第12話 新たな真実

 窓の外に広がる雪景色に、大輝は愕然としていた。

 

 今回のタイムリープには全く心当たりがなかった。昨日の全ての行動は、何度か経験している過去のどの場面と照らし合わせても「許容範囲」のはずだった。

 星那とのLINEを復活させると、すぐに連絡を取り合った。

 

「原因は何だと思う?」

「ボクにもわからないよ……」

 

 とりあえず、大輝は学校に行かなくてはならないので、星那とのやり取りを中断して、1階に降りて行った。

 さすがに見飽きた銀行強盗のニュースを見ながら、大輝は改めて「昨日」の出来事を振り返る。しかし、やはり心当たりが何もない。

 

 色々と考えているうちに、大輝の中でこのリープに対する憤りが沸々と込みあがってきた。

 

 ――もう、こんな生活御免だ。


 自身の経験からも、そして藤田先輩の話からも、今日なら「離脱」できることが分かっている。


 ――もういい、よく頑張ったよ。


 自室に戻ると、大輝は星那にLINEを送る。

【もう、正直疲れたよ。離脱したい】

 

 暫くして星那から返信が来る。

【ボクはまだ、諦めたくないよ。大輝、お願い! 離脱しないで!】


 大輝はとりあえず、学校に向かった。今回のタイムリープは何かがおかしい。明確な理由もが無く、釈然としないのだ。

 そんな事を考えながら学校に着き、教室に向かうと、なんと教室には誰もいない。


 ――何が起こったんだ?

 

 大輝のクラスも、隣のクラスも生徒がいない。さっきまで登校していた大勢の生徒はどこに消えたのか?

 大輝は焦る。やはり今回は何かおかしい!

 

 そう考えていると、階下から賑やかな生徒たちの声が聞こえていることに気付いた。


 ――あれ?

 

 大輝はふと教室の入り口を見て、唖然とした。

 「昨日」までの癖で無意識に3年生の教室に来てしまったが、「今」はまだ2年生だ。3年生はつい先日卒業して、誰もいない。

 

 ――なんだ。疲れてるんだな、俺。

 

 大輝は2年生の教室へ向かった。


 

 修了式中も大輝は今後のことについて考える。離脱のタイミングは今日の部活のミーティングだけだ。

 そこで大輝がいつだかのように「想いよ、届け」を拒めば、離脱は成立する。


 もう本当にタイムリープは懲り懲りだ。もしリープしていなければ、とっくに来年になっていただろう。

 何故、俺と星那だけがこんなに苦しめられなければならないのか?


 しかし今朝、星那から届いたLINEが大輝の心にブレーキをかける。

【ボクは諦めたくない】

 星那の思いが、大輝の胸を締め付ける。

 

 もし仮に、大輝が今日「離脱」を選択したら、星那は大きく傷つくだろう。そうなれば、七夕の約束も恐らく破談になるかもしれない。

 そんな状況の中で7月7日を迎えても、大輝にとって無意味な一日になるだろう。


 最後まで悩んだが、結局大輝は再び「想いよ、届け」を演じることを選択した。


 部活が終わってすぐ、大輝は星那にLINEする。

【文化祭、『想いよ、届け』に決まったよ】

 星那からすぐに返信が来る。

【大輝、ありがとう! ボク、大輝の事、信じてたよ!】

 大輝は安堵のため息をつく。

 

【今日、この後どうする?】

【悪い、今日はちょっと休ませてくれないか?】

【わかった。時間はまだあるからね。ゆっくり休んで】

 

 

 翌日からもう何度目かの春休みが始まる。大輝は体が鈍らないよう、緩いトレーニングを続けるため、今日も部室へ向かった。

 基礎トレのメニューをこなしながら、改めて大輝は前回のタイムリープの原因を考える。


 これと言った心当たりはないのだが、あえてこれまでと違う点として考えられるのが、生徒会で確かめてみようと提案したことだ。

 もしこの行為が禁忌だとするならば、タイムリープの説明がつく。

 

 ――生徒会。

 この「想いよ、届け」の核心に迫る部分だ。もしかしたら慎重に事を進めていかなければならないのかもしれない。

 

 

 その夜、大輝は星那に電話をした。

 まず初めに大輝は、今回のタイムリープの原因として、昼に考えた「生徒会の話が禁忌なのではないか」という考えを伝えた。


 しかし、星那は唸って考え込む。

「そうかもしれないし、違うかもしれないなって」

「それはどうして?」

「確かに大輝の言う通り、生徒会の話は今回初めて出てきた話だから、無くないかなっては思うんだけど。でも、今までの法則から考えると、話をしただけじゃタイムリープしないんじゃないかなって」


