第43話 カノーユの願い
◇◇
――こんな時に言うのもなんだけどさ。
カスパロを倒し、セレスティーヌを連れてダンジョンを出る道中、アルスが幻覚のカノーユに声をかけてきた。
――龍神のほこらで合流することになってるが、実際に顔を合わせるのは、生まれ変わってから初めてだろ?
――そうね。それがどうかした?
カノーユが小首を傾げると、アルスははにかみながら続きた。
――礼が言いたいんだよ。生まれ変わらせてくれたことに対してな。
――あら? 今ここで言えばいいじゃない。
――いや、こういうのは直接会って言いたいんだよ。
――ふうん。意外と古い人間なのね。
――うるせえ。こっちが恥ずかしいのを我慢して言ってやってんだ。ちょっとは察しろっつーの。
――ふふ。それもそうね。いいわ。楽しみにしてる。
もうすぐ実の兄が自分と自分の大切な者たちを殺しにくる。そんな危機的な状況にも関わらず、カノーユはきたるべきアルスとの再会の瞬間を心待ちにするようになっていた。
自分でもこの気持ちが何なのかは説明がつかない。でも小さな興奮を抑えきれないのは確かだった。
◇◇
アルスたちがセレスティーヌを連れてダンジョンを脱した翌日の夜。
南の大陸の最北端にあるカノーユの拠点には彼女の軍勢500が揃った。
「ではみんな、龍神のほこらまで撤退するわよ!」
思いの外、戦線が長く伸びていたため、全軍を集めるのに少し時間がかかってしまったが、カノーユの見立てではエトムートが襲ってくるまでにはまだ時間がある。
「ガードナー、テリン、チャージ。みんなを率いて先に出発して」
カノーユの四天王の悪魔のうち3体がペコリと頭を下げた。中でも紅一点のサキュバスで四天王たちを束ねるテリンが彼らを代表してカノーユに告げた。
「お嬢様におかれましても、くれぐれもお気をつけて。エトムート様はとても狡猾な方ゆえ、何をしてくるか分かりませんから」
カノーユは小さく微笑んだ。
「ありがとう。でも心配は無用よ。すぐに追いつくから。さあ、行って。早くしないと夜が明けてしまうわ」
「はっ! よし、みなどもいくわよ!」
こうしてカノーユの軍勢はしんがりの100体を残して進軍を開始した。そしてカノーユはこの場に残る100体の眷属たちだけを集めた。
「あなたたちには辛い役目を命じなくてはいけないのを、本当に申し訳なく思ってる」
カノーユの目にうっすら涙が浮かぶ。それを見たしんがりのリーダーで四天王の一人であるリザードマンのオウルが笑った。
「がははは! 湿っぽいのは止めにしましょうや!」
カノーユはハッとなって顔をあげる。すると他の99体たちもニコニコしているではないか。
「わしらこの命はお嬢様に捧げると決めておりますからな。むしろ大事なお役目を命じていただけるだけで、こんなにも喜ばしいことはないというもの。これを笑わずして何としましょうや」
「オウル……」
「さっ、お嬢様も早くここを出てくだせえ! あんまり長居されるとそれこそ別れが辛くなってしまいますからな」
カノーユは小さくうなずくと彼らに背を向けた。
「お嬢様に敬礼!!」
オウルの大きな声が夜空に響く。ザッという足を揃える音も耳に届いた。でもカノーユは振り返らなかった。もし振り返ったら、号泣して動けなくなってしまいそうだから。
気の利いた言葉のひとつもかけられず、立ち去るしかない自分に苦笑いが漏れる。
「私、大将として失格ね」
こんな時、『天才将軍』とうたわれたアルスだったらオウルたちに対してどんな風に接したのだろう。そんな風に考えているうちにアルスの顔が脳裏に浮かんできた。
「早く会いたいな」
思わず本音が漏れてしまったのは、やっぱりエトムートの襲撃が怖いから。自分にそう言い聞かせたカノーユは四天王たちが率いる本隊と合流するため、先を急いだ。
しかしカノーユの知らぬうちに脅威はすぐそこまで迫っていた。
「敵襲!! 敵襲!! うわぁぁ!!」
伝令がカノーユの目の前で敵に背中から刺されて倒れる。
代わりにカノーユの視界に現れたのは3体の首なしの戦士、デュラハンだった。
「すべてはエトムート様の御為!」
首がないのにどこからか気持ち悪い声を発したデュラハンが一斉にカノーユに襲いかかる。
カノーユは両手にそれぞれ剣を持って彼らを迎え撃った。
――カンッ! カンッ! カンッ!
甲高い金属音が何度も響く。
カノーユは軽やかなステップで敵3体を翻弄し、距離を取ったところで魔法を詠唱した。
「時空魔法。グラビティ・コントロール!」
半透明の球体がデュラハンたちを包んだところで、カノーユはもう一度声をあげた。
「ダウン!」
ズンという地響きとともに、デュラハンたちの足が地面に食い込む。
強い重力が彼らを襲い、身動きが取れなくなる。
カノーユは剣を構えなおした。
「暗黒魔剣術。千剣の舞い!」
ひらひらと花びらのように舞いながら、デュラハンたちの間をすり抜けていく。
そうして彼らを背にして剣を腰に戻した。
――チンッ!
剣が鞘におさまる高い音が聞こえた瞬間にデュラハンたちがバラバラに切り刻まれて倒れた。
しかしほっと息をつくにはまだ早かったようだ。
「ははははっ! 愚かな我が妹よ。貴様の眷属もろとも我が槍で串刺しにしてくれよう!! ブラックランス・レイン!!」
文字通りに黒い槍が宙に無数現れたかと思うと、雨のようにカノーユの軍勢に降り注いだ。
「させるか!!」
カノーユは懸命に軍勢たちの元へ駆けていきながら魔法を詠唱する。
「時をつかさどる神よ。我が願いを聞き届けよ。クロノス・フィールド!!」
カノーユを中心に魔法のドームが辺りを覆う。するとそのドームの中の黒い槍の動きが鈍くなった。
「今のうちに逃げて!!」
彼女の号令とともに魔物たちが一斉に槍の雨の外に逃げていく。
だが1本だけ、カノーユの魔法が効かない槍があった。そしてその槍はカノーユのすぐそばまでやってきたテリンに向かっていった。
(魔法の槍ではなく、本物の槍。しかも魔法を跳ね返すアンチ魔法がかけられている!)
「テリン!!」
カノーユは目一杯の力を振り絞ってテリンを肩で突き飛ばす。ほぼ同時に黒い槍がカノーユの腹に深々と突き刺さった。
「がはっ……!」
血を吐きながら仰向けに倒れたカノーユを見ながら、エトムートは嬉しそうに目を見開き、口角を上げたのだった。
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