青い星の管理人

@kotaro209

第1話

 私は管理人である。

収容所の管理人である。

塀の中にいる囚人たちは誰も収容所とは思わないであろう。

 収容所内は自然の摂理に則した偶発性の賜物であるかのような創意工夫が凝らされており、囚人たちは広大な宇宙空間に浮かぶ惑星として認知している。


宇宙空間にある青い惑星、

灼熱の恒星を中心とする太陽系、

それを内包する巨大な銀河系、

それをも内包する無限の大宇宙空間。


 天文学の基軸となるこれらの諸説が、単なる映像機器による巨大なプラネタリュウムだと知ったら一体どうなるのだろうか。

宇宙の存在を周知させる余興は定期的に行われる。

真実への足掛かりを取り除き、同時に疑心の芽を摘み取るためだ。

未確認飛行物体をホログラムで出現させたり、鉄とニッケ ルの組成物を上空から落下させ隕石に見せかけたりもする。

流星群の演出なんてお手のものだ。

その他にも、あえて不可思議な遺物を地上に残してある。


地上に放置された四角錐状の巨石建造物、

最新工学でも解明出来ない精巧精緻な幾何学建築、

天空から見るために作られた地上絵、

数万年前の地層から発掘された未知なる遺物

山の稜線上に2万km以上も続く石積みの城壁


 囚人たちには、さぞかし神秘的に見えることだろう。

彼らに人類以外の知的生命体やありもしない偶像を空想させることで、真実というゴールに辿り着けないようにする。

迷路の中に行き詰まりとなる数多の道を設え、虚構へといざない迷走させるのだ。

使い古された手垢のついた手法であるが、相も変わらず効果的面である。

 私の仕事は洗脳システムが正常に機能しているか常時確認することだ。

所内には神経細胞のように張り巡らされた洗脳装置があり、囚人たちの生活圏をあまねく包囲している。

 そうとはいえ、なぜ彼らがそれほどたやすく騙されるのか。

ひとつには、我々と囚人たちとでは化学テクノロジーの格差が悠に200年分はあることにある。

技術力の優位性ゆえ、おおかたの事は騙し通せるのだ。

彼らから見れば我々は200年後の未来人なのだ。

我々が為しうる人工的な物理現象は、彼らにとっては神仏の啓示か異星人の仕業としか映らないだろう。

もしくは、物の怪のいたずらと思うかもしれない。

それともうひとつ決定的なことがある。

彼らはこの世に生まれた落ちた瞬間から洗脳の洗礼を受けることになるからだ。

 赤子の親はすでに虚偽の常識を盲信する木偶と化しており、自身に刷り込まれた固定観念を無自覚に我が子に植えつけていく。

周りの大人たちも同様である。

なにせ彼らも同じ境遇だったのだから。

 幼少期の家庭内における洗脳伝承が終わると、次は教育機関での洗脳が始まる。

我々に都合良く捏造された史実や根拠の欠片もない進化論を筆頭に、推測の域を出ない天文学、巨悪を擁護するための法学や錬金術さながらの薬学と西洋医学の恩恵、暇潰しにも値しない雑学の数々など、知恵や見識とは似て非なる知識を詰め込まれる。

 更に我々が蔓延させた貨幣経済という鉄則の掟によって、競争意識が芽生え出し拝金主義に邁進することになる。

結果、必然的に少数の勝者とその他大勢の敗者という構図が出来上がる。

一芸に秀でた者に対しては社会的地位や名声を与え、誉めそやし、おだて持ち上げ、もて囃す。

奮起に値する高額な報酬を提示し、特権待遇で身の丈を錯覚させ、己の人生を捧げるに値する意義ある一事に潜心させるのだ。

 その他の大衆は社会の勝者に憧憬と嫉妬の念を織り交ぜながら、時運に乗って成り上がり拝金主義の信奉者となるか、いちかばちかの犯罪行為に手を染め大金をせしめるか、透けて見える前途から目を逸らし嫌々ながらの重労働に従事するか。

いずれにせよ双方共に無駄に時間を費やすことになる。

詐術を弄する側にしてみれば、苦役の労働であれ、勧んで興じる諸芸であれ大差はない。 

 人間の脳はひとつの事柄に没頭させることによって近視眼的な思考になり、それ以外の物事に対して盲目的になり易く洗脳にはうってつけの状況になるのだ。

人間が元来持ちうる真の知性や洞察力を暗幕で覆い隠し、潜在的な能力を封印することが我々の目的だ。

彼らの思考をまやかしの事柄に集中させ真実から遠ざけ、徐々に模範的な労働奴隷に仕立てあげるのである。

 だが、過信は禁物だ。

「収容所の中なんてことがばれてみろ、暴動が起きかねんぞ!」

そう何度も上司にどやされたものだ。

決して外の世界の存在を知られてはならない。

もし明るみになれば、彼らは我々を許さないだろう。

大量殺人罪と許されざる詐欺罪、史上最悪の重犯罪人として刑に処するに違いない。

彼らの矛先を外の世界に向けさせてはならないのだ。


 今日も座り心地が良いとはいえない椅子に座り、収容所内の随所に備え付けられた監視カメラに目を凝らしている。

約四半世紀の間、囚人たちの珍奇な生活様式やドタバタ悲喜劇を鑑賞できるといった特権的な立場ゆえ、それなりに興趣が尽きない職務ではあった。

だが、今となっては以前に感じた高純度の麻薬のような刺激を得ることなど能わず、判で押された毎日が職務怠慢を後押ししている。

 年を重ねるほどに焦燥感と倦怠感の密度が増し、精神の衰弱と肉体の老朽化が顕著になり、近々双方の瓦解が招じるのでは無いかと怪しげになり始めていた矢先に上層部から人事異動の通達が届いた。

それは私にとって朗報でしかなかった。

 

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