3話・愛に年の差は関係ない!…のか?

「ねえねえアイリちゃん! 昨日のハロウィンどうだった!?」


 アイリの親友――楓ナナカは愛に年の差は関係ないと考えているようだった。

 要するに、アイリのゆかりへの想いを知っていて、なお応援している、それが彼女の立場で。


 そんな彼女が、ぴょんぴょんとポニーテイルを揺らし、まばゆい八重歯を輝かせながら、朝の教室でアイリに問うてくる。

 相変わらず元気だ。もう11月なのに半袖だし。


「……まあ、ぼちぼちかな」


 実際は唾液入りのクッキーを食べさせて自撮りを送りツーショットを撮っただけなのだが。しかし意味深にアイリは言った。見栄っ張りなのである。


「キスは、キスはしたの!?」


 思わず吹き出す。


「……してないよ、流石に。ていうか子ども相手にそんなことしたら犯罪だし」


 つまりは人を犯罪者にしようとしてるってことなのだが、アイリはこういった自己矛盾を平気で口に出す。


「法律がどうしたの!? 愛があれば大丈夫だよ!」


 鼻息荒く彼女は言う。ぶっちゃけあんまり良くないと思うが、流石にここまでの自己矛盾を吐き出すほどアイリは吹っ切れていなかった。


「じゃあさ、逆に何があったの」


「……ツーショット撮った」


「うんうん」


「……クッキーあげた」


「他には?」


「……それくらいかな」


「全然ぼちぼちじゃないじゃん! そんなのぽちぽちだよ! コスプレで悩殺するって言ってたのに!」


「言ってないよ!」


 思わず立ち上がって机を強く叩いてしまい、周囲の視線を集めてしまってすぐに座る。


「残念だなあ。早く進展してほしいのに」


 実に無責任な言だった。


「そういうナナカは塾の先生とどうだったの」


「えー、お返しにクッキーあげてー」


「うん」


「可愛いって褒めてくれた!」


「……私と大差ないじゃん」


「だからだよ、お姉さんとアイリちゃんの仲を応援してるのは!」


 そうだ、ナナカは彼女の通っている塾の男性講師(27)に恋しており、ゆえにアイリのことを応援していた。


 ぶっちゃけ本当に二人が付き合ったと言うなら速攻で大人に相談して警察に通報するけれど、まあそうはならないだろう――というのがアイリの大筋の見立てであり、大いなる自己矛盾であった。


(……友達の恋路は応援できないのに、何やってるんだろう)


 そうはいっても子どもに手を出す大人はやばいだろう、普通に。


(まあお姉さんはギリギリ子どもみたいなもんだし? まだ大学2年生だし?)


 そんなふうに言い訳したところで、条例は誤魔化せないが。


「まあ、ナナカはナナカで頑張ればいいんじゃない?」


 挙げ句出てくるのがそんな無責任な言葉なのだから困ったものである。


「うん、めっちゃ頑張るよ! 今がダメでも大人になったら行けるかもだし!」


「……そうだね」


 明るく言うナナカに、アイリはそういう他なかった。


 むしろアイリは、今しかないと思う。


 自分が大人になったら自然と疎遠になってしまうのではないか――そんな不安が常に彼女を突き動かしている。


 可愛い子どもであるうちに、ゆかりを縛り付けないと、何もかもご破算になってしまうのではないか――そんな気持ちだけが先走っている。


 それこそ、犯罪だとか、犯罪じゃないとか、どうでも良くなるくらいに。


「お互い頑張ろーね!」


 なんてひどく能天気に差し出された手にハイタッチを返すと、そこで朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。


 ※


 とにかく、早くしないといけない気がする。


 今のゆかりは大学2年生だ。あと3年もしないうちに大学を卒業して就職して、最悪どこか遠くへ行ってしまうかもしれない。


(まあ留年しないでストレートで就職に成功したらだけど)


 ぶっちゃけ今の彼女の様子を見るにかなり厳しそうだが、こういうのは最悪を想定しておくのが正しいだろう。


 仮に実家住まいを続けるとしても、大学生から社会人になれば忙しさは段違いで、疎遠になっていくことはほぼ間違いないと思う。……少なくともアイリは、小学生と大学生より、中学生と社会人のほうが遥かに距離が大きいと考えている。


(無職になったらワンチャン落としやすそうだけど)


 好きな人が無職になるのを望むのはなんというか……流石にあれすぎる気がする。それを言ったら犯罪者にさせようとしているのも大概なのだけれど。


 なんにせよ、これ以上自分の知らない人間関係の中にゆかりが入ってしまえば、取り返しのつかないことになる。


 今は相変わらず友だちがいないからいいけれど、それだっていつまで保証されるかなんてわからないし。


 そんなことを1日中考えて、気がつけば学校が終わっていた。当然ノートもろくに取っておらず、ナナカに後で見せてもらわないといけなかった。


(あの子塾の先生に褒めてもらうためにめっちゃ頑張ってるもんね)


 恋のいいところだった。アイリは自分に限っていつも悪いところばかり出ていると思う。よだれ入りクッキーとか。


(……これじゃ恋じゃなくて変だよ)


 くだらないことを考えながらナナカと一緒に下校して、塾に行くという彼女と駅前で別れる。今日はゆかりから勉強を教わるわけでもなく、特に予定はなかった。


 ……そうだ、予定はなかった。それはすなわち、ゆかりもまたフリーということでもあり。


 アイリは駅前の繁華街で、知らない男性とゆかりが歩いているのを見た。

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