第45話 アルスの出陣

◇◇


 大けがを負ったカノーユが龍神のほこらに運ばれた翌日の午後。

 俺、アルスは放課後にマルースを引き連れて帝都郊外の森でトレーニングをしていた。

 カスパロとの戦いで消耗した体力と魔力を戻すための最後の仕上げである。

 翌朝には寮を発つ。名目は「マテウス将軍に要請されて一時的に戦線へ戻るため」ということになっているのだ。


「ふんっ!!」


 マルースの強烈なアッパーを片手一本で軽くいなした俺は、彼のがら空きのあごに向けて左拳を突き立て寸止めした。


「さすがはご主人。ますます差がつく一方ですな」

「いや、今のマルースの一撃は今までの中でも一番だったぞ。今でもいなした右手がしびれてる」


 一息ついたところでセレスティーヌがやってきた。彼女には今朝から龍神のほこらの様子を見に行ってもらっていたのである。


「エトムートは態勢を整えている最中のようですの。奇襲の動きもありませんわ」

「そうか。となると予定通りに3日後に龍神のほこらを攻めてきそうだな」


 さらにセレスティーヌは顔を暗くしてカノーユの容態を告げた。


「カノーユお姉様はまだ目を覚まさないとのことですの」


 カノーユは龍神のほこらの一番奥の部屋にかくまわれており、テッドらが介抱しているのだ。


「そうか……あのクソ野郎……」


 俺は自分でも驚くほど低い声を漏らした。そしてぎゅっと右の拳を固めると、森の木を殴打した。


 ――ズガアアアアアン!!


 叩かれた木だけでなく周囲の木々も粉々に砕け散り、森がえぐれた。

 セレスティーヌとマルースが目を丸くしてゴクリと唾を飲み込む。

 俺は深く深呼吸した後、彼らに言った。


「いくぞ。明日から忙しくなる。今日はゆっくり休むんだ」


◇◇


 翌朝。俺が寮を離れる時間がきた。

 俺の隣にはマテウス。そして目の前にはミリア、トキヤ、ルナの3人が並んで見送りにきた。


「なんでアルスがいかなくちゃいけないのよ! まだアカデミーの学生でしょ」


 ミリアは今でも納得いかないようで、両手を組んで頬を膨らませている。


「ははっ。アルス君は私の守り神のような存在でね。側にいてくれるだけで心強いんだ。でも心配はいらないよ。前の戦いのように激戦にはならない予定だから。それに今回は強力な護衛もいるしね」


 俺の背後から大男マルースが立った。


「だからなんでマルース先生が護衛なのよ! そりゃ、強いのは分かるけど。それにっ!」


 そうミリアが言いかけたところで、今度は俺の前にセレスティーヌが立った。


「おほほ。それにわたくしセレスティーヌがアルスお兄様のお世話をさせていただくからには、百人力ですわ。おほほほほ!」


 勝ち誇ったように高笑いするセレスティーヌに対し、ミリアは可愛い顔に青筋を立てる。


「ぐぬぬぬ……。帰ったら覚えておきなさい。たっぷり可愛がってあげるんだから」

「ええ、楽しみにしてますわ。わたくしとアルスお兄様が仲良く帰ってくるのを、ひとりで指を加えて待っててくださいですの。おほほほ!」


 これ以上、ミリアを挑発すると爆発しかねない。俺はマルースに命じて、先にセレスティーヌと一緒に馬車に乗り込ませた。

 その直後にルナが一歩だけ前に出て俺に勇者像をかたどったお守りを差し出してきた。


「どうぞご無事で。勇者様のご加護がありますように」


 次期魔王の俺に勇者の加護ね……。とはいえ突き返すわけにもいかないし、ありがたくいただくとするか。


「ご主人さま、お願いがございます」

「ん? なんだ?」

「先のダンジョン探索で用いた『例の力』はなるべくお控えください。でないと……」


 ルナの言う『例の力』とはラグナロク・モードのことに違いない。彼女の魔力探知は遠く離れたダンジョン内にも及んでいたということか。


「でないと、なんだ?」

「……いえ、なんでもございません。ではいってらっしゃいませ」


 ルナはぺこりと頭を下げた。いったい彼女は何者なんだろう。単なるハーフエルフとはどうも言い難い。しかし回帰前の彼女は幼くして無残に殺されてしまっているだけあって、時が経ってからどのような存在になるのか想像すらつかないんだよな。

 そもそも殺されたこと自体が魔王側の誰かの差し金だったとしたら……。

 いや、今はルナのことを考えるのはよそう。

 エトムートとの決戦に集中するんだ。

 そう自分に言い聞かせた時、今度はミリアが一歩前に出てきた。

 柄にもなくもじもじしながら、恐る恐る差し出してきたのは赤いチェック柄のナプキンに包まれた弁当箱だった。


「……お腹空いたら食べなさいよ」

「おう、ありがとな」

「べ、別にあんたのために作ったわけじゃないんだから! 勘違いしないでよね」


 俺はミリアから弁当箱を受け取った。その際、ちょっとだけ彼女の手に触れた。

 さっとミリアが顔を上げる。その顔はリンゴのように真っ赤に染まっていた。


「んなっ!?」

「あ、ごめん」

「べ、別に気にしてないからいいわよ! それよりケガしないで帰ってきなさいよね! 無事じゃなかったらタダじゃおかないわよ!」


 俺はニコリとしてうなずいた。そしてマテウスが場をしめた。


「んじゃあ、いってくるね。ミリア、お利口さんにして待ってるんだよ」

「もうパパったら、わたしは子どもじゃないんだから!」

「あはは! じゃあ、留守は頼んだよ」


 ミリア、トキヤ、ルナが一斉に敬礼する。マテウスも敬礼で返した後、俺たちは馬車に乗り込んだ。

 そして即座に馬車の中で召喚の魔法陣を使って、俺、マルース、セレスティーヌの3人は龍神のほこらへ転移したのだった。



 

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