第2章 大富豪4

 年代物に違いない芳醇な香りの葡萄酒を飲みながら、今世紀最大の催事であった4年前の疫病騒ぎについて彼から話を聞いた。

 その計画は100年前に行われた疫病詐欺の再現をするというもので、収容所内の広範囲で実施された。

当時彼はその計画にあまり乗り気でなかったらしい。

理由としては、今現在は囚人たちの手元にもコンピューターが行き渡っている時代であり、こちらに都合の悪いマイノリティーの意見も収容所内全域に拡散するだろう、

と予想したからだそうだ。

その件については看守同士で議論が交わされたが、最終的には多数決によって作戦決行となったそうだ。

 彼は一息つくと、山羊の顔が刻印された木箱のケースから葉巻を1本取り出し、先端をナイフで切り落としてから火をつけた。

次いでテーブル上のリモコンを手に取りボタンを押し、壁に備え付けてある大型のスクリーンを起動させた。

当時の収容所の様子を前時代の大型映写機が映し出した。

画面上には、まずテロップが流れた。


(ソドムの街のファッションショー)

 その後、収容所内のいくつかの都市部の映像が流された。

多彩な色合いと凝ったデザインの布地のくつわを着用した囚人たちが、街中に溢れかえっている光景が映し出された。

まるで顔を隠したテロリストたちの決起集会のようだ。

鼻口からのウィルス侵入を防ぐための効果的な対応策として各種メディアは轡の装着を促していた。

地域によっては強硬な措置が取られ義務化になり日常生活の自由がままならなくなった。

 また感染防止という触れ込みで無認可の薬物の接種を医療専門家たちがこぞって推奨していた。  

メディアを使った子供騙しの映像や情報が思いのほか功を奏し、感染防止策として次から次へと整合性の欠片もない馬鹿げた対応策が行使されていた。

収容所内のすべての媒体が連携して看守の掲げた目標に向かって疾走していた。


 報道機関お抱えの裏方の役者も多数動員され、病院内の看護師や患者に扮装した彼らは現状がいかに逼迫した状況であるかをしきりに煽り立てていた。

恐らく平時の倍以上の報酬に喜び勇んで我先にと飛びついたのだろう。

医療従事者、疫学者、政治家、その他の関係者も同じ穴のムジナであることは映像から察することができた。           

彼らはくつわの装着や薬物接種は医療的な恩恵だけにとどまらず他者に対する思いやりであると定義づけし、人道的、倫理的、道徳的な行為であるとしきりに訴えていた。

それに意義を唱える者は自己中心的な不埒者とレッテル貼りをされるだけにとどまらず、経済的な基盤を人質に取られていた。

至極真っ当な意見を唱える者は仕事を解雇されたり、公共交通機関の利用禁止や店舗への入店を拒否されるといった理不尽な扱いを受けるようになった。

 その後、全体主義の大波に呑まれた8割方の囚人たちは、前代未聞の無報酬の治験者となり、得体の知れない薬液を率先して自身の身体に注入するのだった。

 こうして囚人同士の強固な相互監視の定着化と億単位の人体実験を成し遂げ、計画の第1段階は終了したらしい。

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