 大輝は首をかしげる。

「ん? ってゆうと?」

「つまり、もし生徒会に直接確かめることがNGだとしても、実際に行動しないとトリガーになり得ないんじゃないかっておもうのさ。例えば、舞香先輩の事故を防ぎたいって思っても実際に防がなければタイムリープしなかったでしょ? それと一緒」

「なるほど。一理あるな」


「……それよりもボクは気になることがあるんだけど」

 今度は星那が可能性を提案する。

「何?」


「ボクたち、前にも4月12日にリープしてるよね?」

「あぁ、俺たちが一度付き合った日な」

 大輝にとってはあまり思い出したくない記憶だった。

「そう。で、今回も同じ4月12日でタイムリープしてる」

「それが何か関係あると思うか?」

「例えばだけど、あの時、部室でボク達二人きりだったはずだけど、実は誰かがいたりとか……」


 大輝は背筋がゾワッとした。

「怖いこと言うなよ。あの日は確か、部長と舞香と俺の3人が最後まで残ってて、部長が鍵を閉めたんだ。それから途中で俺が鍵をもらって部室に戻ってる。その間、部室に誰かが入るのは考えにくいよ」

「だとしたら、廊下で誰かが聞いていたとかね」

「まぁ、それならまだ考えられなくはないけど」

 

「いずれにしても、ボクが入部する初日は、あの時間、部室を使うのは避けた方がいいかも」

「そうだな。接触は翌日以降にしよう」


 ★  ★  ★


 その後、春休みは何事もなく穏やかに過ぎ去り、4月12日、星那が入部してきた。

 久々に大輝は星那と直接会うことが出来たが、先日の約束通り、この日は目立った動きをせず、やり過ごした。


 翌週、月曜日の放課後。大輝と星那は、生徒会室へ向かった。

 

「過去の役員名簿? うーん、そんなのあるかしら?」

 対応してくれたのは現・生徒会長の内山さんだ。

「あ、もしかしたら、創立30周年の記念誌に載ってなかったですかね?」

 副会長の男子生徒がそう言って書棚を探す。

「ありがとう簑島みのしまくん」

 程なくして副会長が一冊の冊子を渡してくれた。

「これで探してみてください」

「ありがとうございます」

 副会長に渡された記念誌を星那が受取り、早速ページを開く。

 

「あ、ありましたよ、先輩。ここです」

 星那は一応後輩なので、人前では敬語で話す。星那が指差したところを見ると、確かに1995年度の副会長だけ、2名の名前があった。

 

「この、佐倉美里さんか、加藤 望さんのどちらかですね」

「当時の生徒会の議事録とかってある?」

 大輝が会長に聞くと、「あるかな~」と言いながら、会長がスチールロッカーを開けて探してくれた。

 

「あったあった、このファイルじゃない?」

 そういって会長が1冊のフラットファイルを出してくれた。

「あ、ありがとう」

 大輝が受け取った議事録をめくっていくと、確かに3月で副会長の佐倉さんが転校するため、4月に補欠選挙を行う旨の記載があった。

「やっぱりビンゴだ」

 大輝がそう言うと、星那は黙って更に議事録をペラペラとめくる。そして、生徒会長の方をチラ見しながら、唇に人差し指を当てるしぐさをする。

 その意図を理解した大輝が黙って星那の示すページを見ると、生徒会の役員名簿があった。

 

 そこには役員の氏名、住所が記されていた。

 それを星那はスマホでこっそりと写真を撮る。

 

「会長、ありがとう」

「もういいの?」

「おう。助かったわ~」

 そう言って、大輝が借りた資料を会長に返すと、星那と共に足早に生徒会室を去った。

 

 部室に向かう途中で、大輝と星那は一度空き教室に入った。

 誰もいないことを確認すると、大輝は言った。

 

「やはり、実話の線が正しいな」

 それに対し、星那は興奮気味に言った。

「この写真見て!」

 そういって星那は先ほどこっそり撮った生徒会名簿の写真を見せてくれた。

 

「この副会長の名前、佐倉美里さん。ボクの役が『里見 桜』。絶対この人の本名からつけられているよ!」

 大輝は鳥肌が立った。

「それに会長も!」

 大輝の演じる生徒会長の名前は「末永健太」。そして、実際の名簿の名前は「永野健一」。偶然にしては出来過ぎている。

 

 これで実話説は確信に変わった。

 

「ねぇ、大輝。次の休みの日、この住所に行ってみない?」

 そう提案する星那に、大輝は怪訝そうな顔をする。

「え? 実際にか?」

「うん。まぁ、佐倉さんは引っ越してるだろうから意味ないけど、永野さんだけでも」

「マジか」

 

 しかし、これは藤田先輩も成し遂げられなかった「正解」を見出すチャンスかもしれない。

 

 大輝は覚悟を決めて星那の提案に乗ることにした。

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