕は建物のドアの前に立った。両開きで木製のドアはだ。年季を感じさせる色合いで、ところどころにあるシミがドアの古さを物語っている。

 よく見ると、目線の高さのところに小さく表札が掲げてあった。


「第180番図書館」


 図書館?こんな街中に?180番ってなんだ?この町にはそんなに図書館があるのか?多くの疑問が僕の中に現れた。


 自分でも不思議なぐらい、この建物のことが気になっていた。この建物のことが知りたい。気づけば僕はドアのつまみに手をかけていた。


ギィィィ――


 木製のドアは思いのほか重かった。


 室内に入る。

 暗い。昼間だというのに、ツタのせいで日光があまり入ってこないせいだろうか。

 中はおそろしいほど静かで、防音室にでも入ったかのようだ。鼻から息を吸い込む音さえ響いてしまいそうなくらいだった。埃っぽいにおいが鼻腔をくすぐる。

 目が慣れてきてから辺りを見回す。奥が広い構造になっている。細長い部屋の中に本棚が三列に並び、通路は人が一人通れるぐらいの幅だ。本棚の端には取っ手のようなものが縦に取り付けられている。

 本棚には様々な大きさの本がギッチリと詰められており、手に取ることを拒んでいるようだった。棚には本ではない何かの標本も置かれている。表札には図書館と書いてあったが、どちらかというと古本屋や骨董品といった雰囲気だ。

 僕は、本棚に近付いて適当な本に手を伸ばしてみた。なにやら難しいことが書かれている本だ。題名は『共同事業の—―


「少年、何かお探しかな」


 びっくりして声の主の方を振り返る。そこには一人の長身の女性が立っていた。

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